第114話 闇と光
その建物の内部は闇に包まれていた。
外から見れば、窓があることは確認できる。
日中には日の光、夜には月明かりが中へと差し込むはずなのだが……
ここの内部は違っている。
全ての窓は封鎖され、一切の光が入り込まぬように手が加えられていた。
その為、この建物の内部に光が差し込む瞬間は、入口の扉が開いた時のみしかなかった。
しかしながら、その建物が誰もいない廃墟かといえば、そうではなかった。
その様な、闇に閉ざされた空間をすき好み、居住としている者たちもいた。
その者たちは、暗闇を苦にしない、むしろ心地よい空間と思えている。
この空間を作った人物、そして、闇を好む者達の主。
それが、コウエンであった。
その主には、今、ある問題で頭をかかえていた。
その様子を見せぬ様、いつもとは違う部屋にいた。
無論、そこは建物の中。
しかし、彼がいる場所は、光に包まれた空間だった。
屋外に出ている訳ではない。
その逆とでもいうべきであろうか、そこは建物の地下にある一室の更に奥にあった。
その光は、常人でさえ、眩しく感じるであろうものであるが、部屋の外へ漏れることは無かった。
その為、コウエン以外の者達は、入ることもままならない、いや、その前に、この空間があることを知らないはずである。
光の根源は、巨大な石……
そして、その石を守るかのように幾重にも結界が張られていた。
巨大な石には、無数の管が取り付けられていた。
何の目的で、結界が張られているのか?
何故、無数の管が?
それは、その石を守る為、引いては街の『光』を守る為、つまり、その巨大な石は、アンジ達の住む街の『光』の供給源なのだ。
あの街の動力は、全てが『ここ』から送られている。
闇を好む者の側に、光の根源が存在しているとは、滑稽な話である。
しかし、そのことを知っている者は、この建物に住む者の中で、コウエン以外いなかった。
彼に言わせれば、『やつらの知る必要のないこと』だからだ。
そして、彼はこの『光』を止める事が出来る術を持っていた。
結界を解き、『光』を消す……
すると、街の光が全て消え、『アカツキ』の為の良い闇夜が出来上がる。
コウエンのみが使える術。
正確には、彼の中にある『エンセキ』が覚えている術であった。
だが、今はそれを使う事が出来ない。
それは、エスカの策によって、術が使えない状態にされてしまっている為に他ならなかった。
『アカツキ』を発生させることも、『光』を止めることも、今の彼には出来なかった。
幸いとでもいうべきか、シュウキがあの術を記憶していた為、『アカツキ』の関しては、シュウキがこのところそれを発生させていた。
だが、それはあくまでも偽りのモノ。
シュウキのそれと、コウエンのそれでは、消滅するまでの時間の長さに大きな開きがあった。
偽りのモノの存在する時間は短命で、長く見ても三時間程度であろうか。
限られた時間、それに加え、『光』も止められない……
その中で回収される『エンセキ』は、数も質も今一つだった。
『エンセキ』の数を増やし、質を上げるには、何らかの手を打たなければならない。
エスカのいう期限。
その期限の終わりは日に日に近付いては来ている。
しかし…………
ひととおり頭の中を整理した後、コウエンはある答えにたどり着く。
「止められぬならば、いっその事……破壊してしまうか」
光る巨大な石に向かって、コウエンは静かに呟いた。
一つ頷き、部屋を後にする彼の頭の中には、ある場所が浮かんでいた。
『さすがに、今回は一人で行くには荷が重いか……誰か一人連れて行こう……そうだな、ガクテイかヨウボが適任であろうか……』
人選に迷いながら、地下から地上へと戻り、いつもの部屋へと入ろうとした時、
「おい!親父!!」
と、大声で呼び止められた。
もちろん、誰が呼んだのかはすぐに分かった。
『やれやれ……』
と、思いながらも、声には出さず、
「騒々しいな、ガクテイ。一体どうしたというのだ?」
普段通りの口調で声の主に尋ねる。
「『どうしたというのだ』じゃねえよ。仕事は?俺の仕事はまだ無いのかよ?」
『やはりそれか……』
おおよその見当はついていた。
何しろ、このところこれといって、ガクテイに何もさせていなかったからである。
だが……
「ちゃんと考えている。『お前にしか』向いていない仕事だ」
「おっ!ほっ、本当か?」
そう問われ、コウエンはゆっくりと頷きながら、
「本当だとも。近々また外出をする予定だ。その時には、お前に付いて来てもらわねばならん。よろしく頼むぞ、ガクテイ」
「よしっ!!分かった!しっかり準備しとくぞ。でもよ、全体置いて行くなよ!全体だぞ!」
「分かっておる。だが、準備の前に、もう少し静かにしておくのだぞ」
と、声をかけたが、既に時遅し、ガクテイの姿はもう無かった。
『やれやれ……先程まで、私は何を悩んでいたのだか……』
頭を横に振りながら、コウエンは部屋へと入っていった。