第13話 衝撃
感情のまま殴り続けていた俺もさすがに疲れ、腕に力が入らなくなってきた。
無理もない。
今までこれほど何かを殴り続けたことなど無いのだから。
しかし、それにも関わらず、ヒトツキは無傷のままだった。
「くそっ」
そう言いながら俺はまた拳を振りかざしヒトツキを殴ろうとした。
その時。
今まで無抵抗だったヒトツキが、『いい加減に無駄な抵抗は止めろ』と、言わんばかりに左手で俺の右手を払い除けた。
その力は強く、俺の右腕から先はどこかに飛んで行ったのではないかと思うほど強い衝撃だった。
更にヒトツキが動く。
今度は右の手の平を目一杯開き、俺の胸元目掛けて突き出した。
殴ることに疲れていた俺は、抵抗することが出来ず、まともにその衝撃を胸元に受けたため、俺は後方へ吹き飛ばされてしまった。
倒れているトウジを飛び越え、俺は地面に叩きつけられるはずだった。
しかし、実際はそうではなかった。
地面に叩きつけられる衝撃は無く、俺の背中には人の柔らかさがあった。
目の前にはアカツキのせいで赤く染まった空が広がっていた。
「大丈夫か?」
俺の背中の方から声がした。
姿を見なくても、その声の主が誰なのか俺は分かっていた。
が、あえて俺は視線をそちらへ移す。
そこにはやはりタイラ隊長がいた。
そしてその後ろにはシシカドの二人がタイラ隊長を支えている。
俺は、それほどの衝撃で飛ばされたのか。
「おい、大丈夫か?」
再度タイラ隊長に問い掛けられ、俺は胸と右腕に受けた激痛を思いだした。
その痛みに苦悶の表情を俺が浮かべると、
「無茶しやがって」
と、タイラ隊長は優しく声を掛けてくれた。
しかしその優しさが逆に痛かった。
なぜなら俺はトウジを…
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
もちろん大丈夫な訳がないが、激痛を堪えながらあえて俺はそう答え、タイラ隊長から離れようとした。
しかし、疲れと痛みでよろめいてしまい、結局またタイラ隊長に支えられる形になってしまった。
「あんまり無理するな」
支えながらタイラ隊長にそう言われ、
「すいません…」
俺はそう答えた。
「お前、名前は?」
「アンジ…です」
突然の質問に驚きながらも俺は痛みを堪え、しっかりと答えた。
「アンジか。俺はシシカドのタイラという者だ」
「知ってます」
知らない訳がない。そう思いながら答えると、
「そうか。じゃあ、アンジ」
「はい」
「あの化け物は俺達シシカドが退治する。それまで後ろへ下がっていてくれ」
「…はい。…でもトウジが…」
ヒトツキの前に倒れているトウジの方へ目をやり、俺がそう言うと、
「あの子はトウジと言うのか?」
「はい。でも俺を助ける為にヒトツキにやられちゃって…」
思い出すとまた涙がこぼれて来た。
「そうか…辛かったな」
そう言いながらタイラ隊長は俺の両肩に手を置き、俺の目を見ながら、
「でも、大丈夫だ。彼は生き返る。だから、心配するな」
その言葉に、はっとなりタイラ隊長の目を見る。
「ほ、本当ですか?」
その言葉が信じられず、俺は問い返す。
「ああ、本当だ」
そういうタイラ隊長の目は嘘をついている人のそれでは無く、真剣そのものだった。
…トウジが生き返る。
俺は嬉しくなった。
「しかし、あの子…トウジを生き返らせる為には、あいつを倒さなければならない。だからアンジ、君はそれまで後ろに下がって見ているんだ」
タイラ隊長は真剣な眼差しのまま俺にそう言った。
「…はい。わかりました」
俺は素直に頷くとタイラ隊長の元を離れ走って後ろへ下がった。
「よし、いい子だ…」
そう言ったタイラ隊長の視線は、すでにヒトツキの方を見ていた。
きっと大丈夫だ。
タイラ隊長があのヒトツキを退治してくれる。
そしてトウジも…走りながら俺は、そんな事を考えていた。
ある程度離れたところで立ち止まり、振り返ると、俺は希望を持ちつつ、事の成り行きを見守った。