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竜狩人の軌跡  作者: 北国
4/4

竜狩人

ようやっと主人公登場。


戦闘シーンは悩むのに文字数は少ないような気がする不思議。




「竜狩人……助かったぁ!」 


 その男を一目見て父親は、何はなくとも大声で歓喜を叫んだ。それくらいに、新たに現われた男は彼に明確な希望を与えてくれた。


 しかし竜狩人と呼ばれたその男は、狩人と呼ばれるには全く相応しくないとしか思えない異様な装束を身に纏っていた。彼は、全身を甲冑で固めていたのである。


 青空のように真っ青な、どこか有機的で金属を加工して作ったとは思えない鎧を身に纏い、竜の頭部を思わせる意匠を施した兜を被り、兜はきっちりと顔まで覆い隠して人相が全く分からないほどだ。


 手には長柄の大斧、ハルバードを持ち背中には長刀と矢筒、ボウガンを交差させて背負う姿はいかにも強そうではあるが、狩人と言うよりも騎士だろう。山中にこんな目立つ格好では、獲物に所在を宣伝しているようなものだ。


 しかし、馬の間に立ち上がって喚声を上げる男は彼を狩人と呼び、呼ばれる方も何も言わずに彼らの横を駆け抜けた。


「陸王!」


 甲冑の騎士が叫んだ。


 まだ若い、世間では青二才と呼ばれている年の頃だろう男の声だった。通りがいい彼の声は怒りと痛みに暴れ回る竜の咆哮を切り裂いて、自分よりも遙かに大きな竜を牽制し続ける勇敢な犬へと届く。


 陸王と呼ばれた犬がぴくり、と突き立った三角形の耳を動かして反応する。それを知ってか知らず竜狩人と呼ばれた若者は躊躇いも恐れもなく狂乱し続けるヴィルクスへと襲い掛かり、思いきり振りかぶったハルバードで皮膜を切り裂いた。


 黒と緑を基調とした、鎧に比べればまだ森に合う色をした巨大な斧は重さが命と言った見た目とは裏腹に凄まじい切れ味を発揮して、竜の皮膜を見事鮮やかに真っ二つにした。


 その痛み、あるいは喪失感が逆に竜の暴走を止めた。


 ヴィルクスの命とも言える巨大な皮膜は、先から根元へと斜めに切り裂かれてもはや用をなさないまでになっている。この時から、強大な空の王者は飛べない竜と成り下がったのだ。


 正に地に落ちた自分を理解したのか、それとも単純に自分に痛苦を与える攻撃者に怒りが湧いたのか、ヴィルクスは竜狩人の青年をにらみ据えて襲い掛かろうと走りだす。だが、それを彼は待ってなどいなかった。


 身体を切り裂かれて怯んでいる間に懐へと潜り込み、斧を振り下ろした動きから流れるように追撃を放っている。


 両後肘部と腰を挟み通すように柄を固定されたハルバードは、独楽のように持ち主ごと勢いよく回転して胴へと痛烈な一撃を与える。


 体全体を使った一撃とはいえ、竜の体でも特に強靭な胴体部に斧は鈍い音をたてて深々と食い込み、持ち主へと重く湿った感触を伝える。


 ごぎゃあ、と聞こえる悲鳴を上げた。


 人が圧倒的な強者である竜に悲鳴をあげさせた。それはまさに快挙であり、目を疑う光景だった。だが、仮にも竜がそのままで済ませるわけがない。竜種こそがこの世界に生きる全ての生物の頂点なのだ。


 その身に宿る生命の力は、たかだか切り傷一つでおいそれと曇るようなものではない。ヴィルクスは小身の分際で自分を傷つけた慮外者に対して、そいつの胴よりも太い尾を振るい、太い両足を軸に回転して横から思い切り叩きつけた。


「ひぃっ!」 


 叫んだのは他の誰でもない、見物に回っていた父親だった。巨大な竜が思い切り振るった丸太のような尾に襲われれば、甲冑を身にまとっていても人間が生きていられるわけがないからだ。


 回転し遠心力がたっぷりと乗った一撃を受ければ、生き残れるどころかそもそもひき飛ばされずにいるわけがないのは一目見ただけで誰にでもわかる事だ。


「ぐううっ!」 


 だが、現実は彼らの予想を弾き返した。


 竜狩人はこの一撃を予想していたように地面にハルバードを突き立てて更に足を踏ん張り、全身で人間には出せないすさまじい剛撃を見事に受け止めたのだ。


 さすがに平然とはいかなかったのか苦しそうなうめき声を上げたが、受け止めた時点で人間業ではない。あの顔も見えない鎧の下には細身な熊でも潜んでいるのか、などと本当に益体もない妄想を真剣に疑ったほどの驚きだった。


「ふっ!」


 互いに動きが止まるが、さすがに力比べをするつもりはないのだろう。竜狩人は犬のように大地に伏せて、彼自身が切り裂いた被膜の下を駆け抜ける。一度距離をとって仕切りなおそうとする彼を竜は本能のままに追いかけようとするが、両者の間に猛犬が割り込み高らかに吠え挙げて牽制を行う。


 その隙に飼い主は体勢を整えるとしっかりと足を踏ん張り、今度は大上段からの振り下ろしで顔面を切り裂き、返す振り上げの一撃で喉をかちあげる。この衝撃で口の中に突き刺さったままの矢がへし折れ、矢羽根をまき散らしつつどこかへと消えていった。


 まさに阿吽の呼吸であり、それこそ竜の顎のように痛烈な挟み撃ちに合い獰猛な捕食者であったはずの竜もたまらず一歩下がった。


 竜が人の言葉を喋れたのであれば、許さん、あるいはよくも、とでも恨み言を言っただろう。そういう目で狩人と猟犬をにらみつけ、竜は再びのけぞる。今度こそ火を吐きかけて燃やしてやると構えたのだ。しかし、それは叶わなかった。


 狩人も猟犬も何もしてはいない。後ろ半分は折れてしまったが、口の中に刺さったままの矢が火を吐く事を禁じたのだ。これまで噛みつきをしなかった為に気が付かなかったが、高温の火が口内に満ちる事を許さないような深手だった。


 竜狩人にしてもさすがにこんな効果を狙ったわけではないのだが、痛みに硬直した一瞬以上は対峙する相手にとっては大きく長い隙である。


「そろそろ足だ、陸王!」


 陸王は主人である竜狩人が足と言ったにも拘らず、逆に飛び上がって竜の被膜に備わった爪を狙う。蝙蝠と同じに備わったそれは意外と細く、犬の牙に噛みつかれて根元から血を流し半ばちぎれる有様となった。


 そして竜はとうとうもんどりうって倒れる。それは陸王が爪を狙ったのと同時に足をハルバードで切り裂いた竜狩人のせいだった。どうやら“そろそろ足だ”とは、そろそろ自分が足を狙うからお前は他を狙えと言う意味らしい。


 言葉足らずどころではない滅茶苦茶な指示であり他の誰にも伝わらないだろうが、陸王には通じた。どうやら、彼らには種族を通じた深いつながりと理解があるらしい。


 その結果が、倒れ伏した巨大なヴィルクスだった。


 もちろん、ただ転ばされただけなら起き上ればいいだけの話だ。ヴィルクスも傷ついた被膜と足、無傷な尾を器用に使ってなんとか起き上がろうとしている。しかし、それを狩人が許すわけもない。


 持ち上げようとした頭の上に、陸王が太い前脚を乗せて抑え込む。そのまま喉に食らいつくが、竜の鱗は犬の牙を跳ね除けていた。それに竜は安堵した。

たとえどれだけ傷ついているとしても、犬の一匹や二匹で抑え込めるほどこの身は軽くない。このまま立ち上がり、今度こそ思うがままに火炎をまき散らしてくれる。痛みなどにはもう、怯んでいられない。


 そう決めた雌竜だったが、彼女は竜の喉に噛みつくという暴挙を行っている犬の巨体の背後に主人がいる事に気が付いていなかった。 


 じっくりと狙い定めて振り下ろされた彼のハルバードは、残酷なまでの斬れ味と重みをもって頑健なはずの飛竜の首を、轟音をたてて両断した。


 竜は一度だけびくり、と大きく震えた。そのまましばらく痙攣をおこし、やがてそれも止まる。端から見ていて絶命は確実だと思うのだが、そのまま竜狩人は相当に長い間竜の屍を油断なく見つめ続ける。


 生き物は総じて人間の想像を超える生命力を秘めており、身近な話では絞められた鶏が首を落としても動き回ったりすると言う話もある。その中でも野生に生きる動物、特に竜の生命力は強靭さが顕著であり、仕留めたと油断した狩人が最後の一撃で道連れになった例は枚挙に暇が無い程なのだ。酷い時には擬態を行い背中を向けた狩人を食い殺して逃げおおせる例もあると知っている彼らは、常に細心の注意を払って狩りの終わりを見つめるのだ。


「無事ですか、そちらの方」


 声色は、見ていた側からすれば神話の再現のような激闘を繰り広げていたにも拘らず平然としており、至って静かだった。まるでこれが何でもない事であるかのようで、助けられたにも拘らずおっかないと思った。


 しかし、それは明らかに恩知らずで恥知らずだと自分を戒め、彼は努めて真摯に振る舞うことを決めた。


「え、ええ。おかげさまで助かりました」 


 助かった。


 そうだ、自分たちは助かったのだ。


 自分の言葉にようやく実感がわき、その場でへたり込みたくなったがどうにか見栄を張る。


「竜狩人の方ですか」


「はい。滝白村の剛烈と申します」 


 剛烈、と名乗った竜狩人は丁寧に自己紹介をしておもむろに兜を外した。命の恩人を見た第一印象は若い、と言うものだった。


 どう見ても二十代初め程度。ひょっとすれば十代である可能性もある。この若さで竜を相手取り貫禄のある戦い方までしていた事実に、男は驚いた。彼の知っている竜狩人の話では、飛竜を狩るのは熟練の狩人が数人がかりで行うのがセオリーだったからだ。


 思わずまじまじと繰り返し眺めてしまう彼は、そこまでのとてつもない人物には見えない。しかし、強さは目の前でしっかりと証明されたばかりだ。


「おお、滝白村の方ですか」


 名前に聞き覚えのあった彼は、そこから話のとっかかりをつかむ事にした。


「私は風潮の商人で、マルキと申します。今回、行商で滝白村へと伺う所でした。繰り返しになりますが、本当に助かりました。あなたは命の恩人です」


 実際には滝白村だけではないのだが、そこは方便という奴だ。 


「そうでしたか。風潮の……いや、竜に襲われた人を守るのは竜狩人にとっては当然の義務です。狩りの最中に偶然出会っただけですし、そうかしこまられずとも結構ですとも、はい」


 こちらが頭を下げると気まずそうに頭をかきつつ手を左右に振る彼は、確かに若さを感じさせた。年長者に頭を下げさえるのは落ち着かないとでも考えているのだろう彼は、幼さと若さの中間と言うところだとマルキは年寄りじみた事を思った。


 さりげなく観察してみると、髪は風潮でもたまに見かける茶筅髷にしており、顔だちもそれなりに整っているが線の細さなど欠片もない。


 日に焼けて浅黒い肌が岩を鑿で削ったような武骨な印象を感じさせ、狩人という職業から先入観があるのだろうが野生の獣のような若者だった。


 背は高く、平均的な身長のはずのマルキよりも頭一つ以上高いので鎧を身につけていると威圧感さえ感じるのだが、そんな男が世慣れない様子で困っている姿はどこか愛嬌を感じさせる。


「ん、餌はちょっと待て」


「お、大きいですな」


 一仕事後の腹ごしらえか、音もなく剛烈の隣に歩み寄って餌を強請りに来た陸王の巨体に怯みを感じながらも、主人に向かって鼻を鳴らしている姿には愛嬌もあり、よく似た主従だと思った。剛烈は野生の獣だが、鹿でも猪でもなく犬か狼だと感じたのは陸王の印象が強すぎたからかも知れない。


「と、とうちゃあん」 


 と、彼らの背後、馬車の中から情けない声がした。一同が揃って振り向けば、今にも泣き出しそうな顔をしたエンシが首だけを出してびくびくと怯えている。


「おお、エンシか。終わったぞ。こちらの方が竜を退治してくださったんだ……あれは息子です。エンシと言います」


「息子さんですか……幸い、怪我はないようですね」


「ええ、すぐに馬車の奥に引っ込めましたから。私と馬で腹が満ちれば見逃してくれるかもと言うのは、素人の浅知恵かも知れませんがね」 


「……ご立派です。なかなか出来る事ではありません」 


 彼には冗談のセンスがないか、会話の機転が利くタイプではないようだ。黒っぽい色をしたマルキの冗談に、咄嗟に何も返せず礼儀正しいが芸の無い答えを返した。成る程、見た目の通り武骨で真っ直ぐな若者であるらしい。


「竜? 退治!?  うわ、でっけぇ!」


 甲高い奇声が上がり、陸王と二頭の馬が迷惑そうに耳を立てる。それに気が付いた剛烈は、苦笑いをしながら自分の仕留めた竜の許へ歩み寄った。


「俺はこいつを仕留めた事を村に知らせます」


 ぶっきらぼうな物言いは、照れているのか人付き合いが下手なのか。きっと両方だろうと思いながら返事をして、こちらも馬車の状態を確認しようとするのだが、父親の仕事を息子が邪魔をした。


「ちょ、こっちにくんなよ!」


「何を言っているんだ、お前は」


 慌てた様子だが何を言っているのかは分からず首をひねる。


「いいから、あっちに行っててよ!」


 金切り声というのは女のそれでも子供のそれでも癇に障るのだ。それでなくともこっちだって命の危機を体験して苛々としている。子供のわがままなどにつきあうつもりは微塵もない。


「ぎゃあ!」


 構わず近付いてくる父に絶望した子供が、何やら威嚇のような悲鳴のような声を上げる。何を馬鹿な事をやっているんだと幌を潜りながら呆れたマルタだが、途端に鼻についた妙な匂いと息子のズボンを見て概ね納得した。


「とっとと着替えてこい。それと、商品濡らしていないだろうな」


「父ちゃんの馬鹿ー!」


 後ろで喧騒がしているのを、馬達はやかましいなとちらちら見て呆れた。あれだけの目に遭っても変わらない騒々しさにはつける薬も無いと言わんばかりであった。最も、彼らも似たようなものだという自覚はないようだったが。


 離れたところで同じような顔をしている相棒に向かって、剛烈は懐を漁りながら笑いかける。


「元気でよかったじゃないか。人間、逞しいのに越した事はない」


 自分は犬だと思いながら、陸王は相棒の尻を押して急ぐよう促した。なにやら話し込んでいたおかげで、獲物の一番いいところが傷んでしまうではないかとさっきから気を揉んでいたのだ。


「わかったよ」


 言葉は喋れなくとも、以心伝心で陸王の言い分を理解した剛烈は大人しく従った。この相棒は狩った獲物を前にするとせっかちになると内心で肩をすくめているが、わざわざ指摘する事ではない。


「よっ」


 懐から掌大の筒を取り出すと、空に向かって掲げる。下に向かって伸びた紐を引くと軽く弾ける音がして、ついで高い音と共に青い煙が空高く上がっていった。


「今のは合図の狼煙ですか」


「ええ」


 息子に馬車から追い出されて手持ちぶさたになったマルキが、手に水筒を持ってやって来た。どうぞ、と差し出されるそれを受け取り一息に呷ると生温いが格別の味がする。


 仕事後の一杯こそ、誰にとっても最高の甘露であると心から信じられる一口が男の喉を艶やかな感触を残して潤していった。


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