第116話 雨雲
「ねぇ、何だか暗くなってきたんじゃない?」
不意に、カイナが俺に話し掛けてきた。
「そう言われれば…………」
視線を空へと移して見る。
先程までの雲の様子は見ていなかったが、今は厚く灰色がかった雲が空を覆うように広がり始めていた。
「そうだな。もうすぐ雨が降るかもな」
カイナの質問に、俺は空を見上げながらそう答えた。
「じゃあ、今日はそろそろ切り上げた方がいいんじゃない?」
「それは、…………」
『俺じゃなくって、リョカさんに言えよ……』
と、内心思いはしたが、それをカイナには言えなかった。
何故なら、今、リョカさんに話し掛けるのは難しそうだったからだ。
俺は、視線を空からリョカさんの方へと移した。
「三人で、何を話してるんだろうな」
俺と同じ様にリョカさん達を見ながら、俺の隣へ来たソウジが、独り言のように問い掛けてきた。
「…………」
タイラさんが姿を現したのは、かれこれ三十分程前のことだろうか。
俺と、トウジ、更にカイナも、久々……といっても三週間だが、まあ、それは置いておいて、久々だったため、俺達はタイラさんの元へと駆け寄った。
それから、遅れてソウジも。
リョカさんとハクさんの二人は、タイラさんの方へ近付いて来なかった。
「久しぶり」、「どうしたの」、「何かあった」……と、俺達、というより、カイナが矢継ぎ早に質問をしていたので、タイラさんの顔は困っている様子だった。
しかし、それらの質問には答えず、タイラさんは、
「すまない、今日は……今は、リョカさんに用があるんだ。みんな、後にしてもらってもいいかな?」
俺達は、別に構わなかったので、皆、一様に頷いた。
その様子を見た、タイラさんは、
「ありがとう」
と、礼を言って、リョカさんの方へと向かって行き、三人で何やら話を始めたのだった。
何故だろう……
いつもと三人の雰囲気が違うように感じた。
リョカさんは不機嫌そうで、タイラさんは、顔がとても疲れているように見えた。
「確かに……何か話してるんだろうな」
遅れて、俺は先程のソウジの独り言に答えたのだった。
すると、ソウジがまたこちらを見ずに、話し出す。
「実はさ、アンジ……トウジ。二人に、言って無かった事があるんだ。出来れば、俺の中だけで止めて置こうと思っていたんだが……」
「何だよそれ、水くさいじゃないか?そもそも、団長に隠し事何てダメだろ」
「それを言われると……痛いな。だから、とりあえず、今、伝えようと思ってな」
「じゃあ、僕も聞いておいた方が良いってことだね」
「まあ、そういうことだ」
「何それ!私は?私には教えてくれないの?」
「別に…聞きたければ聞いていいぞ。ただ、楽しい話かどうかは、分からないがな」
「分かった。とりあえず聞かせてくれよ、ソウジ」
俺はそう言って、話の先を促した。
「実は、アンジ達がシシカドへ来た日。二人が帰った後、遅れてリョカさんが帰って行くのを見かけたんだ。声を掛けようかと思ったんだが、イライラしていたみたいでな、止めた。どこから出て来たのかと思って、リョカさんの後ろへ目を向けると、そこには親父がいた。一緒にいたはずの、タイラさんの姿はなかった」
「エイダイさん?」
「そう。で、親父はそのまま部屋へ入って行ったんだ。なんだろな、俺は何だか気になって、親父にリョカさんの事を聞こうと思って、部屋の扉の前まで行った時、聞こえたんだ」
「何がだよ?」
もったいぶるソウジを急かし、
「扉の隙間から親父の声で『何て事だ!まさか、身内に敵が潜んでいたとは!!しかも、それに長年気付けていなかったとは……』ってな。つまり」
「つまり、シシカドの中に『裏切り者』がいたってこと?」
トウジの問いに、ソウジは頷き、
「多分な。まあ、親父に直接確認してないけど、間違いないはずだ」
それを聞いて、トウジが、
「でも、ソウジ、どうして今それを教えてくれたの?」
と、尋ねた。
ふと、ある事に気付き、まさかと思いつつ俺は、
「ソウジ…………タイラさんを疑っているのか?」
その問にソウジは頷き、
「ああ、疑っている」
その答えに、俺達三人は、驚きを隠せなかった。