第132話 苦悶
見覚えのある顔……
シンロウ、その他のミツキを見たあの夜。
今、目の前に突如現れた『敵』の顔もその時にあった。
間違いない。
「ホウ……キ」
刀に力を込めながら、リョカは再びその名を口にした。
しかし、
「シンロウ……、あなたは、何をしているのですか?」
リョカの方を一切見ず、ゆっくりと立ち上がるシンロウへ問い掛けた。
その口調は、以前と同じく淡々としている。
「シンロウ」
「うるさい!!黙ってろ、ホウキ!!!」
リョカの一撃によって、地面に背を着けた事もあり、シンロウの怒りは更に増していた。
「邪魔をするな!退いてろ!!」
「……何をむきになっているのですか?」
今に至るまでの経緯を知らないホウキは、冷静にそう尋ねた。
「うるさい!!貴様には関係無いだろうが!!」
「関係が『無い』と……」
「そうだ!だから退いてろ、ホウキ!!」
「いえ、……残念ながら、そうはいきません」
「何……だと?」
シンロウの口元が、更に怒りで震えているのが分かる。
「関係が無いとは、良く言えたものですね……シンロウ、我々は、一体何をするためにここへ来たのですか?」
「何を今更……そんなのも決まってるだろうが!」
「そう、決まっています。我々の目的は、『エンセキ』の回収。コウエン様からの命により、ここへ来ているのです」
「だからどうした?」
「どうしたとはこちらの台詞です。目的を遂行せずにシンロウ、あなたは何をしているのですか?」
「うるせぇって言ってるだろうが!!そんな事、今関係ねぇんだよ!!さっさと、どけっ!!!」
「『そんな事』?……………シンロウ、それは、本気で言っているのですか?」
ここで、ホウキの口調が変わり、
「それを、コウエン様にも言えるのですか、シンロウ?」
冷酷な口調………
周囲の空気が冷たくなった様にリョカは感じた。
もちろん、シンロウもそれを感じたらしく、
「それは、……」
と、口ごもる。
「では、任務に戻りましょう、シンロウ」
ホウキの口調は、元に戻っていた。
それに対し、シンロウは幾分怒りを抑えて、
「ああ、分かった。が、ホウキ。そいつ、そいつだけは殺らせろ。じゃないと怒りが収まらねぇ!!」
シンロウの視線の先にはリョカがいた。
そして、この時初めてホウキがリョカの顔を見た。
自分の刀に刀を振り下ろしたままの状態で止まっている人間。
「話しは、終わったのか?お二人さん。とりあえず、そういう事だ、そこをどけ、ホウキ」
リョカはそう言いながら、再び力を込める。
ところが、ホウキはそれを無視するかのように、
「……、この人間をですか」
ため息混じりにホウキはそう漏らすと、自分の握っていた刀を空へ振り上げる。
不意の出来事の為、リョカは若干態勢を崩したが、その場に踏みとどまった。
ホウキは、リョカの行動など気にせず、振り上げた刀を下ろし、ゆっくりとシンロウとリョカ、二人の間に割って入る。
そして、リョカに背を向け立ち止まった。
「あの人間を倒せば、戻ると………間違いないですね、シンロウ」
シンロウの目を見ながら、ホウキが確認すると、
「ああっ!!そう言ってるだろうが。だから、退け!」
目を逸らす事なく、シンロウがそう答えると、
「分かりました……」
と、二人のやり取りが聞こえたリョカは、
「おいおい、何を二人で勝手にまとめてるんだよ」
ホウキの背中に向かって声を掛けた。
そして更に、
「そもそも、何を俺が負けること前提で話を進めているんだ?俺は……」
と、続けていた時、突然自身の左の脇腹に激痛が走る。
「ぐっ……!!!」
苦悶の表情を浮かべながら、その場所を確認する。
「なっ、何……だっ…………こっ、れ……………は…………」
それは、武器では無かった。
しかし、見たことのあるもの………
本来、自然界の中であれば小さいはずのそれ。
「おいっ!ホウキ!!貴様、人の獲物に何しやがる!!」
その声に反応するように、リョカは激痛を感じながらも、再び視線を前に向ける。
「決まっているでしょう。この人間を動けなくする様に……」
言葉を発するホウキの身体が徐々に変化していく。
「私の『毒針』を打ち込みました……これで、放っておいてもいずれ果てるでしょう」
そう言い終えた時、ホウキの姿は、まさにハチ……巨大なスズメバチの姿になっていた。
ゆっくりと、静かにリョカの腹部からそれが抜かれると、痛みの余り患部を押さえ、リョカは片膝を着いた。
「おいっ!ホウキ!!貴様何をしている!!!!」
そう叫んだのは、シンロウだった。
「見ての通り、この人間に毒針を打ち込みました。放って置いても、その内倒れるでしょう……それに、これでこの人間は抵抗出来ません。トドメを刺すなりお好きして下さい。そして、早く任務に戻りましょう……」
当然の様にそう言うと、ホウキは横へ動き、シンロウの前を空ける。
再び対峙するシンロウとリョカ。
痛みで身動きの取れないリョカを見下ろし、
「クッ……………」
複雑な表情を浮かべながらシンロウは、右手を振り上げ、
「ウォォ~~~~~ッ!!」
と、叫びながらその手を振り下ろそうとした時、
「さぁ~~~せるかぁぁぁ~~~~~!!!!!」
大声と共にシンロウへ向かって来る、二つの人影が宙を舞っていた。