第5話
(ああ、ここは天国かな?)
炎の頭は何かとても柔らかくていい匂いがする物に包まれていた。
「タシマレカヅキ?」
「えっ?」
ものすごい美人が、炎の頭を膝枕していた。
いやそれはいい(緑の瞳と美しい金色の髪、優しそうな笑顔。炎にとって全て、どストライク)とても嬉しいのだが、この女性は?
「カスマリカワトコウイノシタワノア?」
女性は更に話しかけてくれるのだが、やっぱり何言ってるのか分からない。
(まぁここは天国だからそんなものかな)と納得する炎であった。
イーリスは困り果てていた。折角、別の世界から自分達の世界を救ってくれる勇者を召喚できたのに、言葉が通じない。
その時イヤリングからイーリスにアドバイスが送られる。イーリスも少ならからずパニックになっていた様だ。
事前の打ち合わせをしていたのにすっかり忘れていた。イーリスは炎に緑色のクリスタルがついたブレスレットを炎の目の前へ差し出す。
炎は目の前に出されたブレスレットを受け取ると身につけようとする。
ただブレスレットをつけたことがない炎がどうつけようかアタフタしてるとイーリスが手伝う。
「言葉が分かりますか? わたくしの言葉が」
ブレスレットをつけた途端、言葉がわかる様になった。
ブレスレットには翻訳機能が付いている。そのお陰で、炎はイーリスの言葉が分かるようになった。
「あの?」
炎が何も言わないので、通じてないと思われてしまったようだ。炎は慌てて口を開いた。
「ハイ!」
自分でも声が大きすぎたと思って、少し調節してから、続ける。
「ハイ。アナタノ言葉ワカリマス」
何故かカタコトになった。
「貴方の名前を聞いてもよろしいですか?」
「豪快……炎です」
「炎。とてもいい名前ですね」
その言葉と彼女の笑顔で、炎は顔から火が出てもおかしくない程真っ赤になる。
「炎様。そのブレスレットはわたくし達の言葉が分かるだけでなく、貴方の言葉もこちらに分かる様に変換してくれます」
「そうですか。で、ここは何処であなたは誰なんですか?」
イーリスはそっと炎の唇に指を当てる。
「落ち着いて下さい。ここはエーヴィヒフリーデン王国、貴方がいる場所は、エーヴィヒフリーデン城。私達一族の城です。そして貴方をこの場所に召喚したのはこの私わたくしイーリス・ヴァイス ・スマラクト。スマラクト王家の13代目女王になります」
炎は混乱していた、それはそうだ。
トラックに轢かれたと思ったら、いきなり異世界である。
しかも目の前には、自分の事を女王と名乗る女性が目の前にいる。
「召喚した? 何で召喚が出来るの? そもそもおれが召喚された理由は?」
イーリスが理由を説明しようとした時、イヤリングからツィトローネの声が聞こえてきた。
『姉様。聞こえますか?ノルント王国軍が怪物により全滅しました。そのままノルント王国を破壊しながらこっちに向かってきているそうです。姉様もう時間がありません。勇者殿は、召喚できたのですか?』
イーリスは最早一刻の猶予もないと分かると、すぐさま次の行動に移り、ツィトローネに指示を出す。
「ツィトローネよく聞きなさい。今から炎様を巨神の間に案内します。そこに行き巨神を起こします。貴女は民を城の避難所へ避難させるのです」
『分かりました。民の避難を急がせます。姉様もお気を付けて』
「貴女もツィトローネ」
因みに炎にはイーリスが誰と話しているか分からなかった。
「聞いて下さい。炎様。貴方をある場所へご案内致します。理由は後でお話ししますので、わたくしについてきて下さい」
イーリスの緊迫した雰囲気に炎は黙って頷くしかできなかった。
「では、こちらの昇降機に乗って下さい」
昇降機でかなり下まで降りた先にあったのは、地下鉄のホームを小さくした様な場所で、そこには電車の車両の様なものが一両あった。
「炎様。これに乗って下さい。」
車両の中央にひとつしかないドアが開き炎とイーリスは乗り込み椅子に座る。
するとドアが閉まり車両は音もなく動き出す。
「教えてください。おれは一体なぜこの世界に召喚されたのですか?」
イーリスは一度深呼吸をする。
「落ち着いて聞いて下さい。貴方はこの世界を救う勇者なのです」
質問の答えがとんでもない一言で帰ってきた。
「おれが勇者?」
「そうです。貴方は選ばれた勇者であり、そして今向かっている所には鋼の巨神が貴方を待っているのです」
イーリスの言葉が言い終わると同じタイミングで車両が止まり目的地に到着する。
イーリスの歩みに迷いはなく、何処に向かうか分かっているようだが、炎は危なっかしい足取りになる。何故なら周囲は真っ暗だからだ。
何故かイーリスの姿だけがよく見えるのでイーリスの後を追っていく。
するとイーリスが歩みを止める。そして闇に向かって語りかける。
「勇者様をお連れしました。この扉を開けてください」
闇が光でかき消され目の前が光で覆われる。
「炎様、ご覧ください。これが貴方の力になる者たちです」
眩しさで目をとじていた炎が目を開けた時視界に映ったのは、巨大な足、腰、腕、胴体そして顔。
ロボット。巨大なロボットが炎の目の前に佇んでいた。
「ようこそ、豪快 炎様」
炎が呼ばれた方を向くとそこには、黒のタキシード姿に黒の蝶ネクタイをしている執事がいた。
「これは自己紹介が遅れました。私はSirei-二四二九。シレイとお呼び下さい。この基地の管理運営を任されているアンドロイドです。以後お見知り置きを、そしてこちらの2人が……」
シレイの背後から両脇に現れたのは……。
「メイドさん!」
炎は思わず声に出してしまう。
「こちら二体はオペレーターを務めさせて頂く者たちです」
「Opeko-二四二九です。オペ子とお呼び下さい。炎様」
「Opemi-二四二九です。オペ美とお呼び下さいです。ご主人様」
二体の同じ顔をした(しかも美人!)メイド服をきた人間そっくりの女性型アンドロイドは同じタイミングで炎に挨拶し同じ動きでお辞儀をした。
一見すると二体とも瓜ふたつだか、よく見るとカチューシャと一体になったヘッドフォンの耳当てのところにオペ子は漢字で「子」オペ美は「美」と書かれている。どうやらこれで判断するようだ。
「炎様。お願いいたします。この巨神と共にわたくし達に迫る災いを止めてください。どうか、どうかお願いいたします」
イーリスは炎の両手を掴み深々と頭を下げた。
炎はすぐには返答できなかった。
トラックに轢かれたと思ったら、異世界に召喚されて、すごい美人の異世界の女王様にロボットに乗って世界を救ってくれなんて言われて、「はいやります」とは即答できなかった。
イーリスは頭をずっと頭を下げている。その背後にスクリーンがありそこに映るものに目が釘づけになった。それは怪獣がノルント王国を破壊してここに近づいてくる映像だった。
怪獣の進む先にはノルント王国から逃げてきたであろう人々が映っていた。ほとんどが女性子供年寄りばかりだその中に妹の日向によく似た少女もいた。
「頭を上げてください。えと、女王様。俺やります。この巨人と共に災いを止めます」
「本当ですか? ありがとうございます。でも何故そんな簡単に?」
「だって、これを見てください!」
そう言って炎が見せたのは、自分のノートに描いた絵だ。そこには、自分が描いたロボットバーニンガーが描かれている。
「見てくださいよ。あそこにいるロボット。バーニンガーに似てますよね。スッゲーかっこいいじゃないですか!ゴッツい脚部。 円形の前腕部には何か仕込まれてるんじゃないかな? 関節は球体関節になっているから可動範囲もかなり広そうだし特にイイのは顔がちょ〜カッコイイっす。でも色が黒なのがちょっと地味かな」
突然の炎の熱弁にイーリスは驚く。
「あの炎様?」
「す、すいません。俺どうも好きな物目にすると熱くなって、周りが見えなくなっちゃって……」
炎が掲げた拳は微かに震えていた。
(もちろん怖い。でもスクリーンに映っていた逃げてくる人々を助けられるのは力があるのは自分しかいない)と炎は思っていた。だから必死に恐怖を隠した。
イーリスはそっと炎の拳を両手で包み込みながら、
「いいえ、好きな事に夢中になれるってとてもいいことだと思います」
イーリスの笑顔に心臓が跳ね上がるのを感じた炎であった。
「俺、この世界の事まだよく知らないけど、この世界や女王様を守る力があるなら俺は戦います。」
「お二人方、よろしいですかな」
シレイが見つめ合う二人の間に入るように話しかける。
「あ、はい!シレイどうしましたか?」
「改めてこちらのスクリーンをご覧ください」
スクリーンがズームされ王国に迫るモノが画面いっぱいに映る。
映し出されたモノを見て炎は思わず叫ぶ。炎にとってはアニメや映画でよく見かけるアレにしか見えなかった。
「どう見ても怪獣じゃないですか。あれが、女王様が言っていた災いなんですね?」
「そうです。あの巨大な怪物が現れて、既に王国がひとつ滅ぼされこの王国に迫っているのです」
「時間がありません。女王様。防護壁の展開準備は出来ております。あとは女王様の起動認証のみになります」
「今確認しました。民は全員避難完了したそうです。今から、起動認証を行います」
「オペ子、オペ美。巨神の起動準備を開始する。炎様の案内を」
「「かしこまりました」」
オペ子とオペ美の二人が同時に返事をする。
「炎様。どうかご無事で」
「えっと、行ってきます」
炎はイーリスに見送られ鋼の巨神の元へ向かった。
床から円柱が出て、それはイーリスの腰の高さで止まる。イーリスは円柱の頂天の緑に光る部分に掌を当てた。
「登録されているスマラクト王家の生体キーと一致しました。防護壁を発動致しますか?」
シレイは冷静に尋ねる。
「はい。防護壁を発動して下さい」
イーリスが宣言すると、城の頂天から緑色の光が空に伸びていき、ある程度伸びると光の膜となって王国を包み込んだ。
「炎様。ではこちらのリフトに乗って下さい」
「ご主人様。どうしたですか?」
「あ〜大丈夫。何ともない」
かなりの高所恐怖症の炎にとって、むき出しのリフトはかなり怖い物だ。ましてこのまま何十mも登ると思うと背筋がヒヤッとする炎であった。
「いや大丈夫だ。こんなのロボットが操縦できるのに比べればこんな事何でもない!」
気合いを入れ直す炎。
「炎様。こちらからお入りください」
「ご主人様。入ったら、しばらく待っていてくださいです」
リフトで上がり、ロボットの後頭部にあたる部分がコクピットハッチになっていて、炎はそこから中に入りハッチが閉まる。