第137話 騒音と静寂
『騒がしい……』
久し振りに聞こえてきた声に対して、男は率直にそう感じた。
静寂を好んでいる訳ではない。
しかし、男の日常がそう感じさせていた。
陽も当たらない部屋、会話する相手も皆無に等しく、聞こえてくる音は金属音。
手足を鎖に繋がれ、自由奪われた身体……
もがき、足掻く事もせず、男はその状況に応じていた。
男の名はヘイシといい、ミツキの一人である。
つまり、そこはコウエンの根城にある地下の一室である。
今は入口に檻が付き、鎖まで用意されているが、元はそんなものなど無い、ただの部屋だった。
しかし、ある時コウエンに命じられ、ヨウボがそれらを数部屋設置した。
その中に収監されたのは、唯一、ヘイシだけだった。
手足は蘇生する。
逃げようと思えば何時でもそこから出られるのだが、ヘイシはそうしなかった。
従うべき主はもう、この世に存在していなかったからだ。
誰にも邪魔をされることの無い、静かな空間……だった。
しかし、その静寂を破るように、隣の部屋から騒々しい声が聞こえていた。
先程、コウエンと共に連れて行かれた二人のミツキの内の一人のようだ………
「何でこんな所に繋がれなければいけないんだ!!訳を教えろ!!」
「静かにするのだ、シンロウ。そして、ここに連れて来られた理由すら分からなくなっている、その頭を冷やすがよい……」
喚くシンロウに対し、コウエンは冷ややかにそう告げる。
「何だと……?」
納得出来ない様子で、シンロウがそう漏らすと、
「分からぬか?……ならば、教えてやろう。シンロウ、昨夜の任務は何だったのだ?人間と争う事だったのか?無論、やむを得ない場合はそれも必要だ。が、……しかし、シンロウよ。昨夜のお前の重きは何処にあった?」
「………」
その問いに対し、シンロウは答えようとしなかった。
「答えられぬか。……ならば、私が言おう。お前は、人間との争いに重きを置いていたはずだ。違うとは言わせぬぞ、シンロウ。回収されたエンセキの数がそれを物語っておる。……まあ、それでも無傷であれば黙っておったかもしれん。……しかしだ」
コウエンはそう言いながら、シンロウの身体を敢えてゆっくりと見る。
そして、
「人間ごときに、何という様だ……しかも、与えておいた刀まで失い、負けるとは……」
コウエンが呆れ果てた様に言うと、
「違う!!!俺は、……俺は負けてなどいない!!俺は」
「負け惜しみか、シンロウ。これ以上私を失望させるな。…………ここから先は、質問にだけ答えよ。まず、お前の刀は何処にあるのだ?」
「……無い。もう、この世に存在しねぇよ」
「存在しないと……。そのような事の出来る人間がいるとはな。そやつの名は?」
「イヌイ………。だが、アイツは人間じゃねぇ…。人間の匂いがしなかった。他にいた二人もな。黒い身なりで白い仮面を着けてやがった……イヌイって奴が言うには、自分は『ロイロ』の一人だと言っていた……」
「人間の匂いがしない……か。お前の鼻は確かだからな……信じよう。では、刀と……その傷も、そのイヌイにつけられたものなのだな?」
「これは、違う………これは……人間…だ」
「キズが消えず、腕も蘇生しておらん……『シキ』の使い手と争ったのだな?」
聞き慣れない言葉があり、シンロウは眉をひそめながら、
「『シキ』の使い手?あの小僧共のことか?確かに、いつもの人間共とは、あの力の回復時間が違ったな……」
「待て、シンロウ……お前にそのキズを負わせたのは、……大人の人間では無かったのか?」
驚いた様に、コウエンがそう尋ねると、シンロウは観念したかのように、一度深く頷いた。
なるほど、シンロウが負けを認めたくない理由を、ようやくコウエンは理解した。
「何人いたのだ?」
「その『なんとか』っていうのは、二人だった」
「そうか、……分かった。何れにせよ、シンロウ。暫くここで大人しくしていろ」
「なっ!」
と、シンロウが言い掛けたとき、
「聞こえたであろう?命令だ…」
威圧的な口調でコウエンが言い放つと、シンロウはそれ以上何も声に出さなかった。
「……では、いずれまた呼びに戻る。それまで待っておるのだぞ」
そう言い残すと、コウエンは踵を返し部屋を後にする。
「ホウキよ、ここで聞いた事は、一切他言無用だ。良いな?」
「了解致しました。コウエン様…」
そう言いながら、ホウキは一度シンロウに目をやった後、コウエンを追った。
『シキの使い手よりも、むしろ『ロイロ』と名乗る者達の方が厄介かも知れんな…………やはり、アヤツの力が必要か…………………』
歩きながら、その様な事を考えていた時、
チャリ…チャリ……
と、音が聞こえる。
コウエンは音のする方へ目を向ける。
そこには、シンロウと同様に鎖に繋がれたヘイシの姿があった。
互いの視線が合う。
しかし、コウエンは何も言葉を発する事なく部屋の前を後にした。
程無くして、辺りは何時ものように、深く静かな闇に包まれたのだった。