第178話 ソウジとスネズ(1)
「んじゃ、よろしくお願いしまぁす」
会釈をしながら、軽い口調でそう言うと、早速スネズの前で刀を構えた。
「なんだ?お前、鞘から抜かないのか?」
ソウジが両手に構えた刀は、鞘を付けたままだった。
ジャノメ団との攻防の時は鞘だけ握っていたはずだが……
「いや、一応、これ本物の刀なもんで……、刀身が当たったら危ないでしょ?だから」
「はぁ!?」
スネズが吐いたその一言で、ソウジの言葉が彼の機嫌を損ねている事が分かる。
そして、
「お前、俺様を馬鹿にしているのか?」
ソウジは慌てた様に、
「いやいや、まさか!そんな訳、無いでしょう」
と、弁解すると、スネズは右手の人差し指でソウジの持つ刀を差し、
「だったら、外せ!!!!」
「いや、でも……。そしたら、あなたも、刀……抜きますよね?」
「はぁ!?お前みたいな小僧相手に……抜くわけねぇだろうが!刀なんて使うか!!もったいねぇ……。だが、素手って訳にもいかねぇから、……そうだな。この、鞘を使って相手してやる。別に文句ないよな!?いやなら止めてもいいぜ?」
刀を鞘から抜くと地面に突き刺し、残った鞘で構えるスネズに、ソウジは首を一度縦に振り、
「ええ……。もちろん、ありがとうございます。じゃあ、俺は、抜きますね」
鞘を腰に戻し、改めて両手に二本の曲刀を握り態勢を整えた。
その顔には、もちろんいつもの笑みがある。
「お前、その刀……。どこで手に入れた?」
笑っているソウジの顔よりも、スネズの興味はその手に持たれている『刀』にあるようだ。
「ああ、これですか?これは、まあ、知り合いに仕立て直してもらったんですよ。俺の親父の刀を、俺用にね。なかなかいいでしょ?」
「……。そうだな」
「いや、でも、駄目ですよ。譲れませんからね」
「はっ!!別に。貰おうなんて思ってねぇよ!!」
スネズはそう言ったのだが、
『ウソつけ!!その顔、下心見え見えなんだよ!!あぁ、そっか。貰うんじゃないから、間違ってないか……奪い取ろうって魂胆だろうからな……』
ソウジは一人で納得し、首を縦に数回振っていると、
「何やってんだ?お前やるのか?やらねぇのか?どっちだ?」
スネズが首を傾げながらそう尋ねると、
「はいはい。もちろん、やりますよ~。はい。じゃあ、良いですか?」
我に返ったソウジは、両手を回しながらスネズに尋ねた。
「来いよ……」
一言返し、スネズも重心を低くする。
横幅はソウジが大きい。
身長はスネズが拳三つほど高い。
小太りなよくしゃべるガキ……。
ソウジに対するスネズの印象はこんなものだった。
スネズが持つ刀代わりの鞘は右手にあるのだが、その先端は地面に向けて、ゆらゆらと振られていた。
目線だけはこちらを向いているが、明らかにスネズの構えは隙だらけだった。
『なめられたもんだなぁ、俺も…………』
と、内心一度呆れながらも、直ぐに頭を切り替え、
『だからといって、流石に一発で終わったら……、まずいよなぁ…………』
初太刀で終わらせてしまったとすれば、その後、残り二人の警戒が強まり、トウジの救出が難しくなるかもしれない。
上手くなんとかギリギリで勝てる事が、最良……
『偶然、勝てた?みたいな。はぁ~~~。面倒だぁ~~~~~~~~~』
「けど、仕方ない。やるか」
そう声に出した後、両手の刀をしっかりと握り直し、「そりゅあ!!」と声を出し、ソウジはゆっくりとスネズに向かって走り出した。
ドスッ、ドスッ、ドスッ……
近くで見ているアンジも、離れた場所から見ていたリョカ達も、唖然とするほどゆっくりとした走り。
彼の俊敏さを知っている者からすれば違和感しかない。
しかし、スネズはそれに当てはまらない。
スネズは合わせるようにゆっくりと右手に持つ鞘を前に構え、ソウジの初太刀に備えている。
「っしょっ!!」
走る速度よりは早いものの、ソウジの振り下ろした二本の刀は当たり前のように、スネズの鞘ではじかれた。
「おっ!?とっとっ……」
よろめきながらも踏み止まり、再び構えを取るソウジ。
「お前、本気でやってるのか?」
スネズはソウジに疑いの眼差しを向けながらそう尋ねた。
もちろん、ソウジは「いや、手を抜いてますよ」と、答える事はせず、
「あっ、いや、まあ、少しだけ、肩慣らし程度に……。つっ、次から、本気で行きますんで」
そういうと、彼は再び、走り出し、スネズに向かって両手を振り下ろした。
先程よりも早く、しかし、本来の力を発揮するわけでもない、微妙な加減。
だが、「ふんっ!!」、という鼻息と共に繰り出されたスネズの一払いによって、ソウジの刀は弾かれた。
振り下ろすと弾かれる、振り下ろすと弾かれる……。
二人はそれを数回繰り返した。
すると、
「はぁ~~~……。おい、後どれ位続けるつもりだ?一生掛かってもお前の刀、俺には当たらねぇぞ……?」
そう言い放ったスネズの口元には、薄い笑みが浮かんでいた。