第162話 破片と文字
道は違えど見える景色にはそれほど代わり映えのしない山道。
馬車を走らせる一行は、ダインクへと続いている道の上にいた。
フシチヨへ向かう時同様、やはり荷台の中、いや馬車での移動はつまらない……
『徒歩での移動なら、もう少し違ったんだろうなぁ……。でも、流石にここまでは遠すぎるか……』
などと、考えてはいけないような事まで、俺が考えてしまうほどだ。
何せ、目的があった道中と、それが無くなった今………
「暇だな……」
俺は思わずそう呟いていた。
「確かにね。何もする事無いしね」
笑顔のトウジが、俺の呟きに反応した。
「何がそんなに嬉いんだよ、トウジは?」
「ん?別に。何でもないよ」
「そうか?」
「うん。まあ、とりあえず、またみんなで帰れてる事、は、嬉しいけどね」
「そりゃ、まあ、そうだけど……」
『それ以外何もないから、暇なんだよ』
俺がその様なことを考えていることを知ってか知らずか、
「おい、アンジ。だったら、前に来ないか?」
というリョカさんの声が聞こえてきた。
「だってさ。アンジ。僕と代わろう」
ハクさんはそう言いながら、俺の肩をポンッと叩くと、俺の横を通り過ぎ、荷台の後方へと移動して行った。
断れない状況になり、俺は一先ず、前方、リョカさんの隣へと移動する。
怒っている訳でもなく、呆れている訳でもない。
特別変わった様子のない、リョカさんの表情……
『なんで?俺、呼ばれたんだろ?』
言葉もなく、ハクさんがさっきまで握っていたであろう手綱をリョカさんは俺に手渡す。
俺は、「はい」、とそれを受け取り、しっかり握った。
「…………」
「…………」
お互いに無言のまま前方を眺めている。
そして、そのまま暫く走らせていた時だった。
「んっ?」
と、声を出したのはリョカさん。
そして、俺も、
「えっ?」
と、声を出した後、続けて、
「リョカさん、あれ、何ですか?」
「柵…が、壊れたか……それとも、看板か…だな」
小さな木の枝であれ、太い枝であれ、それが枝であれば気にすることなく通過していただろう。
しかし、俺達の視界に入って来たソレは、明らかに加工された物だった。
それが、一つ、二つと山道上に落ちていた。
リョカさんは、馬を近くで止めた。
そして、
「アンジ、確認しに行くぞ。ハク!お前達は、ちょっと待っててくれ」
リョカさんは荷台の方へそう声を掛けると、先に馬車から降りた。
「了解。アンジ、気を付けてね」
声を掛けられたハクさんに、
「はい。じゃあ」
返事をし、リョカさんの後へ続く。
既にリョカさんは、その板の前に立っていた。
「何ですかね?これ」
それを見ながら俺が尋ねると、リョカさんはしゃがみこみ、
「さてな…」
そう言いながら、その板を両手で持ち上げた。
不自然にもがれた様な断面をした、古びた板。
リョカさんは、それを持ち上げるなり裏返した。
すると……
「何だ?何か書いてあるな」
俺も覗き込むようにして確認する。
「本当だ。えっと………『のため、危険!』……ですね」
最初の部分が無いため、何が危険なのかが分からない。
しかし、それが注意を促す為の物だった事は、俺にも理解できた。
ただの山道も、その板のせいで忌々しい道に見えて来た。
「何の事…何でしょうね?」
薄気味悪くなった俺は、リョカさんにそう尋ねた。
すると、リョカさんは俺の顔を見ながら、
「さぁな。まあ、ここは山道、山の中だからな。獣の類いが出るから注意しろっ、て事だろ?心配ないさ。……何だ?怖いのか、アンジ?」
「まっ、まさか!全然、全っ然!怖くないですよ!」
と、必要以上に大きな声で返事をしたものだから、
「アンジ?どうしたの?」
と、トウジの声が荷台の方から聞こえてきた。
「いや、アンジの…」
俺より先にリョカさんが、口を開いたため、慌てながら先程と変わらない音量で、
「いや、別に、別になんでもないよ、トウジ。気にしないでくれ」
「はぁい。分かった」
トウジの返事を聞いた後、
「リョカさん。一先ずこの事は、みんなに伏せておいていいんじゃないですか?」
「そうか?別に伝えても問題無いと思うぜ?」
「でも…、もしかしたら、カイナやトウジは不安に思うかもしれませんから…。どうでしょう?」
俺がそう伝えるとリョカさんは、うんうん、と頷き、
「いいだろ。お前がそう言うならそうしよう。じゃ、とりあえず、乗れ、アンジ。さっさと出すぞ」
「はい、ありがとうございます」
スッと立ち上がった後、馬車へ乗るリョカさんに続き俺も乗り込む。
それと同時に、荷台からハクさんが顔を出し、声を掛けてきた。
「リョカ、何かあった?」
リョカさんは、静かに数回首を横に振った後、
「いや、大したものは無かった。……別にな」
そう言うと、馬をゆっくりと走らせ始めた。
ハクさんは、前方を一度確認すると、
「なるほどね。そっか。じゃ、二人共、何かあったら教えてね」
そう言うと、ハクさんは荷台の中へ顔を戻した。
そして俺はというと、リョカさんに悟られぬよう普通を装っていたのだが…
『何もないさ。きっと。何も出ない。だってまだ、お昼にもなってない!心配ないって、俺!!大丈夫!俺!!でも……もし………』
不安で胸が張り裂けそうだった。