第106話 彼女の苦痛
目が見えないこの状況……
彼女にはそれ程苦痛ではなかった。
自分に与えられた状況がそうなっているだけで、何ら不自由はなかった。
苦痛……それは、何も変化の無い事だった。
ここへ来た当初は、面白かった。
入隊の際に隊員と手合わせをし、入隊後も皆が面白がって手合わせを志願してきた。
だが、その数も徐々に減り、今はもう誰にも望まれない……
次はいつ、誰がこの苦痛から解放してくれるのだろうか……
「ため息をつかれているようだが、悩み事か?」
「心配は無用……聞いたことが無い声だな。新入りか?」
先程からこちらへ近付いて来ていた足音は聞こえていた。
風の音で、大小二人づつ、いることも気付いていた。
「私に何か用か?」
彼女は、ひとまずそう尋ねた。
「いや、特に用があるって訳じゃないのだが……」
「そうか。奇遇だな。私にも用はない」
彼女は不快感を露にし、そう答えた。
「まあ、そう言わずに。あっ、そうそう、こいつが将来シシカドに入りたいんだ。で、夢は隊長だって言うもんだから、俺も一回隊長さんってやつに会ってみたくなったもんでな。そしたら、入口で新しい隊長は『女性』だって聞いて一目見たくなった、って所なんだ」
「そうか、頑張るのだな。では、用も済んだのだろう?帰られよ」
「まあまあ、そう急ぐなって。用が済んだら帰るからよ」
「その用とは何だ?」
呆れたように彼女がそう尋ねると、
「少しばかり、手合わせをしてもらえないか?」
その問いに、驚いたように、
「何と……一般人であるお前とか?出来る訳なかろう」
彼女がそう答えると、
「確かに、一般人だが、それなりに腕に覚えはあるぜ」
男は腕を、パンパンッと叩く。
その仕草を彼女は鼻で笑い、
「そうか、しかし、残念だな。私達は一般人とは手合わせ出来ないのだ」
そう答えると、もう一人の大人の男が、
「ムロク隊長、その心配は無用です。総隊長には許可を得てます」
その声には聞き覚えがあった。
「お主は、タイラか?」
「そうです」
「お前の知り合いか?」
「はい。ですので、無理を承知で一度だけ、お願いします」
「そうか……仕方ない。総隊長の許可があるのであれば……良いだろう。しかし、一度だけだぞ」
「ありがたい。では早速……」
程よい距離を保ったまま、お互いに向き合った時だった、相手の男が急に、『あっ!!』と叫び、バタバタと音が聞こえてきた。
「どうした?」
「いや、すまない。刀を忘れてきたらしい」
「何と……呆れたものだ。では、この話しはなかった…」
そこまで彼女が言い掛けると、
「いやいや、待ってくれ。せっかくの機会じゃないか」
「仕方なかろう、忘れたそちらに落ち度があるではないのか?」
「確かに、そうだな……そうだ、こいつは刀を持っている。こいつと手合わせをしてもらえないか?」
「こいつとは、タイラの事か?」
「まさか!この坊主さ。せっかくだからいいだろ?」
彼女は嫌悪感を露にし、
「私を馬鹿にしているのか?」
「そんな訳ないさ。真面目も真面目。大真面目さ。いいだろ?頼む」
手を合わせて男が頼み込む。
「子供の相手など、出来る訳なかろう……総隊長も許しはせぬ」
「ムロク隊長、総隊長はあくまでも、一番手合わせを許可されております。相手が誰であろうと問題はありません」
その言葉に、少なからず彼女は驚いた。
『こうなる事は、折り込み済みという事か……』
「……良いだろう。相手をしよう。……但し、手加減はせぬぞ」
「ああ、構わない。って、事だ。早く用意しろ」
「ええっ!」
男の横で、少年の声がする。
「俺が相手なんて無理ですよ!」
「つべこべ言わずにさっさと構えろって。ほら、待たせてるだろ?」
「そんな……無茶苦茶だ…………」
そう言いながらも、彼は構える。
風の音で、彼の構えが伝わってくる。
「ほお、なかなか良い構えの様だな。では、早速始めようか……」
彼女の腰には左右二本づつ黒い柄が延びていた。
それを両腕を交差させ、迷うことなく、両手でそれを一本づつ握る。
『理由と相手はどうあれ、久々にこれを振れるか』
先程までの苦痛から抜け出せる事に、彼女は少し喜びを感じていた。