第17話 窓
腰にさしている刀『オウケン』の柄を左手で握り締めながら、タイラは倒れた二人を見ていた。
『まだ、足りない』
呼吸を整えるには十分過ぎる程の時間を二人は稼いでくれた。
しかし、悔しいが『力』を完全に取り戻すにはまだ時間が掛かるようだった。
だが、そうも言っていられない。
ヒトツキの相手を出来るのは、今となっては自分しかいないのだから。
『やるしかない』
トウジを、そして、倒れた二人を助ける為にはヒトツキを倒す以外ない。
それが出来るのは俺しかいない。
タイラは右手でオウケンを抜き、一歩づつ徐々に歩を早めヒトツキに近づいて行く。
「必ず、お前を倒す!」
そう叫びながら勢いをつけ、ヒトツキに切り掛かった。
すると、先程まではいくら切り付けてもかすり傷一つ負わす事が出来なかったヒトツキにわずかだが傷が入った。
これもカイとリュウのお陰だった。
その事を噛み締めながらタイラは刀を振り続けた。
もちろん、ヒトツキも黙っていなかった。
リュウの時以上に抵抗してきた。
それでもタイラは攻撃の手を緩めなかった。
「すごい気迫だね、あの人」
その光景を見ていたハクが呟いた。
「ああ、そうだな」
一緒に見ていた、もう一人の男も呟く。
「倒せるかな?」
「…さあ、どうかな」
この二人は事の一部始終を見ていた。
無論、カイとリュウが倒れるところも。
そして、何故その二人が倒れなければいけなかったのかも聞こえていた。
「いいの?このままで?」
ハクが問うと、
「二人はあの男に託したんだ。それを無にすることは出来ない」
と、もう一人の男は答えた。
「確かに…そうだけど」
ハクも言い返せなかった。
しかし、今の状態であの男がヒトツキを倒せるとは到底思えなかった。
「まだ『力』戻ってないみたいだし。それに」
「それより、ハク。あの子を見てみろ」
男はハクの言葉を遮るように、アンジを指さしながらそう言った。
「あの子がどうかしたの?まあ、確かにあの子、不安そうな顔してるけど、しょうがないんじゃない?」
ハクは見たままの感想を述べた。
「そうじゃない。顔じゃなくて、首もとだ」
「首もと?」
言われるがままハクは視線をアンジの首もとへ落とす。
「! あれ、まさか!」
驚いた表情でハクは顔を男の方へ戻す。
「ああ、もしかしたらな」
男は頷きながら答えた。
「いつ気付いたのさ?」
ハクが問う。
「あの子がヒトツキに突き飛ばされていた時だ。その時に見えた」
男は淡々と答えた。
「あの時から?それなのに…」
そこまで言うとハクは一旦言葉を飲み込んだ。
そして、
「いや、だったら、尚更このまま放っておけないんじゃないの?」
男の目を見てハクは再度問う。
「…」
ハクの目を見返したまま、男は沈黙していた。
そして、何かを考えるように、ゆっくりと目を閉じた。
「ハク」
「…何?」
「やっぱり、飲み過ぎたみたいだ」
「…だから?」
ハクの言葉に怒りがこもる。
「少し酔いをさましてくる」
「えっ?」
ハクの目が点になる。
「何を言ってるのさ?」
「言葉のままだ。飲み過ぎたから、酔いさましの運動をしてくる」
男は目を開けハクに答えると、おもむろに立て掛けていた刀のつかを握った。
「運動…って、どこで?……まさか」
ハクは男から目を外すし、ヒトツキ達の方を見て、続ける。
「あそこで?」
「ああ」
と、言いながら窓に手をかけ、勢いよく横に引いた。
そう、この二人は部屋の中から全てを見ていたのだ。
「ち、ちょっと待って。そこから行くの?」
「もちろん」
男は当然のように言い放ち、今度は窓に右足をかけた。
「いや、だってここ」
ハクがそこまで言った時、
「じゃあ、行ってくる」
男は窓から飛び出した。
「二階だって!リョカ!!」
ハクが焦りながら叫んだその言葉を、リョカと呼ばれた男は二階から地上に落下している時に、背中で聞いていた。
「分かってるさ」
リョカは呟いた。