第179話 ソウジとスネズ(2)
そもそも、当てる予定の無い攻撃。
それに対して、当たらない、と改めて告げられたソウジは、
『そうですか、そうですか。そいつは良かった。そもそも当てるつもりが無いんだから、当たり前だろうが!なんて、そうは言えないからなぁ…………、どうするかな…………。偶然、偶発的な感じで…………暫く大人しくしていてもらうためには………………よし』
苛立ちを押さえ、刀を持った右手で頭をかく仕草をしながら、
「ですよね。いや、実は、俺、攻める側って、慣れて無いんですよね。守備から反転……、っていう方が得意なんですよ。だから」
「あぁん?俺に、攻撃しろって、指図してんのか?」
「いや、そうじゃないんですけどね……。まあ、そうなりますかね。いや、でも本当の俺の力、見て欲しいんですよ。だから」
「そんな事知るかよ!!」
「お願いしますよぉ」
「うるせぇ!!」
「じゃあ、もし、大したこと無かったら、この刀、あなたに差し上げますから……」
「何?」
面倒臭そうに話していたスネズの表情が変わる。
「ええ、やっぱ、この刀も強い人に使われた方が本望だろうな、って俺、思うんで」
「強い……人」
『ヨシ!あと一押し』
「だから、お願いしますよ、スネズ『殿』」
「『殿』……」
「はい、そうです、スネズ『殿』」
「『殿』……」
普段、名前に敬称を付けて呼ばれた事の無いスネズは気を良くし、より一層口元を緩め、
「しっ、仕方ねぇ。一回だけだからな」
「ありがとうございます!スネズ殿。いつでもどうぞ」
ソウジはそう言いながら、いつも以上に重心を低く、構えを取った。
「おりゃっ!!」
掛け声とともに、スネズはソウジに向かって鞘を振り下ろす。
しかし、ソウジはそれを簡単に払いのけてしまった。
「もうちょっと、お願いしますよぉ~~。スネズ殿。後、数回だけ、頼みます、スネズ殿!!」
「分かった。分かった。後、少しだけな」
払われた鞘を振り上げ、再びソウジに向かって二度、三度と振り下ろす。
が、ソウジはそれをいとも簡単に受け流していた。
「くそっ!!」
流石にそれは気に入らなかったらしく、四度目は両手で握り、加減無くスネズは振り降ろした。
ガチンッ!!!
振り下ろされた鞘を、ソウジは刀を顔の前で交差させて受け止める。
正面というよりも上方に近い位置。
傍から見れば、ソウジが低く構えていたせいもあり、スネズが上から力を掛け易い体勢にもなっていた。
顔を赤くしながらスネズは、
「やっ、やるじゃ、……な…い…か!!…………くっ!!」
両手に力を込めて行く。
「そっ、りゃっ、どう…………もぉ」
受け止めるソウジも力を込める。
男二人の力比べ。
これであれば二人の力量の差は分からない。
しかし、明らかにスネズは前傾、ソウジが後傾気味だった。
そのまま暫く経過するが、荒々しく息をしながらも互いに譲らない状況が続いていた。
『よし……、そろそろ、か』
ググッグッ…………
意を決したかのように、ソウジは一度、強くスネズのそれを押し返す。
応戦するようにスネズが再び力を込めた、その時だった。
ゆっくりとソウジが刀を頭上へと引き始める。
釣られるように、スネズの腕が徐々に伸びていき、体が前のめりになっていく。
そして、ソウジはそこから一気に自分の持つ両刀を、スネズの持つ鞘の縁を滑らせると、勢いのまま自らの刀を後方へと投げ放った。
更に、自身も後方へむかって仰向けに倒れ始めたのだ。
正確には、ソウジが鞘を刀で挟み、自分の方へスネズを強引に引っ張っていたのだが……
「うぅおっっっ!!」
それを知る由もないスネズは、体勢を変えられぬまま、ソウジの上に覆いかぶさる様に倒れて行く。
動揺するスネズに対し、ソウジは冷静だった。
力みの抜けたいつも通りの表情に戻ると、
「やれやれ、スネズさんよ。確かに腕力はあるみたいだけど、あんた、それだけだね」
小声で、スネズにだけ聞こえる様にそう言うと、右手を自分の腰のあたりへ持って行き、
「ただ…………、それだけ。その程度じゃ、シシカドにも入れないぜ?」
「はぁ?シシカド?」
スネズには何の事だかさっぱりわからない。
「とりあえず、暫く寝ててくれ、スネズ……殿!」
その言葉と同時に、ソウジは右腰に差していたユウ・ケイの鞘を掴むと、一気にスネズのみぞおち目掛けて突き立て、直ぐさま腰へとそれを戻した。
スネズは、「んうっ!!!」と、一声上げると、そのまま意識を失い、力無いままソウジの上へ覆いかぶさって来た。
「うわっ……」
そこまで予定に入れていなかったソウジは、スネズをただ受け止めるしかなかった。
そして辺りに聞こえる様に、
「ぅぎゃ~~!!!!」
と、言って押しつぶされたのは、本気なのか、それともわざとなのか、本人以外誰にも分からなかった。