第1話 『月』
日が沈み始めた頃。
俺は街外れの公園で友人を待っていた。
辺りには、ほとんど人影もない。
仮に、誰かが前の通りを通ったとしても、こちらを気にする素振りなど全くみせず、まるで何かに追われているように家路を急いでいる。
「そうだよな~」
俺は、誰に言うでもなく、そう呟き、遠くに見える建物に目を移した。
俺の住むこの街には大きな時計台がある。
それは、この街のどこからでも一目でそれと分かる程、高くそびえ立っていた。正確に時を刻み、そして、一時間経つ毎に大きく鐘の音を響かせる。
だが、今日はいつもと違う。
俺が見ているその時計は、既に夕方だというのに長針と短針が重なる正午の時をさしたまま、一切動いていない。
もちろん、鐘の音もそれ以降聞いていない。
『何故?』
その理由は、大人から子供まで、この街に住んでいるなら誰だって、その理由を知っている。
だからこそ、皆、家路を急いでいた。
不意に、通りを歩く人がこちらに気付く。
俺もその人に気付き、互いに視線が合う。
俺はさっと、顔を伏せた。
普段の俺ならそんなことしない。
だが、こんな『特別な日』に、外を出歩いている後ろめたさのせいか…つい、そうしてしまった。
そんな時、こちらへ向かって走って来る足音が聞こえてきた。
俺はそっと顔を上げ相手の顔を確認し、安堵した。
そこにあったのは俺の友人のトウジの姿だった。
「ごめん…遅くなった…」
俺の近くまで来ると、そう言って地面に座り込んだ。
かなり走って来たのだろう。
かなり息遣いが粗い。
細い肩が大きく揺れている。
身長はさほど変わらないがトウジと俺は見た目が違う。
トウジは肩にかかる程度の長い髪。眼鏡をかけていて色白で細身だ。しかも、頭が良い。
俺はというと、短い髪で肌は浅黒く、眼鏡もかけていない。勉強よりも体を動かす事の方が得意だ。
しかしながら、俺と、トウジは同じところもある。
歳と…親がいないこと…。
ずっと一緒にいる俺達二人の共通点だ。
だから今日も一緒にいる。
まぁ、実際は今、一緒になったのだが。
「大丈夫か?」
中々息が整わないトウジに痺れを切らして、問いかけても、返事が返って来ない。
「園から…出る…のに…時間…掛かっちゃって…さ…」
そこまで言うのが精一杯らしい。また、暫く黙ってしまった。
そして、息が整うと、俺に、
「いつの間に出て来たんだよ。一緒に出ようと思って、色々探したし、アンジの部屋にもいったんだよ?ノックしても、返事無かったから『もしかして』…って思って『アンジ知らない?』って、カイナに聞いたら『出掛けた』って言うから園からここまで走って来たよ」
「そっか。悪い悪い。俺も出て来る時にお前も一緒に…って思ったんだけどさ、一緒にいなくなると騒ぎになりそうだったから…止めといた。特に今日は…『あの日』だからな」
「なるほど…ね…。でも、一言言っておいてよ。お陰で無駄に体力使っちゃったじゃないか」
「…だな。悪かったよ」俺も自分の非を認めて謝った。
「わかってくれたらいいよ」
俺が謝ったことで、トウジの怒りも収まったらしい。そしてこう続けた。
「で?今からどうするの?だいぶ日が沈んで来たけど」
確かに辺りは薄暗くなって来ていた。
「そうだな。もう少しここで待とう。まだ『あれ』が出てないしな。…動き出すのはそれからだ」
そう言いながら、俺は空を見上げた。トウジもつられるように無言のまま空を見上げた。
俺達が待っているもの…それは…月。
形を変えながらも日々そこには存在し、闇夜を優しく照らし続けてくれている。
しかし、俺達が待っている月は、それとは違う…。
『アカツキ』…。
人々を恐怖へと誘う月。
この街の住人なら誰もが知っている月。
そして、この月が出る日は、決まって時計台は時を刻むのを止めてしまう。
まるで、その月に出会うのを拒絶するかのように。
しかし、俺達は今、それが空に浮かぶのを待っていた。
『言い伝えは本当なのか?』
どうせ大した事なんてないはずさ。
『アカツキ』なんて子供を怖がらせるために大人達が作った『嘘』に決まってる。
いつまでもそんな『嘘』に踊らされるほど俺達はもう、子供じゃないんだ。
そして、帰って園のみんなに教えてやるんだ。
そんな軽い気持ちで俺達は空を見ていた。
その先に何が待っているのかも知らずに。
そう…全てはこの時から始まっていた。