第171話 新たな事実
一刻も早くタツキの元へ……
頭ではそう思っているのだが、体が思うようについてこない。
それでも、ナガレは精一杯急ぎ、玄関へと向かった。
「タッ、タツキ……………」
口を動かしても、違和感がある。
それでも、ナガレはそう声を出さずにはいられなかった。
幾度となく、弟の名前を呼びながら、彼女はやっとのことで玄関までたどり着いた。
『家の外へ…………、早く……………』
そう考えながら、玄関の扉へ手を掛けたその時だった。
ガギンッ!!
家の外から金属同士……、いや、武器と武器がぶつかり合う音が聞こえた。
ナガレはとっさに扉から手を離すと辺りを見回し、窓を探す。
もちろん、直ぐに見つけることは出来たのだが、夕方雨戸を閉めてしまっていた為、外の様子がうかがえない。
『全く、なんてこったい……』
身近な場所で、外を確認できる所……
結局ナガレは、再び扉へ手を伸ばし、極力音を立てない様に、ゆっくりとゆっくりと扉を少しずつ開いていった。
すると、その隙間から外の様子を、確認することが出来た。
驚いたことに、ナガレが追いかけていた男達は、家から出て直ぐの場所にいた。
タツキも意識を失ったまま、肩に担がれている。
もういなくなっていると思っていた弟がそこにいる。
「……タッ」
ナガレが弟の名を叫ぼうとした時だった。
「そっちのは、来ないでいいのか?」
と、話し掛ける声がこちらに向かって聞こえてきた。
ナガレは口に手を当て息をひそめ、注意深く外の様子をうかがう。
すると、明らかに人ではないオオカミのような化け物と、黒い男の一人が対峙していた。
先程の音の発生源はあそこだろう。
うかつに出ては行けない状況だという事を悟り、ナガレはそこで静観することにした。
ところが、聞こえてきたのは化け物と男の会話ばかり。
オオカミの名前はシンロウで、黒い男はイヌイ。
更に、この黒い集団は『ロイロ』という名の集団だという事が分かった。
二人が戦闘を止めていた訳では無い。
ただ、シンロウの攻撃が当たらない。
ことごとくイヌイに防がれ続けていたのだ。
その状況の中、不意に、
「イイノカ?アノママ、『イヌイ』ニ、シャベラセテ……。アノ『ミツキ』……」
と、近くにいる俺達の方から、そう問い掛ける小さな声が聞こえた。
聞き覚えのある声、タツミだ。
「ホウッテオイテ、ダイジョウブカ?」
そう尋ねられたもう一人の男が、初めて口を開き、
「カマワナイダロウ。イヤ、モンダイナイ。ソレヨリモ、ソロソロサキヲ、イソゴウ。デキルカギリ、オオク、ツレテカエルゾ」
それに対し、タツミの返答は、
「ソウダナ。デハ、イソゴウカ『ウシトラ』。チョウド、アソコニヒトガ、『シシカド』ノヤツラガ、キタミタイダ……」
それを聞いたナガレはゾッとした。
『出来るだけ多くって……、タツキだけじゃないのかい。一体、何人さらっていこうっていうんだい、こいつら!!』
ナガレがそう思った時、確かに別の男が叫ぶ声が聞こえ、辺りが騒がしくなってきた。
ナガレには遠すぎて良く確認出来ないが、あれがシシカドの人間達なのだろう。
『あいつらに、助けを求めるか?』
一人で対処する事は難しいと考えたナガレが口を開きかけた時、
「ソウイエバ……、シシカドノアイツハ、ドウスル?キョウツレテイクカ?」
タツミがウシトラに尋ねた。
「イヤ、アイツハ、マダシバラク、オヨガセル。トキガキタラ、ツレテイコウ。サア、タツミ、サッサト、ジュツヲ……」
「ワカッタ」
タツミがそう返事をした後、何事か呟いた。
すると、タツミを中心として、辺りが一瞬まばゆい光に包まれた。
ナガレは咄嗟に目をつぶったが間に合わず、少しの間視界を奪われてしまった。
白い世界から赤く薄暗い世界へと視界が変化して行き、全てが元通りに見える様になった時には、既にロイロの三人とタツキの姿は無かった。
その光景を目の当たりにしたナガレは、張り詰めた糸が切れた様にその場に倒れ込み、そのまま気を失ってしまった……
「……と、まあ、こんなところだね。笑っちまうだろ?一緒にいながら、何も出来なかったんだからね……」
卑屈な笑みを浮かべたナガレさんが俺達に向かってそう言った。
「いや、そんなこと……」
と、言った後、何と続けたら良いのかわからず、口をつぐんだ。
「仕方ねえな。相手が得体の知れない連中だったらな。きっとそれが『当たり前』なんじゃないか?」
リョカさんは更に、
「それよりも、俺達はお前に会えて幸運かもしれないな。なにせ、俺達の知らない、あの日の出来事を教えてくれたんだからな……」
そして、トウジが続ける。
「そうですね。『イヌイ』って単語。あの日、シンロウが最後に叫んだ言葉の意味がやっと分かりました。その黒い集団の男だったんですね」
「しかも、俺達の味方じゃないな。だってよ、シシカドにまで手を出そうとしてるって事だろ?帰ったら親父に、言っとかないとな」
その会話を聞いていたナガレさんは、
「なっ、何だい?あんた達……、もしかして、……助けてくれるのかい?ちっ、力を貸してくれるのかい?」
声を震わせながら尋ねてきた。
しかし、リョカさんは、
「ダメだ。そんな事に付き合ってる暇なんてねぇよ」
と、冷たくあしらった。
「ちょっと、リョカ。それは、ここまで聞いといて、あんまりじゃない?」
「はぁ?確かに、話は聞いたが、何でもかんでもただでやる訳ねぇだろ?俺達だって、忙しいだろ?違うか、お前ら?」
リョカさんはそう言うと、俺達の方へ視線を向ける。
俺達から見えるリョカさんの表情……、それは……
何も知らないナガレさんが、
「しゃっ、謝礼なら、何でもするよ。だから、弟を……、タツキを助ける為に力を貸してくれ」
そう言った途端、リョカさんはナガレさんの方へ向き直り、声高らかに、
「よしっ!じゃあ、酒だ!!酒をくれ!!そいつでこの話、引き受けた!!!!」
と叫んだのだった。