第169話 接点
「それで?あんた達、一体どこの街から来たんだい?」
準備が終わり、宴が始まるとナガレさんは俺にそう尋ねてきた。
「あっ、えっと、ハラクータ……です」
本当の事を言っていいものか迷ったが、結局、素直に答えた。
「へえ、みんなそうなのかい?」
「あっ、いや、俺とトウジとカイナ。それとソウジ……もだよね?」
「当たり前だろ!?生まれも育ちもハラクータだよ!」
食事にありつけ上機嫌なソウジが答えたのを受け、俺は、
「……だそうです。でも、リョカさん達は、」
「別にどこでもいいじゃないか。今、住んでいるのはそいつらと一緒さ。それで構わないだろ?」
俺の言葉を遮り、リョカさんがぶっきらぼうにそう答えると、
「そうね。別に構わないよ。言える程度でね。……だけど、尚更聞きたい事が出て来たねぇ……」
ナガレさんを中心に、俺達を含めた七人は円になって地面に座っていた。
彼女の弟達は、別の場所で同様に円になり、食事を取りつつ楽し気に騒いでいた。
しかし、俺達のいる空間だけ騒げるような雰囲気になかった。
「何だ?聞きたいことって?言える範囲で何でも答えてやるぜ?」
さすがリョカさん、そんな空気を全く気にせず質問を返す。
「そうかい、じゃあ、遠慮なく。……『アカツキ』は知ってるかい?いや、知ってるはずだよね?」
「ああ、もちろん。知っているさ。ここにいる俺達はな。だが、何故、お前が知っている?」
「ちょっ、ちょっと、リョカ!『お前』なんて、失礼じゃないか!」
「いいさ。気にしてないよ。好きに呼べばいいさ。あんたでも、お前でも、呼び捨てでもね。とりあえず、質問に答えようか。簡潔に言えば、情報収集は何をするにおいても大事な事さ。遊びにおいても、仕事においてもね。もちろん、ハラクータだけじゃないよ。ゲッシ、ダインク……他の街についてもそうさ」
「へぇ~……。驚いた。物知りな山賊もいるんだな」
と、リョカさんが口にすると、ナガレは初めて不快な表情をし、
「誰が山賊だって?私達がかい?」
「他にいるか?」
「冗談じゃない!私達は違うよ!あんな奴らと一緒にするんじゃないよ!!」
そうナガレさんが声を荒げると、今まで談笑していた男達から笑みが消え、静かに立ちあがる。
そして、殺気立った視線がこちらへと降り注がれた。
「おいおい、そんなに睨むなって。じゃあ、聞くが、お前達の職業は何だ?こんな山奥で。他にどんな仕事があるんだ?俺達は、お前の弟達に襲われたんだぞ?」
「……そうだったね。そう思われても仕方ないね。とりあえず、座りな」
ナガレさんが、くもの巣を払うような仕草をすると、静かに座り、あっという間に先程の騒ぎに戻っていた。
「私達は、山賊じゃない。むしろその逆さ」
「逆?」
「ああ、逆。あの山道の通行人を山賊から守る、いわば私設の護衛隊さ」
「護衛隊……にしちゃ、やり方が山賊と変わらなかったが?」
「まあね。一応、私達も頭を使ってるんだよ。模擬の山賊を相手に、通行人がどこまでやれるか……。手練れならそのまま放っておく。私達じゃない、別の強い護衛がついてるようなら、それも放っておく。私達が商売するのは護衛が全くついていないか、弱っちいのを雇ってる連中さ。そもそも、あんた達に襲い掛かったのは、あの子が殺されたと他の弟達が誤解したからさ。悪かったね。誤解させるような真似してさ」
「なるほどねぇ。商売も色々あるもんだな。って事は、ここにある食い物は……」
「呆れたねぇ。盗んだ物じゃないよ!全く…」
「じゃ、遠慮なく」
そう言って、リョカさんは目の前にある食べ物に手を出し、口へ運ぶ。
「こっちは答えたよ。私の質問にも答えてもらおうか?」
「んっ?ああ、ん……、ハク。頼む」
手のひらをハクさんの方からナガレさんの方へと動かし、答える様に促していた。
「はいはい。じゃあ、僕が。アカツキについて何を聞きたいのですか?」
「月が赤くて、化け物が出る。その化け物は、顔のない泥人形だね、ありゃ。薄気味悪い」
「実際に、見た。と、いうことですか?」
「ああ、見たさ。それも、つい先日な」
俺達は皆一斉に顔を見合わせた。
『リョカさんが負傷した夜だ!』
俺達は一様に頷く。
「その、『泥人形』について知りたいと、いう話ですか?」
ハクさんは、あえてゆっくりと、ナガレさんに尋ねているような口振りだった。
「まさかっ!あんな物に興味なんて無いよっ!全身黒ずくめで、白い仮面付けた三人組さ!」
ハクさんとは対照的に、早口でまくし立てる様にナガレさんは答えたのだが、誰一人、聞き逃さなかった。
「黒ずくめ?」
「白い、仮面……」
「……三人?」
俺とトウジ、それにソウジは顔を見合わせながら、それぞれ口にした。
泥人形に興味無しとナガレさんが言った為、俺達はてっきり『ミツキ』について聞きたいのであろうと予想していた。
しかし、それは完全に裏切られた。
「ホウキ達…………、黒くなかった、よな?」
俺はトウジに尋ねたが、「うん」とだけ短く答えが返ってきた。
「知ってるのかい?知らないのかい?どっちだい?」
ナガレさんが俺をせかしていると、ハクさんが、
「その子達も、もちろん僕と彼も、その存在は初耳です。逆に、もう少し詳しく教えて頂きたいです。その三人は一体、何をしたのですか?」
そう尋ねると、ナガレさんは悔しそうに答えた。
「……あいつら、私の大事なタツキを…………弟のタツキをさらって行ったんだよ!!」