臆病な龍の少女05
私たちは人が少ない場所へと移動した。
私が住んでいる森の目の前にある平地。その目の前には私が住んでいる森の木々たちが広がっている。
深い緑に覆われた木々たちのおかげで湿度も高い。改めてみると人間や動物すらこの森に近寄りたがらないのか少しわかるような気がする。
私的にはとてもありがたい住処となっているが暗闇を思わせるこの森は光を求めて集まる人間にとっては畏怖べき場所なのかもしれない。
住んでみると自然が多くて植物さえ把握していれば食料は多い。水場から遠いのは難点だが人が来辛い利点を考えるとそちらが勝ってしまう。
近寄るとしてもこの森を抜けた場所からくる怖いもの知らずの旅人くらいだろう。
「ごめん、せっかくの祭りなのに、僕のせいで」
先ほどから私は何度謝られているのだろう。私なんかに謝罪など必要ないだろうに。
「何回も、謝らなくていいよ」
このやり取りを私が覚えているところこれで七回目だ。
「せっかくフレイアを―――」
「いいよ、私、人込みとか、好きじゃないし、こんなことなら―――」
来るんじゃなかった。そう私は言いかけたが言葉にはできない。これを言えば、せっかく彼が私の為にお祭りに連れてきてくれたのに。その行為を仇で返すことになってしまう。
でも、本当に、私のせいで。私がいたことによって起こった騒ぎなのも事実。
「ロイは、あの女の子と、今から、でも。一緒に、いた方が、いいよ」
「さっきも言っただろう。今日は【友達】と一緒に楽しみたいからお祭りにきたんだ。せっかくの楽しいお祭りに一番仲がいいもの同士で来た方が楽しいだろ」
この、男は先ほどのことなどなんともないように言ってのける。
なんでこんなことが言えるのだろう。なんでこんなにも私を構うのだろう。私が卑屈すぎる性格が馬鹿馬鹿しくなるほどの純粋な人間だというのか。この男は。
私に飽きず、何日も、何週間も、何か月も、何年も。私が素っ気ない態度をとっても。私があまり話さなくても、おどおどしていても。
この男は己の保身などかえりみずに赤の他人である私にここまでしてくれるのか。
「でも、まだお祭り、あるよ?自分の孤児院の、なんでしょ。わ、私は、もう、戻る気ない、から。いってきたらいいよ」
だから、私はあえて突き放す。私なんかの為に争わせることはできない。彼が私の為にしてくれた行為ならなおさらだ。
彼が罪悪感を感じることはない。私が全て悪い。これで丸く収まれば、大事にもならないし、いいじゃないか。
「―――でも」
ロイは何かを言いかけた。だがその言葉は何者かが横入りすることによって紡がれることはなかった。
「おーい」
遠くから若い男性の声が聞こえる。私とロイが同じ方向を見やるとそこには一人の男性が走ってやって来た。
「だ、だれ」
見知らぬ男性に体中から警報が鳴り響くように私の身体は思った以上に反応した。
貴族の人だろう。私たち庶民では到底買えそうもない生地で作られた高級感がある服。白い燕尾服のような恰好。胸には一輪の真っ赤な薔薇。
ブーツにはもともとシミ一つなかっただろうに、土埃が付着している。
貴族は自分の足であまり歩かない印象が強かったので走ってくる様はとても滑稽なのは心の中にとどめておこう。
「メ、メルツハーツ様っ―――」
ロイの知り合いだろうか、メルツハーツと呼ばれる男はこちらに息を切らしながら近づいてきた。
「メルツハーツ様、どうしてここに」
「どうしたもこうしたもないだろう?ここ最近君とはろくに話もできなかったからな。こうして息抜きもかねて自分が経営する孤児院の祭りに来るのは悪いことか」
「い、いえ、それ自体は何も問題はありませんが、私が言っているのは」
「まあ、いいじゃないか。そんなことは。それより見ていたぞロイ。君、ナサリーと大喧嘩をしていたところを」
メルツハーツはからかうように先ほどの事を口に出してきた。実際私たちは先ほどまでその話をしていたのだが。
「喧嘩じゃありません。第一彼女から一方的に詰め寄られただけですので。あれを喧嘩と仰られるならメルツハーツ様は毎日喧嘩しておられるでしょう」
「ろ、ろい」
何を言っているんだこいつ。というか貴族って普通の人間より危ない人間でしょう。そんな口を聞いて彼はただで済まされるのか。
「ははは、それは一本取られたな」
その心配は無用の様だ。彼らは会話に花を咲かせている。邪魔な私は早々に退散しよ―――
「それより、ロイ。彼女はお嫁さんかい?」
「―――はぁ?」
「―――へぇ?」
何故そうなる。お嫁さんって性交する関係のさらに深い関係の事だろう。子供を作るための通過点的な。何故この貴族様は私たちにそのような考えに至ったのだろうか。
「違いますよ!彼女は僕のこ―――いや、友達です!」
「へぇ、友達ねぇ」
メルツハーツはにやにやと笑みを浮かべて私に詰め寄る。
「初めまして、麗しきお嬢さん。僕はディザイア・メルツハーツ。一応は孤児院を経営しているオーナーだ。ロイとは子供の頃からの中でね。君もロイの友達なら
君も僕の友達さ。よろしくね」
「え、え、あ、あ、ああああの」
「メルツハーツ様、お戯れは―――」
メルツハーツは私の手を取ると手の甲に触れるようなキスをする。風にのって香る洗髪料の匂いとキツい香水の匂い。―――ドラゴンの匂い。ドラゴンの匂い?
「ど、どら、ごんの匂い―――」
何故、この男からドラゴンの匂いがするのだろうか。彼はドラゴンなのだろうか。ならば何故彼は人間の貴族なのだろう。訳がわからない状況に私の頭の中は混乱する。
「ドラゴン?」
ロイは私の言葉を聞き返す。何故ドラゴンという単語だ出てくるのかわからない。といったようだ。
逆にメルツハーツは目を輝かせながら私の両手を掴む。
「ドラゴン!君もドラゴンに興味があるのかい!!」
優雅な雰囲気とは一変、メルツハーツは子供のように無邪気な表情で話しを始めた。
「うれしいね!君もドラゴンに興味があるなんて!実は、僕、ドラゴン愛好家でね。ドラゴンと人間が共有できる国を作る予定なんだ!」
彼はそういった。ありえない。争いを生むしかないドラゴンと人間との共同国なんて作れるはずないじゃないか。
それにドラゴンも人間も双方に深い溝がある。そんなことつくれやしないだろう。
「君が言いたいことはわかる!でも考えてくれ。人間は思想をそう変えることはできない。ならば!そういう思想をもった国を作ればいいじゃないか!と思ってね」
「ど、どういう、こと、なの、―――で、しょうか」
「それはね!ドラゴンを崇拝している国にドラゴンを住まわせればいい!という話さ」
彼はまあ。どうしてここまでペラペラ喋れるのだろうか。私も職業上そういう人間がいるのは知っているし、実際あったこともある。
だが、あの手の人間はそう簡単には許さないだろう。
それに崇拝している、ということは【神】としてドラゴンを認識しているということだ。信仰者と神は共存などできない。考えるまでもない。
「未だ、人間はドラゴンを差別する者が多い。俺はそれを払拭したいんだ」
「―――」
形はどうであれその言葉は少し納得できる。何百年かかるかわからないがその思想は素晴らしい。と私は思った。ドラゴンと人間の共存か。
「そういえば、君の名は?」
「彼女はフレイアです」
何故かロイが答える。
「僕は彼女に聞いたんだがね。まあいいさ。先ほどの話はロイ以外のどの人間にいっても理解されないんだ。僕的にはとても素敵なことだが」
「わ、わた、わたしも―――そう、おもいます」
「フレイア」
しまった。つい口に出してしまった。だが、メルツハーツの思想はとてもいいことだ。争いがないのはとてもいいことで、ドラゴンが殺されないことはとてもベストなことでもある。
「私は君が気に入った。今度ドラゴン愛好家の集会があるから来ると言い」
それはとても断りたい。ただ私は彼の共存思想を理解しているだけであってその【愛好家】とやらには興味がない。
「じゃあ、僕はそろそろ戻らないと執事がうるさいからね。集会があるときはロイ経由で君に伝えるよ。それじゃあね。フレイア」
そういうと彼は来た方向を戻っていく。竜巻みたいな人。それに、私はまだ、何故彼からドラゴンの匂いがしたのかが気になってしょうがない。
職業上みたいなので自然と匂いがついたのか。
「ごめんね、あの人、ドラゴンの話になると周りが見えなくなるんだ」
「知り合い?」
とりあえずそう質問してみる。
「彼はディザイアメルツハーツ伯爵。メルツハーツ家の次期当主で僕と同じくらいの年さ。昔彼が孤児院によく遊びに来ていてその時に仲良くなった」
「―――」
先ほどのやり取りからして筋の通っている話だ。それより、私は貴族という者が気に食わないらしい。初めてあったがあれはない。うん。それにドラゴンの匂いについて正体を突き止めなければならない。
「もし、いやだったら断っていいんだよ。彼、ドラゴンの事になると周りが見えなくなるから」
そんな注意を他所目に私は考え事に耽っていった。