第12話 二つの人影
目の前で崩れ落ちたトウジは、そのまま動くことはなかった。
俺の為に犠牲になったトウジ…俺が守ってやるはずだったトウジ…ついさっき、ほんの少し前に交わした約束…守れなかった俺…
色んな思いが俺の頭の中を駆け巡る。
そして俺は、ヒトツキがそこにいることも忘れてトウジのもとへ駆け寄り、彼の体を起こした。
俺の腕の中でただ重く、決して動かないトウジ。
顔は蒼く、呼吸もしていない。
「トウジ…」
名前を呼んでも返事が返ってくることが無いことはもちろん分かっていた。
なぜならトウジはもう…それを理解した時、俺の目からとめどなく涙が溢れだしてきた。
それは後悔の涙だった。
今日、外に出ていなかったら…もっと早く帰っていれば…ここで立ち止まらなかったら…
「くそっ」
考えれば考えるほど、自分に対する怒りが込み上げてくる。
このやり場のない怒りはどこにぶつければいいんだ。
トウジの顔を見ながら俺は考えた。
一つだけ。俺自身以外に憎むべきものが頭に浮かぶ。俺は顔を上げ、目の前にいるそれを睨みつける。
「ヒトツキィ~」
怒りに満ちた声で低く唸る。
こいつさえいなければ、こんな事になることは無かった。
こいつさえいなければ…
顔が無いヒトツキの顔が今は俺達の事を嘲笑っているかのようにすら感じる。
それが尚更俺の怒りを増幅させた。
静かにトウジを横にすると、俺はヒトツキを睨みつけたまま立ち上がり、それと対峙した。
立ち向かう武器など何も持っていない。
だが、そんな事はどうでもよかった。
勝ち負けすら気にして無かった。
ただ感情のおもむくままに俺はこぶしを握りしめ、ヒトツキに向かって走りだした。
そして、
「ヒトツキィ~!」
そう叫びながら俺は力いっぱい、ヒトツキのみぞおち辺りを殴りつけた。
一度、二度三度と。
だが、ヒトツキの体は硬く、びくともしない。
俺は構わず更に数度殴り続けた。
自分の不甲斐なさ、ヒトツキへの憎しみ、全てを込めて殴り続けた。
その光景をほんの少し離れたところから見つめる二人の男がいた。
俺も、ヒトツキも気付いていなかった。
もちろん、それはタイラ達シシカドではない。
そのうちの一人が口を開いた。
「大丈夫かな、あれ」
「…」
「聞いてる?ほら、あの子大丈夫かな?」
「……さぁな」
「さぁなって、まだ子供だよ?それがあんな無茶しちゃって…」
「…さぁな」
「さぁな、さぁなって、さっきから…」
「それより、ハク」
「なんだい?」
「気持ち悪い…」
「………はぁ?」
「いや、どうも飲み過ぎたらしい」
「はあぁぁぁぁ?なにやってんのさ!こんな日に!今日はアカツキだって分かってたでしょ!だいたい、いつも…」
「わかった、わかったって。そうわめくな。それよりハク」
「なにさ」
「あの子なら大丈夫だ」
「なんでわかるのさ?」
「シシカドが来る」
そう言いながらタイラ達の方を指さした。
確かにもうすぐそこまで来ていた。
「だから大丈夫だ」
と、付け加えた。
「でも、あの人達、さっきのヒトツキの時に力使い切っちゃったんじゃない?」
ハクと呼ばれた男は心配そうに言った。
「なぁに、心配ないさ。しばらくすれば、また使える。それにあの先頭にいる男…」
そう言いながらタイラを指さす。
「かなりの剣の使い手だ。だから、心配ない」
ハクもタイラに目をやり、
「確かに。あの人は凄いと思うよ。けど」
「けど、なんだ?」
「もし、それでも危なくなったら?」
ハクは一緒にいる男に問い詰める。
「…その時は」
「その時は?」
「…」
「…」
「………さぁな」
「…」
ハクは頭を抱えてため息をついた。