第117話 怒声
「ウソでしょ?タイラさんを疑うなんて!信じられない!」
カイナが怒りをあらわにし、ソウジに食って掛かる。
「だってよ、親父が、あんなに怒り、悔しそうにする相手なんて、相当近いヤツだぞ?そう考えたら……」
「呆れた!あなた一体どれだけ長い間一緒に居たのよ?タイラさんな訳、無いじゃない!!」
「お前こそ、タイラの何を知ってるって言う…」
ソウジがそう言い返し始めた時、
ポツッ、ポツッ…………
地面に雨粒が落ち、ゆっくりと染み込んでいく。
「まあまあ、二人共、落ち着いて……。二人が言い争っても仕方無いじゃないか」
トウジが二人に、優しく語り掛けた。
『良い時に降りだしてくれた』
と、空を見上げながら、俺は内心思った。
空は、一面黒い雨雲に覆われてしまっていた。
冷静になり、静かになった二人。
それと、俺とトウジの耳には、静かな雨の音だけが聞こえていた。
が、次の瞬間。
「何だとっ!お前、本気で言ってるのか!!」
と、怒声が辺りに響き渡った。
見上げた空から、そちらへと俺は目を移す。
そこには、リョカさんの怒りに満ちた表情があった。
『ただ事じゃない!』
一瞬躊躇したが、俺はそちらへ近付こうとしたのだが、
「アンジ!来るなっ!お前達はそっちにいろっ!!」
「でっ、でも……」
「黙れ!引っ込んでろ!」
そう言われ、どうする事も出来ず、ハクさんの方を見たのだが、無言のまま首を横に振り、俺達が近付く事を制した。
リョカさん、ハクさんの顔は見えるのだが、タイラの顔……表情が見えない。
「タッ、タイラさん!!」
表情を見せない彼に、俺は声を掛けてみたのだが……
「……」
何故だろう、返事がかえってこない。
先程の、ソウジの話しが頭をよぎる……まさか。
大声は聞こえなくなったが、リョカさんは、タイラさんと口論しているようだ。
一向に表情が和らぐ気配が無かった。
隣で、ハクさんもリョカさんを、なだめようとしているが、聞く耳持たないらしい。
徐々に強くなってくる雨の音のせいで、三人の声が聞き取れない事がもどかしい。
「どうしよう……アンジ……」
カイナが不安そうに尋ねてきた。
「しょうがないだろ?俺達は今見守るしかないさ、な、アンジ」
俺の代わりにソウジが答えてくれた。
その声には、悔しさがにじんでいる。
「叱られるだろうけど、近くにいかない?」
と、驚く事を言ったのは、トウジだった。
「いや、行きたいけど……」
「だったら行こうよ。どうせ怒られる時は、みんな一緒でしょ」
トウジは、笑いながら俺達三人にそう言った。
俺は、カイナとソウジと顔を見合せ、一つ頷き、
「そうだな、そうしよう、だけど、たまにトウジは凄いこと言うよな」
「何それ?褒めてくれてるの?」
「まっ、そうかもな」
少しだけ、俺達の間の空気が緩んだその時、再び、
「いい加減にしろ!!」
リョカさんの怒声が響く。
「…………」
タイラさんが、リョカさんに対して静かに答えているせいで、こちらには全く声が聞こえない。
「言いたいことはそれだけか?」
リョカさんは、そう言いながら、なんと刀を構えだした。
「ウソ………でしょ?」
俺は思わず声が漏れた。
リョカさんの横では、ハクさんがそれを必死に止めていた。
そして、
「さっさと消えろ!そして、二度と来るんじゃねえ!!この、裏切り者がっ!!」
はっきりと聞こえた、『裏切り者』という言葉。
「まさか……本当に……そんな………うっ、うそだ……………」
俺が、そう呟いている時、タイラさんは、リョカさんの脇を歩いて去っていく。
「タイラさん!!」
カイナが叫び、後を追おうとする。
トウジも、そして、ソウジも。
「追うな!!」
と言うリョカさんの声で、皆、足を止めた。
結局、タイラさんはこちらを振り向く事もなく、何処かへ姿を消して行った。
雨はより一層強くなってきた。
俺達は皆、呆然と立ち尽くしたまま、その場を暫く動けなかった。
本当に、タイラさんがいなくなってしまった。