第159話 旧知の仲
「久し振りだな、と、言いたいところだが…、私の事は、覚えているかな?」
対峙した二人は、お互いの目を見据えていた。
「はんっ!?俺が?忘れるとでも?」
その口調には明らかに憎しみがこもっていた。
「俺が、忘れるとでも思っているのかって、聞いているんだよ!コウエン!!!」
と、怒鳴る相手に臆することなく、
「そうか、覚えていたか。それを確認したかったのだ。クチハよ……」
コウエンは、穏やかに答えた。
しかし、クチハと呼ばれた者からすれば、逆にそれが癪に障ったらしく、
「何を…ぬけぬけと………、貴様………」
そう言うと、クチハは家の中へと消えていった。
ここは、クチハの家屋の入口。
玄関の敷居をまたいだ、内と外との会話だ。
コウエンは、クチハを追うことなく、その場に立ったまま動かない。
動く必要もなかった。
怒りの形相をしたクチハが、右手に刀を握り戻ってきたのだ。
「やれやれ、穏やかじゃないな、クチハ。その様な物騒なもの……、一体どうしようというのだ?」
この状況下でも、コウエンの口調に変化はない。
そして、クチハの口調も、もちろん変化は無かった。
「決まっているだろうがっ!こう、するんだよ!!!!」
感情そのままに、勢い良く振り降ろされた右腕は、真っ直ぐコウエンの頭を狙っていた。
しかし、その一撃は、そこへ到達する事は出来なかった。
ガキンッ!
という音とともに、クチハの刀は別の刀に遮られ、力を入れてもびくともしない。
刀の出所をクチハが確認すると、それはコウエンから伸びた腕ではなく、別の者の腕。
そのままゆっくり視線をそちらへ動かすと、そこには鋭い眼光でクチハを睨みつける、体格の良い男が立っていた。
そして、低い声で、
「おい、お前!何…やってるんだ?まさか、オヤジを傷つけようって訳じゃあ、無いよ、な?おい!」
「止めないか。ガクテイ。貴様こそ、彼が我々にとって、要人だとわかっての事か?」
「だってよ、オヤジ。コイツ、今、オヤジに切りかかろうとして」
なおも弁明しようとするガクテイを、
「くどいぞ、ガクテイ」
一言そう言いながら、コウエンはガクテイへ冷ややかな視線を送る。
ガクテイだけでなく、その場にいたクチハにも悪寒が走った。
それは、クチハに懐かしい感覚を思い出させた瞬間でもあった。
「わっ、分かったよ。止めりゃいいんだろ、止めりゃ。お前も刀を引け……」
ガクテイに促されたクチハが、刀をゆっくりと下ろすと、ガクテイもそれを確認した後、刀を引いた。
「すまんな、クチハよ。こやつの事を許してくれ」
そう謝るコウエンに対して、クチハはある疑問を持つ様になっていた。
そして、その疑問をそのままクチハは口にする。
「それは、別に構わないのだが、………お前、本当に、コウエンか?」
その口調は、どこかぎこちなかった。
「そう見えないか?私は、コウエンだ。しかし、そなたの知るコウエンではないかもな」
と言うコウエンの言葉に、クチハはハッとし、
「やはり、お前………いや、あなたはカイエン…………、いっ、一体、どっ、どういうことですか!?いや、だとすれば、先程のご無礼、どうかお許し下さい!」
クチハは、そう言うと、急いで頭を下げた。
「いやいや、よいのだ、クチハよ。分からなくとも仕方あるまい。頭を上げるのだ」
「ですが……」
「くどいぞ、クチハ」
そう言われ、クチハはサッと頭を上げた。
「それでよい」
「……それで、カイエン殿」
と、クチハが呼ぶと、コウエンはそれを制し、
「クチハよ。私の事はコウエンと呼ぶのだ。良いな?」
「しょっ、承知しました。……コウエン……殿」
それを聞いたコウエンは、頷きながら、
「それでよい」
と、一言答えた。
「それはそうと、一体また、どうして急に、私の所へなど来られたのですか?」
クチハからすれば、当然の疑問だった。
クチハの住居はテンザイ山の山中、しかも人目に付かない様な場所にある。
しかも、外は暗くなっていた。
たまたま来るような場所でも、時間でもなかった。
無造作に伸びた黒髪、小柄で顔も小さいのだが、不釣り合いな程に大きな目をしたその男は、コウエンの発する言葉を待った。
そして、それに答える様に、静かにコウエンは口を開き、
「何故か……。敢えてそれを聞くか。……決まっているではないか。クチハ。そなたを迎えに来たのだ」
「わっ、私をですか?なっ、何故……」
「やれやれ、そこまで答えを求めるか……。そなたの力が必要だからに決まっている。『ギシ』としてのな」
コウエンがそう告げると、クチハは驚いた表情になり、
「しっ、しかし、コッ……、コウエン殿、先の戦いでは、私の力量不足のせいで、あなたを敗戦の将へと……」
そこまで言い掛けると、再びコウエンは、それを制し、
「そうではない。いや、それも一因……の、一つかもしれん。しかし、私にも要因はある……。クチハの作る武器を操れる『ミツキ』の数が少な過ぎたのだからな…………。………………だが、それは過去の事だ。今は、あの時以上に『ミツキ』がおる。数も、質もな。ここにおる、ガクテイもその一人だ」
コウエンは、自分の背後にいる男を一度指差す。
そして、
「同じ事を二度繰り返すつもりはない。いや、むしろ、今回の方が順調……かもしれん。しかし、盤石の体制をとる為にも、そなたの力を貸してもらいたいのだ」
言い終わると、クチハの目を見据える。
すると、間髪入れずにクチハは、
「断る理由などございません。微力ながら、お助けいたします。…………では、……あなたの事だ。これから直ぐに戻られる……のですよね。少々時間を……道具の用意をしますので……」
「うむ。なるべく早く頼むぞ。ああ、それと、重いものがあっても構わんぞ。その為に、これを連れて来たのだからな」
コウエンは、ガクテイを指差し、クチハに伝えたのだが、彼の姿はその場に無く、家の奥へと向かっていた。
そして、騒々しい物音を立てながら、クチハの準備が完了したのは、闇も深い夜中になった頃だった。




