第100話 訓練再開
決戦の時が決まり、アンジ達は一層訓練に身を入れた。
弱音を吐くこともなく……とは言え無いが、以前よりも前向きに取り組んでいた。
あの日、園長の部屋で話し合いをした翌日。
タイラさんは、リンドウと共にシシカドの本部へと赴いていた。
何故だろう、と疑問に思ったが深く詮索はしなかった。
そんな余裕などないのが本音だが。
しかし、気にはなる。
それは、戻って来たタイラさんに元気が無かったからだ。
一体何があったんだろう……
「おい、アンジ!集中しろ!」
組み手の相手をしてくれている、リョカさんからの檄に、一瞬、ビクッとなり、
「すいません」
と、慌てて返事をし、訓練を再開した。
「全く、何を考えてるんだ。与えられた時間にそんな余裕は無いんだぞ?」
その言葉と同時に、リョカさんのまわし蹴りが飛んできた。
その衝撃に耐えられず、後ろへよろけて腰をついてしまった。
「おいおい、どうした?しっかりしろよ。今のは耐えられるだろ」
「すいません」
立ち上がりながら、再度俺は謝罪した。
「全く、何に気をとられているか知らないが、そんなんじゃ、意味が無いぞ?」
「はい。集中します」
俺は刀を構え直し、リョカさんと向き合った。
リョカさんも刀を持っていた。
俺の組み手の相手は、最近はもっぱらリョカさんだった。
「始めるぞ」
そう言うと、リョカさんから仕掛けてくる。
振り上げられた刀は、俺の方へと降り下ろされ、それを俺は刀で受ける。
上から、横から、更に下から。
回数を重ねる毎に、その速さは増してくる。
それを俺は刀で跳ね返しながら、機会があれば反撃する。
その回数も以前に比べれば増えているような……
不意に、またあのまわし蹴りが飛んでくる。
しかし、今度はそれをしっかりと受け止めた。
「そうだ」
リョカさんは、動きを止め俺にそう言った。
「ボーッとしてる暇は無いぞアンジ。今は、『アカツキ』がいつ出現するか分からないんだからな」
「はい。そうですね」
あの日から、二ヶ月が経ったが、今日までに『アカツキ』は、二度出現していた。
しかし、以前の様に予兆がない。つまり、時計台の時計が止まっていなかった。
しかも、おかしな事に出現しても、数時間の間に消えてしまうのだった。
そう、ジンキ達が現れたあの夜の様に。
予兆がない為、シシカドの対応も遅れ、以前より被害が増えていた。
それはまるで、明かりの届かない場所をあらかじめ知っているかのように。
その為最近では、日中のシシカドによる巡回も増えている。
もちろん、『エンセキ』を事前に回収するためだ。
しかし、それもあまり効果が無いようだと、タイラさんが言っていた。
まるで、誰かが直前にそれをおいているようだと。
街の人達の間に不安が広がっていた。
だからと言って、今すぐ俺に何かを実行する力はまだなかった。
とにかく、一刻も早く一人前に成らなくてはいけない。
それが今の俺の指命だと感じていた。
「よし、じゃあ今度は蹴る方をやるか。いつも通り、蹴ってみろ」
リョカさんからの指示を受け、
「はい」
と、返事をした後、一呼吸おいて俺はリョカに蹴り込んだ。
……しっかりと受け止められる。
それでも、俺は続ける。二度、三度ひたすら蹴る。
「よし」
と、言われるまでに、しっかり時間が掛かった。
両膝に手を置き、呼吸を整えていると、
「全く、蹴りが遅いんだよ。何やってんだ」
そう言われた俺は、肩で息をしながら、
「そんな事言われても、俺、全力でやってますよ?それに、この重り……どこまで増やしていくんですか?」
膝の上から手を離し、手首が見えるようにリョカさんの前に出す。
それは、新しく追加された物で、俺は、両手首、両足首に同じものを付けていた。
しかも、日に日に重さが増している。
最初は勘違いかな、とも思ったが、ここまでくれば明らかに増えていることは、間違いなかった。
「なんだ、気付いてたのか?」
リョカさんは、悪びれた様子もなくそう言った。
ムッとしながら、俺は、
「当たり前じゃないですか」
と、答える。すると、リョカさんは俺の態度を気にする事もなく、
「どこまでかって?そりゃ、俺の気がすむ所までにきまってるだろ?」
「…」
聞いた自分が馬鹿らしく思えた。