第149話 解毒不可能?
トントントン……
玄関のドアをハクさんが叩くと、少し間を置いて奥から声が聞こえてきた。
「はい、誰かな?」
若くはない声色の男性の声。
それと共に、ゆっくりとこちらへ近付いてくる足音。
「おはようございます。わたくし、ハクと申します。少々お尋ねしたいことが有りまして、お伺いさせて頂きました」
と、ドアの側に向かってハクさんは声を掛けた。
「ハク………はて、この村にその様な名前の者が居ったかな?……………」
そう言いながら、奥から鍵を開ける音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。
リョカさん達よりも低く、俺やトウジとあまり変わらない身長の老人が姿を現す。
大勢で居たことに驚いた顔をした後、ハクさんの顔を見て、
「ああ……、お前は、ハクか」
そう声を掛けられると、ハクさんは一礼し、
「お久しぶりです、長」
「ああ、久しいな、ハクよ。顔は余り変わらない様だが、体は随分と大きくなったな。大分父親に似てきたのではないか?」
「そうですかね?それは、なかなか自分では分からないものですよ」
ハクさんは和やかに笑顔で答えていた。
「それで、後ろの者達は?」
「はい、実は言いにくいのですが、彼らは外の人間です」
「何と……」
ハクさんに長と呼ばれていた老人の眉間にシワがよる。
「長、先程も申しましたが、実は彼らの事で相談に上がりました。無礼、ぶしつけを承知でお伺い頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします」
先程とは違う意味合いでハクさんが再び頭を下げる。
リョカさんも、それにソウジも続けて頭を下げている。
慌てて俺も、残りの二人も頭を下げた。
「なんと……。そこまでするということは、余程の事なのだな?」
「はい、私どもにとっては一大事です」
「そうか………、やれやれ。とりあえず、頭を上げてもらえないか?」
「いえ、長が了承して頂けるまでは上げません」
下を向いたまま、ハクさんがそう言うと、長は、
「なんとまあ、頑固なところまで、父親に似ておるな…。いつまでもそうさせてはおられん。分かった。話を聞こう。」
その言葉を聞くと、ハクさんは、一度顔を上げた後、
「ありがとうございます、長!」
と言うと、再び頭を下げた。
「礼はよい。とりあえず、中へ入れ」
長は、半身になり、一行を中へ迎え入れようとしたのだが、頭を上げたハクさんは、
「いえ、せっかくの、ご厚意ではございますが、長が良ければ、ここで話を聞いていただけないでしょうか?」
「なんと、まあ、そこまでの急ぎの用なのか?」
ハクさんは、真顔で「はい」と、一つ頷いた。
「そうか、では、ここで話を聞こうか。じゃが、その前に、ワシの分だけでも椅子を持ってきてもよいかな?」
「もちろん、構いません。お待ちいたしますとも」
長は一度奥へと戻り、再び戻って来る時には、こじんまりとした椅子を一脚持ってきた。
そして、腰を下ろすなり、
「待たせたな。では、話を聞くとしようか」
と、ハクさんを促した。
ハクさんは一つ頷き、口を開いた。
ここへ来た目的。
ここへたどり着くまでの経緯。
もちろん、それは過去へさかのぼって、俺達が生まれたところまでの話…をかいつまんで、しかし、要点はしっかりと押さえて話をする。
黙って聞く長。
やがて、一通り話を聞き終えると、
「成程。そこのリョカと、申す者の体内に入っている毒を消せるモノ…、つまり解毒出来るモノを探しにここまで来た…と」
「はい、その通りです」
「そうか、……リョカ…と、呼んでもよいか?」
「ああ、別に構わないぜ」
「リョッ、リョカ!長に向かってなんて口を」
顔を真っ赤にし、ハクさんが慌てて注意する。
しかし、
「はっはっはっ、まあまあ、そう怒るな、ハクよ」
「しかし、長…」
「よいよい、そんなことよりも、リョカ。その傷口を見せてはもらえぬか?」
「傷口か?別に、いいぜ。ほらよっ」
そう言うと、リョカさんは上着を捲り上げ、先日、ホウキの針が刺さった部分を指差し、
「ほら、ここだ」
「どれどれ、………。……リョカよ、何か治療は施したのか?」
「治療ねぇ、さっきハクが話したと思うが、とりあえず、ハクにやってもらっている位だな」
「そう…か」
「ああ、それと、ハクは話さなかったが、昨日…一昨日だったか?おかしな夢を見てな。それ以降は全く痛みがないんだ」
「なんと…夢。か。…そうか。………リョカ、言い難いのだが」
「いや、構わない」
「この集落にお前の傷口、いや、解毒を出来るモノは『いない』。何故ならば、解毒という術自体が現在必要とされていないからだ。そもそも、毒で侵すという術を誰も使用しない、する必要がないのだから、当たり前と言えば当たり前の事だが…な」
長の言葉に皆が凍り付く。
「そっ、そんな……」
俺の口から自然と声が漏れた。