第174話 怒りの矛先
「たっだいまぁ~~~!!アニキィ~~~~!」
大きな声が辺りに響く。
正面に見える、大きな横穴を眺めながら、返事を待つ。
しかし、
「…………」
一向にその様子が無い。
「シロ、お前の声が小さかったから、聞こえてないんじゃないか?」
「何だって?俺が悪いのかよ?声が小さかったのは、ギン!!お前の方だろ!」
「何!?」
「何だよっ!」
「やるか?」
「はっ?いいのかよ?」
「いいのかよって、何だよ?」
「何だよって、何だよ?やるか?」
シロとギンと、互いを呼び合う二人が口論を始めると、
「おいっ!!静かにしろっ!!朝から騒がしいぞ!!!!」
と、穴の奥から怒声が響いてきた。
シロとギンは首をすくめ、押し黙った。
二人は目を合わせると、
「何だよ!!起きてるじゃないか!!」
「ただいまって言ったのに、返事してくれなかったくせに!」
「そうだ、そうだ!悪いのは、アニキ達だろ!?」
「だろ!?」
見た目瓜二つのシロとギン。
名前の通り、違いがあるのは髪の色が白色と、銀色といいところだけであった。
「全く……、キャンキャン吠えるなと言っているだろうが、シロ、ギン」
声と、足音が奥から徐々に大きくなってくる。
「だってさぁ~」
と、声を揃えて二人が言うと、
「分かった、分かった。よく帰って来た、シロ、ギン」
表へ出てきた男はトウジよりも恰幅の良い男だった。
「へへっ。ただいま帰りました、ドン兄」
シロが片膝を付き、かしこまって挨拶をして見せると、
「何だよそれ!ずるっ!!帰りました、ドン兄」
隣でギンもそれを真似した。
「なんだ、えらく機嫌がいいなシロ、ギン。どうした」
普段と違う様子の二人。
『ドン兄』と呼ばれた男はそれが気になり、二人に尋ねてみた。
まあ、聞かなくとも彼らの足元を見れば分かるのだが、敢えてそこには触れなかった。
「実は、男を一人、さらってきました……ねっ、見て。これ、ここ、ほらっ」
途中からいつもの口調に戻したシロが、自分の足元後方を指差す。
「こいつ、まだ子供だよ、多分。仲間がいたから、こいつを使って金……ぶんどってみせるから!」
隣のギンが、補足するように後に続けた。
「そいつは、頼もしいな。お前達ももう立派な山賊の男だな」
ドン兄は、口元を少しだけ緩めた。
そして、
「それで、一体どこから連れて来たんだ、そいつは?」
簡易な担架の様なものに乗せられ、縛り付けられている、いわゆる『人質』を顎で差しながら尋ねると、
「べっ、別にいいだろ!何処でも、なっ?ギン?」
慌てた様子でシロは隣のギンに同意を求めた。
もちろん、直ぐ様ギンはそれに答え、
「そっ、そうだよ。別にいいじゃないか、ドン兄。それよりも、『あれ』は?もらってきてくれたのか?」
「あっ、そうだ!『あれ』は?昨日、ドン兄達が取りに行ってくれたんだよね?どこにあるのさ。ああ……早く見たいなぁ…………。金は、こいつの仲間から巻き上げた金と引き換えって事でいいだろ、ドン兄?」
「いいよな?ドン兄?」
二人は、期待を込めた眼差しでドン兄を見つめる。
「……」
しかし、彼は何も答えないどころか、緩んでいた口元からそれが消えていた。
「いや、実はな、シロ、ギン。それは無い。お前達の分は無い」
「……言ってる意味が……分かんないんだけど?」
「無いって……どういう事さ、ドン兄?昨日……、もらって来てくれるって……約束だったよね?」
「ああそうだ、そう言った。確かにな。しかし、無いものは無い。仕方ない」
そう言うドン兄の表情は険しかった。
「何っだよそれっ!!話が違うじゃないか!!」
「あんまりだ!!」
「どうせ取りに行ってくれなかっただけだろ!?」
「そうだそうだ!どうせそうだろ!俺達で今から行こうぜ、シロ!」
「おおっ、ギン!」
二人が息巻いていると、
「黙れっ!!!!」
と、顔を真っ赤にしたドン兄が怒鳴りつけた。
「無いものは無いと、言ってるのが分からんのか!!いいか?貰えなかった、と、俺は言った覚えはないぞ?無いと言っただろうが」
「だから、それは、ここに……」
「違う!!そうじゃねぇ!!奴のところに無かったって言ってるんだよ!!あいつの姿もねぇ…………家の中はもぬけの殻だ…………。許さねぇ、あの野郎…………山賊をなめやがって…………ただじゃすまさねぇぞ、クチハ!!……絶対見つけ出してやるからなぁ!!」
どうやら、ドン兄の怒りは二人に対してだけのものではないようだ。
「じゃっ、じゃあ、その時は、俺達の分の刀も……」
恐る恐るシロとギンが怒りの収まらない彼にそう頼むと、「ああ、いいだろう」と、低い声で答えてくれた。
続けて、
「それで、こいつは何処から連れて来た?」
一度ははぐらかしたその質問だが、今のドン兄に対して、ふざけた言動は通じない事を知っている二人は、
「ジャッ、ジャノメのアジトだよ……」
と、正直に答えたのだった。