臆病な龍の少女02
「じゃあ、明後日もよろしく頼むよ」
ミサおばさんは手を振り私が見えなくなるまで手を振る。あれで足腰が本当に悪いのか。悪いのだろうがそうは見えない。
「じゃがいも」
袋に入っている私と同じ泥まみれのジャガイモを見る。どれも丸くて重くて美味しそうだ。油がのったお肉も好きだが人間の身体じゃないと食べられないじゃがいものような
野菜類も私は大好きだ。お米も。小麦も。元の姿ではどうしても胃袋も大きくなるため食べた気がしないのだ。
そして辺りも暗くなり私が歩いている森も人里と比べるまでもなく暗くなる。人里ではまだ夕方なのだろうがこの森では危険な夜だ。私の家はこの森の中腹部分にあるのでここからはそう遠くないはずだ。
人もいないし動物も私のもともとの姿を知っているので寄ってこない。怯える心配のない私はすっかり油断していた。
家に戻り、蝋燭に火を灯す。こういう時私の力ってあってよかったなって素直に思う。火のおこし方なんて知らないし。第一手間がかかりそうだ。
私は早速今日もらったジャガイモを袋から取り出し洗い始める。
「ふーんふふふふふーん」
一人なので誰かの目を気にする必要もない。
鼻歌を歌いながら組んできた水を桶で掬い顔と身体を拭いて泥を落としついでにジャガイモを洗う。
「きょーうは♪ジャガイモの♪すーぅぷっ」
即興の歌を歌いながらそんなことを口にする。好きなモノが食べられるのだ上機嫌にならない方が無理がある。
「ふーんふふふーん」
ジャガイモの皮をするすると軽やかに向く。手は斬らないように。怪我すると痛いから。そして調理の工程は進む。やっとジャガイモが柔らかくなった。後はお湯を切ってミルクで煮て味付けするだけだ。
そんな時。何者かが私の家の扉を叩く。
「ひゃいっ」
こんな時間に誰だろう。人間?ならば旅人とかだろうか。嫌だな。私初対面無理。じゃあ、敵?だったらノックする理由がない。強盗か?だったら油断させる理由もある。
「ご、ごうとうっ、えっ、どうしよう」
人間の大人は怖い。あの欲深さと貪欲さはどうしても好きになれない。人間の善悪があるように好き嫌いも私たちにはある。
(ほんとうに強盗だったらどうしよう。殺しちゃう?無理だよ!私、あんまり殺生はしたくない。それにここで元の姿に戻ったら色々大変なことに、じゃあ、逃げる?無理無理!私この姿じゃ足遅いし、ドラゴンハンター
に捕まったらどうしよう!)
様々なマイナスな状況が脳裏に過る。第一、殺さずに逃げるとか無理か。だったらもう一つしかない。
(隠れよう)
そうするしかない。いろいろバレてはしまってるが薬草をとりに料理に火をかけたままでていったおっちょこちょいの人が住んでるんだろうなと思ってください!
私はベッドの隙間に隠れる。ああ。先ほど身体を洗ったのに…
そうしてしばらくすると扉が独りでに開き何者かが家に入ってきた。
(おとこのひと?)
白い足。と思ったら下駄をはいており足袋という靴下をはいた男性の足が見える。青い着物の裾も見えた。
(うわっ、異人さん?着物と足袋ってとても高級な服)
男は部屋の中央で立ち止まり数秒間そこを動かなかった。諦めたのだろうか。そう思った時。
「おい。イフリート。いるんだろう」
「っ!!」
どういうことだ。何故、私の、私の異名をこの男は知っているのか。私は動揺を隠し切れなかった。殺していた気配も意味はなく。男の手がベッドの下に侵入してきた。
「でてこい」
男に引きずり出されるように私は狭いベッドの下から這い出ていく。
誰だろう。そう思い顔を上げ男の顔を見る。
「―――あ」
青みがある黒く長い髪。蛇のような黄色かかった緑。神秘的で美しい。しかしそれは冷酷で冷たい雰囲気のせいで恐怖に変わる。だがそれを足しても彼は美しい。
「だ、だ、だれ」
そう。見覚えがない。私はこの男を知らない。ただ雰囲気は懐かしい。
「おれだ。もう忘れたかイフリート」
男は切れ長の目をさらに細める。一層機嫌を悪くしたのは見ていてわかる。が本当に覚えがない。
「だ、だれ。わ、わたし、しらな…」
そう口にしようとするが殺されんばかりの殺気を彼が放ったせいで私は言うべき言葉も弁解する言葉も出すことができない。
「ひっ」
出てくるのは男に対しての恐怖の声。私はベッドの上にある掛布団を手にとり彼から身を隠すようにそれを体に覆う。
「―――はぁ。お前は変わってないな。むしろその臆病な性格が増したとしか思えない。腹が立つ」
男はそう口にすると私が覆っていた掛布団を引き剥がした。
「俺だ。オロチだ」
「お、おろち?」
その名前を聞いた途端私は安堵した。よかった。仲間だ。それと同時に違う警戒心を彼に持つ。
「水龍王オロチ―――」
「そうだ。炎龍帝フレイア。久しいな」
私は腰を上げゆっくりと彼の顔を見上げる。
「どうしてここに」
「どうしてもこうしたもない。愚鈍で臆病な最強のドラゴン炎龍帝。貴様が我らの前から失踪した日からどれだけ探したことか」
何を。白々しい。オロチは私の事を嫌っているはず。なんで私を探していたのだろう。なんか企んでいるに違いない。
「ど、どうして私を探していたの?」
恐る恐るその理由を聞いてみる。
「勘違いはするなよ。おまえが心配だから探していたわけではない。ただ炎龍帝の座を降りるなら相応の対処をして降りるべきだ。貴様のような無能な主をもつ同族の苦労が手に取るようにわかるぞ」
「私はただ理由を聞いているんだけど」
この男、ドラゴンはなにかとつけて私に突っかかる。今でもただ理由を聞いただけなのにこうしてお小言で帰ってくる。絶対こいつは私を嫌っているんだ。
「理由?そもそも用がないなら貴様のような無能帝の前にわざわざ人間の姿で人間の里の近くになんかに姿を現すわけないだろう」
わざとらしく大きめの溜息をオロチが吐いた。
「じゃあなんか用事?」
とりあえずこのままというわけにもいかないので私は椅子を一脚彼の傍に置いた。
「これは」
「椅子だよ。ここにお尻乗っけて座るの」
私が椅子に座ると彼もそれに真似て椅子に座る。私たちにはそもそも椅子というものが必要ないので人間の姿をあまりとらないドラゴンは椅子の存在を知らないのは当然なのだ。
「どうしてここがわかったの」
核心を聞いてみる。ここ数年誰もここを訪れなかった。ということは少なくともこの数年は私の所在を知らなかったということ。そしてドラゴンとしての自分を隠してきた私の存在は
人里にいる誰にも噂になっていないので人間にバレているということはないだろう。
「とある筋から聞いた」
「―――」
私の居場所はもとから彼らにバレていたのか。では、知っていて私を放置していてくれたのか。しかしそんな期待も彼によって裏切られる。
「貴様はいつも話を聞かず勘違いをする癖がある。いいか。他の龍王は貴様がここにいることは知らん」
知られていないのはいいのだがやっぱりその言い方は少し傷つく。
「とりあえず要件を伝える」
そういうとオロチは袂にしまっていたのか紙を一枚取り出す。底には一つの剣の絵と説明が書かれていた。
「―――龍魔剣炎式零號「イフリートの刃」地炎熱龍滅魔剣。かの最強の龍。炎龍帝「イフリート」の牙で作り上げた最上級の一品。伝説級アイテム
これにより龍王以上の龍との戦闘干渉が可能に―――って私の牙っ!」
私の牙なんていつ採取されたんだろう。そんな痛い事なら覚えているし。人間(敵)に塩を送るほど私は臆病じゃない!―――つもりだ。
「俺もまさか偽の情報かと思ったのだが。我らの頂点に君臨する頼りない貴様ではあるが、まさかそんなヘマをやらかす愚か者、ではあるがしないと思っていた」
「しないよ!いくら私が臆病だとしてもドラゴン(自分)達が不利になるような行いなんて―――」
「俺もそう思って複数の同胞を連れて視察に行った。―――あれは本物だ」
赤黒い刀身に熱を帯びる。その熱はただの熱ではなく、すべての森羅万象を焼き尽くす煉獄の熱。そして禍々しい炎を対象を無に返すまで消えることをしらない地獄の炎。
それはオロチ―――、水龍王の全てを凍らせる神の水を以ってしても消えないだろう。彼は、水龍王の座につく彼はそう言った。
彼は自分を過小評価はしないが課題評価もしない。その言葉は私のしでかしたことへの責任の言葉としてはとても重かった。
「わ、わたしは」
何か、言い訳を。なんでもいい。この場から、私が少しでも楽になれる言葉を見つけなければ。重くのしかかる懐かしき重圧。
だが、私の性格を知っている彼は私が安心することすらも許さない。
「炎龍帝っ!この不始末、貴様はどう責任とる」
そう来たか。
「わ、私は、失踪中の身。それに私は炎龍帝なんてもう―――」
やめた。その言葉を紡がれることはなかった。
「うぐっ」
その瞬間に私の鳩尾に彼の、オロチの蹴りが入った。胃液が逆流しそうな感覚。痛みと苦しみと不快感が同時に襲った。
「それ以上その言葉を口にしてみろ。この水龍王が貴様を殺すぞ」
オロチは切れ長の目を思いっきり見開き私を睨む。今まで幾度となく向けられてきた殺気の中でもこれはかなりのものだ。
「い、いやだ―――死にたくないっ」
私は殺されるのだろうか。そう思うと涙が止まらない。蹴られたところがまだ痛い。何故私の牙を人間は持っていたのだろう。
「我らが敬い、慕う炎龍帝は今やこんなに醜く情けなく己の責任さえも取らずに尻尾を巻いて逃げる蜥蜴に成り下がってしまったのか。それは誇り高き龍王への侮辱と
子孫繁栄を願う我々一族への冒涜だと何故気づかぬのか!答えよっ―――」
オロチは逃げ場のない怒りを私の部屋にある家具を破壊することにより発散する。備え付けだったものや自分が頑張って貯めたお金で買った家具までもただの木片と化してしまう。
「ああ、殺したい。イライラする。腹立たしい。いっそこの愚かな炎龍帝を殺してしまおうか」
彼はいくら腹を立てようともモノに八つ当たりすることはなかった。私はそんなに彼を怒らせてしまったのか。
「だが、俺はおまえを殺さない。仮にも我らが頂点に君臨する炎龍帝であり歴代炎龍王の中でも飛びぬけて能力が高い我らが同胞である。ただでさえ減少傾向にあるからな」
「じゃあ、私をゆるして、くれるの」
彼は動きを辞め、顔だけを私の方に向けた。その表情はとても冷たい。
「俺は許さない。この怒りは末代までもっていきいつかお前の子孫に礼をさせてもらおう」
「じゃあ、私、どうすれば」
私のその言葉に彼は反応した。それは悪い意味で。私の服の胸元を掴み引っ張り上げる。
「怒ることも馬鹿馬鹿しい。俺は一旦この件を同胞に持ち帰らせてもらおう。まだ同胞からは一切被害報告がないが、被害が出る前に対処しなければならん。
無論。炎龍帝。貴様にも責任をとる義務がある。数日後またこちらに来よう。それまでに貴様は炎龍帝としてしかるべき対処の案を考えよ。それすらもない場合は
反逆の意思があるとみる。その時はお前の命の炎が消える時だ」
彼はそれを言い終わると扉を蹴飛ばして壊した。それをもちろん気にすることはなく暗闇の中へと消えていった。






