第129話 重なる過去
「行くぞ……」
抱えていた人を寝かせ、すくっと立ち上がり、リョカさんは静かに俺達に伝える。
「はい。行きましょう」
ゴクッ
と、自分の唾液を飲む音が自分の中から聞こえる。
リョカさんを先頭に、ハクさん、その更に後に続いて俺達三人は歩き出した。
蛇行せず、一直線にミツキの元へと向かって行く。
相手はこちらを向いておらず、側面から近付いて行く様な状態になっていた。
別に構わない。
あえて相手に気付かせる必要もなかった。
「リョカ、まさか、自分がどうにかしようなんて、思ってないよ……ね?」
ハクさんが、確認するかのように前を歩くリョカさんに尋ねた。
「何を言ってるんだよ、ハク。アイツを、後ろの三人だけで、どうにかなるか判らないだろ?」
「そう……だけど」
そう言いながら、ハクさんは、後ろを歩く俺達を確認する。
「自分の状態……分かってるよね……?リョカ、君の足は……」
不安そうな表情でハクさんがそう言い掛けると、リョカさんは足を止め、険しい表情で、
「分かってるさ!だが、今はそんな事言ってる場合じゃないだろ?」
「……」
誰も言葉が出なかった。
「……まぁ、でもよ、死なない程度に終わらせるから、何かあったら、いつもの様に頼むぜ、ハク」
表情を崩し、リョカさんはそう言いながら、腰に差していた刀を右手で抜き、肩に担いだ。
「うん……分かったよ、だけど、あんまり無茶しないでね」
「それは、アイツに聞いてくれ…………、っよしと」
再び全員歩き出しす。
ミツキまでの距離は、さほどもう無かった。
「あっ!!!あれ、……」
隣にいたソウジが、急に声を出す。
「ソウジ、どうした?」
ソウジに尋ねると、彼は右手でシンロウの方を指差し、
「あれ、ホムラだ………シシカドの隊長の……………間違いない……、ホムラだ!!」
彼の言うその隊長というのは、シンロウの管に繋がれている、リョカさんよりも体格の良い、短髪の人物の事の様だった。
確かに、その足元には、シシカド隊長の証ともいえる『オウノト』が転がっていた。
抜こうとしているのか、それとも抜けないようにする為なのか、彼の両手はしっかりと管を握っていた。
「間違いないのか?」
「あぁ、間違えるはず無いさ…………あの人は……、ホムラは、俺が一番世話になった人なんだ」
「何だって!?だったら早く……」
悲痛な表情をしているソウジにそう言いながら、ミツキの方へと再び目を移した時、俺達に気付いたのだろうか。
不意に、ホムラ隊長が顔をこちらに向けた。
視界の中にいるソウジと目が合い、驚いた様な表情を浮かべた。
「ホッ、ホムラ……」
絞り出す様に、ソウジが彼の名前を呼ぶと、
「ソウ…………ゴ……」
ホムラもそれに答えるように、彼の名前を呼んだのだが……
次の言葉を発する前に、管を握っていた両手は落ち、顔は天を仰いでいた。
「ホムラ~~~~~!!!!」
ソウジが叫ぶ中、ホムラの体から管が抜かれた。
『生気』の無くなった彼の体は、膝から砕け落ち、地面にうつ伏せの状態で倒れた。
その様子を見て、俺の頭の中に、ある光景が思い出された。
大切な人が目の前で倒れる光景……
何も出来なかった自分……
そして、仁王立ちするヒトツキ…………
過去と現状が重なり、俺の中に怒りが込み上げてきた。
次の瞬間、
「ミ~~~ツ~~~~~キ~~~~~~~~ッ!!!!」
俺は、そう叫びながら、視線の先にいる敵に向かって走り出した。
「馬鹿!!よせっ!!アンジ!!!!」
「アンジ!!」
「おいっ!!」
皆の声は、俺には聞こえなかった。
俺にはもうミツキしか見えていなかった。
「あの馬鹿っ。先走りやがって!!ソウジ、行くぞ!ひとまず、『アンジ』を止めるんだ!」
リョカさんは、ソウジに声を掛けるとアンジを追うように走り出した。
「了解!……って、いうか……何でアンジが先に行ってるんだよ。ここは、俺が先に行く所だろ……なっ?トウジもそう思わないか?」
と、尋ねはしたものの、答えは聞かずに、ソウジもそれを追った。
「じゃあ、僕達も行こうか、トウジ」
「そうですね。はい。行きましょう」
更に後を追って、残りの二人も走り出した。
後方の事など気にしていなかった俺は、ただミツキとの距離を詰める為に走っていた。
ここへ来る時よりも早く。
徐々に近付いてくる敵との距離。
その中で、一瞬だけ俺は右手に意識を集中する。
その後、右手に握った『コオロキ』を一目確認した。
『大丈夫だ。光ってる!』
ミツキはもうすぐそこにいた。
そして、こちらの存在に気付いた様だった。
だが、俺は構わず、刀を両手で握り、大きく振りかぶったまま、高く飛び上がり、
「ミツキィィィ~~~~~!!!!!」
と、叫びながら俺は目の前にいる敵に向かって、刀を一気に振り下ろした。




