第128話 疾走
「アンジ。とりあえず、歩きながらでいいから、呼吸を整えた方がいいぞ。『力』の回復具合も違うからな」
「へぇ~、そうなのか。ありがとう、ソウジ。でもそれ、最初に教えてくれよ」
「まあ、そう言うなって。せっかく教えてやってるんだから、感謝しとけって」
「ん~、そうか……」
それで納得して良いものか判らず、俺は曖昧な返事をした。
「でもさ、ソウジ。『力』の回復ってどれくらい時間が掛かるの?」
「確かに。前に、タイラさんが回復させるのに、一時間位掛かってなかったかな?」
トウジの質問に、俺も同調しながら、ソウジに尋ねた。
「まさか!そこまで掛からないさ。そうだなぁ、どれ位だったかな……以前に一回だけ、全開で『力』を解放したてみた事があったけど、その時は、……確か…………まぁ、十五分位だったかなぁ……集中してな。だけど、そうじゃなくっても、三十分あれば回復するぞ」
「そう……なんだ」
「まあ、あの人達はそもそも『力』の加減は出来ないみたいだしな。解放したらおしまい。使いきらないと回復出来ないみたいだし………、その辺がやっぱり、俺達と、擬似的に『力』を持った人達との違いなんだろうな……」
しみじみと、話すソウジに対し、
「そう……だったんだ」
俺は、あの日の事を思い出しながら返事をした。
それから五分……いや、十分ほど皆静かに歩いただろうか。
「お前ら、少し急ぐぞ」
と、後ろを歩いていた俺達に向かって、リョカさんがそう告げる。
「はい。わかりました」
俺がそう返事を返しきる前に、リョカさんと、その隣にいたハクさんは急に走り出した。
『一体どうしたっていうんだ?』
不思議に思いはしたが、俺達も前の二人を追うように走り出した。
せっかく回復してきた体力をまた使わせるなんて……
そう思いながら、走っていたのだが、理由が分かるまでにそれほど時間は掛からなかった。
「ねえ、あ、れ、悲、鳴……だよ、ね………?」
走りながらの為、トウジの質問は、所々切れているが、内容は聞き取れる。
「ああ、そう、みたい、だな」
返事をする俺も、似た様なものだった。
悲鳴は一つではなく、複数聞こえてくる。
その声は徐々に大きくなっていく。
その度に、俺達五人の走る速度も増していく。
『何かまずい事が起こっている』
『力』の回復のことなど、一気に頭の中から消し飛び、行く先の状況にのみ、意識が向かっていた。
不意に、リョカさんが立ち止まり、
「止まれ」
と、両手を広げて後方の俺達を制す。
それにならい、俺達は走るのを止めた。
五人共息が上がっている。
声のする通りまでまだ出ていない。
いや、目の前の角を曲がった先が『そこ』なのだろう。
悲鳴はすぐそこから聞こえて来ている様だった。
「どうしたんですか、リョカさん。早く行きましょう」
呼吸を整えながら、俺がそう言うと、
「ちょっと待て。まずは、しっかりと呼吸を整えてからだ。ここで冷静さを欠いたら意味が無いだろ?気持ちを落ち着かせるんだ、アンジ」
「あっ、そうですね。わかりました……」
俺はそう答え、呼吸を整えることに集中する。
俺だけじゃなく、トウジも、他の皆も同様だった。
「………………」
「よしっ。行くぞ。ゆっくり、静かにな…」
リョカさんは俺達の顔を見渡し、静かに、しかし力強く告げる。
そして、通りの方へと進み始めた。
その背中に向かって三人は、
「はい」
静かに返事をし、リョカさんの後を進む。
しかし、それもほんの束の間の事だった。
角を曲がると同時にリョカさんは、
「何だとっ!!」
急に大きな声を出し、険しい顔をしながら、再び駆け出して行った。
それを追うハクさんの顔も同様だった。
「えっ!?」
突然二人の姿が見えなくなった事に三人一様に驚いたが、直ぐ様我に返り、
「いや、ゆっくり、静かにって………言ったじゃないか!」
俺はそう口にし、二人を追って通りへ向かう。
角を曲がり、視線を先へとやった時、俺達は何故二人が、駆け出したのか理解した。
怯えるように逃げ惑う人々。
そして、地面に倒れて動かない人達もいた。
しかも、倒れている人のほとんどがシシカドの服装をしていた。
「一体、何が……」
その光景に唖然としながら、俺は声を漏らす。
「おいっ!大丈夫かっ!おいっ!」
倒れている一人の傍らで肩を揺らし、声を掛けているリョカさんと、ハクさんの姿があった。
「リョカさんっ!」
名前を呼び、俺達はそこへ駆け寄る。
「リョカさん、一体…………一体何ですかこれは!?」
俺がそう尋ねると、リョカさんは手を止め、俺達を見上げながら、怒りを押し殺した様な口調で、
「アイツだ!あそこに、『ミツキ』がいる。…………お前ら、……アイツを止めるぞ!!そうしないと、まだ……被害者が増えるぞ!!」
リョカさんは、視線を俺達から外し、通りの中ほどに向ける。
俺達もリョカさんの視線の先を確認する。
「ミ……ツキ……」
そこには、今まさに口から伸ばした管で人の『生気』を吸い上げている、『ミツキ』がいた。
以前に見たジンキと違い、『アカツキ』を背にしたその『ミツキ』の目は、それにも負けないほど真っ赤に燃えているオオカミの様な容姿をした化物だった。