第105話 制御するのは……
「おっ、タイラ、待たせたな」
リョカさんは、やけに明るくそう声を掛けた。
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、ついさっきまでは半信半疑でしたよ。やはり、冗談ではなかったのですね」
タイラさんが困ったような顔をしてそう言うと、
「当たり前だろ。俺は嘘と冗談はいわないだろ?」
と、リョカさんが当然の事のように返すのだが、
「………」
「………」
俺とトウジは顔を見合わせる。
『そうだった。今日は、ハクさんがいないんだ…』
いつもリョカさんの暴走を抑制してくれている、ハクさんが今日はいない。
これは大問題だ。
『タ、タイラさん、何とかリョカさんを制御してください……』
俺達二人は、心の中で必死にそう願うのだった。
タイラさんは、知ってか知らずか、
「そうですね」
と、一言リョカさんに返事をした後、続けざまに、
「まぁ、それはそうと、リョカさん、今からどうしますか?」
「ん?」
「一応、現在の居場所の確認は出来てますが、どうしますか?」
タイラさんがそう尋ねると、リョカさんは嬉しそうに、
「おっ!さすがタイラ!仕事が早いな。じゃあ、そうしよう。しかし、もう一つの…」
そう言い掛けた時、
「そちらも大丈夫ですよ。先程、総隊長にも会って了承を得てます」
「そうか。…何から何まで悪いな」
リョカさんは珍しくばつが悪そうにそう言った。
「別に良いですよ。そんなに気にしないで下さい」
タイラさんは、笑ってそう言い、
「では、行きましょうか」
そう言いながら俺達に背を向け歩き出した。
それにリョカさんが続き、その後を俺とトウジが続く。
「何処へ向かうんだろう?」
歩きながら俺は、トウジに尋ねた。
「さぁ、何処だろね」
首を傾げながらトウジはそう答えた。
「それよりさ、改めて見たらやっぱり広いね。ここ」
トウジが辺りを見渡しながらそう言った。
「確かにそう言われれば……」
俺も歩きながらトウジ同様辺りに目をやる。
正面には大きな建物がある。
きっとあの建物にエイダイさんはいるのだろう。
それにしても、あの建物も門と同様、黄色い壁で覆われている。エイダイさんの趣味なのだろうか?
そして、左手には広く整備された訓練場?とでもいうのだろうか、広場ある。
そこでは、藍色の制服に身を包んだ隊員達が訓練をしている。
気のせいか、さほど緊張感があるようには感じなかった。
「へぇ、あっちで訓練やってたんだ…気付かなかったな」
以前ここへ来ていた時は、気持ちに余裕が無かったせいかもしれない。
入口を背に、右手にある白い壁の建物に目を向ける。
あの時、俺達はあの建物に用事があった。
そう、カイナが『いた』場所だ。
そして、彼女が帰ってきて以来、俺達は一度もここへ来ていない。
『周りの景色の見え方って、その時の気持ち一つで全然違うんだな…』
「アンジ!何やってるんだ早くこい!」
いつの間にか足が止まっていた俺に、リョカさんがそう叫ぶ。
慌てて俺は、急いで皆の元へと駆け寄った。
「すいません。っていうか、リョカさん、一体何処へ行くんですか?そろそろ教えて下さいよ」
「もう着いたぞ。ここだ」
「ここって………」
そこは、広場の端。
街の通りと敷地を仕切る壁の内側に植えてある、木々のの一つの根元だった。
「この木に……何かあるのですか?」
木を見上げながらそう尋ねると、
「あるわけないだろ。そっちじゃなくて、あっちだよ、あっち」
リョカさんは、もう一本向こうにある木を指差す。
そこには人影が一つある。
紫色の長い髪の女性だ。
両目を覆うように結ばれた藍色の布らしきものは、頭の後ろの方で結ばれている。
藍色……着ているものも同様だった。つまり…
「タイラさん、もしかして……」
俺がそう尋ねると、彼は頷き、
「そうだよ。彼女がムロク隊長だ」
「やっぱり!」
男性とは違う、凛としたたたずまい、何と言うか……
「なんか、格好いいね」
トウジの漏らした言葉に、俺は無言で頷いた。
「よし、じゃあ、行くか」
おもむろにリョカさんがそう告げる。
「行くって、何処にですか?」
「決まってるだろ。見とれてるだけじゃ、つまらないだろ、アンジ?」
「まっ、まさか、リョカさん?」
「その、まさか、だよ。ほら、行くぞ」
そう言うと、自ら先に動き、彼女の方へと俺達を促すのだった。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ」
慌てながら、俺は思った
『ハクさん…あなたがいないと止められません……』