第168話 アジト
今朝方フシチヨから外の世界へと続いていた山道。
山の中を、そう歩く機会のなかった俺でも、どこか神秘的な雰囲気を感じた。
きっと、あの感覚はあの場所でしか味わう事は出来ないのだろう…
と、朝の事を思い浮かべるのには訳がある。
今現在、歩いているのも、また山道…
しかも、今回は薄暗く、道は道でも獣道という感じだった。
「俺達元の道に戻れるかな?」
小声で、トウジに聞いてみる。
すると、彼は、
「多分、僕とアンジだけなら無理だろうね…」
「だよな」
頷き、一言返事を返した。
ナガレに誘導されるがまま、俺達六人はその後を追っている。
先頭は、ナガレ一人。
その後に俺達。
そして、更にその後ろから、一戦交えた男達が全員一団となって付いて来ていた。
「ねぇ、私達…大丈夫なの?待ち伏せ……、なんて無いわよね?」
馬車の中での威勢はどこへやら。
不安そうな声でカイナが俺達に尋ねる。
「まっ、その時は、俺達がまた蹴散らしてやるから。そんな心配、必要ないって」
ソウジが、得意気にそう言うと、
「おい、そこの丸いの。あんた達の腕はさっき、しっかり見せてもらったんだよ?それなのに、あえて私のかわいい弟達を、また仕向けると思ってるのかい?」
そう答えたのは、先を歩くナガレだった。
「……」
俺達は、答えに詰まった。
何故か。
それは、俺達の会話がナガレに聞こえていると思っていなかったからだ。
俺達は前後を等間隔でナガレ達に挟まれている。
しかし、後ろから話し声は聞こえるが、その内容までしっかりとは聞き取れないような距離間だ。
もちろん、俺達もさっきまで小声で話していた訳では無い。
かといって、大声という訳でもなく、普段通りの声量だった。
『聞かれてた…のか?この距離で?』
口を開きかけた時、
「いや、そうですよね。ナガレさん。そんな事ある訳ないですよね。因みにですけど、俺の名前はソウジです。『丸いの』はやめて下さいよぉ。あっ、ナガレさん、耳良いですね」
俺より先に、俺達が驚いた事をそのままソウジが本人に尋ねていた。
「別に、アンタに褒められてもうれしくもなんともないね」
ナガレはソウジに素っ気なく答えた。
俺とトウジは目を合わせた。
『やっぱり聞こえてるんだ…』
そう思うと自然と俺達の口数は減っていった。
そして、それから暫くした時、
「着いたよ!こっちへ」
と、ナガレが振り向き、俺達を手招きする。
走る事なく、俺達はゆっくりとそちらへ向かう。
ナガレの後ろは確かに茂みが無く、光が差し込んでいる場所のようだ。
どうなっているのか、薄暗い道を歩いていたせいで抜けた先が良く見えない。
程なくしてナガレの隣へ着くと、その空間がはっきり見えた。
「ようこそ、『ジャノメ団』のアジトへ。…って、言っても何もないけどね。まあ、その辺でとりあえず休んでおくれ。ほらっ、お前らっ!メシの用意しなっ!」
ナガレが弟達と呼んでいた男達に命令すると、一斉に支度に取り掛かった。
慌ただしく動く男達。
家の中ではなく、準備は外で進められている。
その間に、俺は周囲を観察する。
円を描くように切り開かれた空間。その材木を使用したのだろうか、家が一軒建っている。
ドリュウ様の家とどちらが大きいのだろうか……
それほど差は無いかもしれない。
しかし、その作りは雲泥の差がある。
雨風はしのげるだろうが、暑さ寒さに耐えられるのか……
丸太作りのこの家は、もしかして、自分達で建てたのではないのか?
ただ、そこへ住む人間の数は、間違いなくこちらが多い。
「二十人はいるな…」
頷いているのか、数えているのか、リョカさんが首を上下させながらそう呟いた。
「に、二十人…って、そんなに兄弟がいるんですか?」
驚きながらおれがリョカさんにそう尋ねると、
「おかしいか?」
質問に質問が返ってきた。
「えっ?おかしくないんですか?」
そう言うと、五人の視線が俺に集中する。
みんなの顔を見ながら、
「えっ?なんで?」
と、尋ねると、トウジが俺の左肩をポンッと叩き、首を横に振る。
「アンジ……、君こそ何を言っているんだい?」
「そうよ、アンジ」
カイナもそう言いながら、右の肩に手を置き、首を横に振る。
そして、
「ここにいる彼らもきっと私達と同じって事よ、アンジ」
「あっ!そういう事か」
やれやれというように首を振りながら、
「やっと分かったのかよ」
ソウジは呆れていた。
そして、それとは別に、
「へぇ~、あの子達もそうなのかい…珍しい事もあるもんだね…」
離れた場所で声を漏らすナガレの姿に、俺達は気付いていなかった。