第10話
炎のブレスレットが光り、通信が入った事を知らせる。
「ちょっと待って。誰からだろう」
『私だ。 今どこにいる?』
それはツィトローネの声だった。
「今はジャスティベースにいるけど、何かあったの?」
『そうか、たった今アッシュ殿が帰ってきたんだ。お前やそこにいる皆んなに関係する話らしい。直ぐ玉座の間に来てくれ』
炎やシレイ達に関係する事と言えばひとつの事しかない。
だがシレイ達はまだインベーダーの動きを掴んでいなかった。
シミュレーションの評価は後回しにして玉座の間に向かう。
ブレスレットの回線は開きっぱなしにしておき、玉座の間の会話が聞こえるようにしておいた。
時刻は夕方。
アッシュはゴディーオを相乗りさせ、予定より一日早くエーヴィヒフリーデン王国に戻る。
一緒に来ていた部下二人は、馬が潰れてしまい、置いていく形となってしまった。
王国に到着したアッシュは、直ぐさま報告の為にイーリスに謁見を求める。
直ぐにそれは認められ、炎とツィトローネそして家臣達が玉座の間に集まる。
跪いているアッシュの怪我をした姿と寝間着姿のゴディーオの組み合わせは、周りの者達に不安を与えていた。
主要な人物が集まりイーリスが報告を促す。
「アッシュ。取り敢えず生きて戻ってきて嬉しく思います。して一体何があったのですか?」
「陛下。重大な報告がございます。我が国の東の砦が全滅。そしてイースディー聖王国も僅かな生存者を残し滅ぼされました」
「なっ! それは本当ですか?」
イーリスは驚愕し、周りの家臣達もざわつく
アッシュは重々しく頷いて話しを続ける。
「砦と聖王国を襲撃したのは、巨大な虫の化け物です。詳しくはゴディーオ聖王陛下からお話を」
ゴディーオは、アッシュにも話した自分の王国で起きた一部始終を話していく。
それを聞いてにわかには信じられない顔をする一同。
イーリスのみ、動揺した素振りを見せずじっと話しに耳を傾けていた。
「女王陛下。今の話しは嘘ではありません。我々もその化け物と遭遇し、部下二人を失いました」
アッシュは、その虫との戦いに勝利したが自分も負傷した事を話す。
「では、その化け物が、我が王国を襲う可能性は十分にあるという事ですね?」
「はい。その可能性は高いと思います。なので直ぐに民の避難と迎撃体制を整えた方が宜しいかと」
炎は、その時ブレスレットからの通信が入り、小声で二、三話しをしていた。
「あ、イーリスさん。ちょっといいかな?」
部屋一杯に充満していた重苦しい雰囲気をその一言が破る。
「どうしました?」
「シレイが、その巨大な虫の事で話したい事があるらしいんだけど、いいかな?」
「どうぞ」
許可を得て、ブレスレットを前にかざす。すると立体映像でシレイが現れた。
『イーリス女王陛下。発言を許可して頂き有難うございます』
そう告げて、深く頭を下げた。
周りの家臣達は半透明の人間が現れたことに驚くが、イーリスは平然と会話を続ける。
「そんなに畏まらないでください。それで虫の化け物について何か分かったのですか?」
『はい。今までの報告を聞く限り敵は貴方がたを皆殺し、いえ絶滅させようとしています』
「わたくし達を、一人残らず根絶やしにするのが目的という事ですか?」
『そうです。そしてこういうやり方をする者は、人間でも増してや魔族でもありません。……インベーダーしか考えられないかと』
更にどよめきが大きくなる。
イーリスは右手を挙げて周りを静かにさせた。
「しかし、今までとやり方が違いませんか? 今までは山と見紛うばかりの怪物が攻めてきたではありませんか」
『恐らく二度の失敗から、ただ侵略獣を進行させても勝てないと、奴等は学習したのです』
「つまり、この度の一連の襲撃は空から現れた侵略者、インベーダーの仕業だという事ですね」
『……はい』
イーリスは目を閉じて、数秒沈黙する。
その間、周りの者は女王の言葉を待つ。
誰かがツバを飲み込む音が聞こえるほど静まり返っていた。
「……分かりました。ツィトローネ」
「はい。女王陛下」
「この王国と民を守るため、『紅い盾』の使用を許可します」
それが許可されたのは魔神戦争以来、実に百年ぶりの事だった。
「……承知しました。すぐに準備させます」
「それから、アッシュ」
「はっ。陛下」
「怪我をしている所申し訳ないのですが、防衛軍の全兵力を用いて、民の避難と街の防衛をお願いします」
「お任せ下さい」
二人は玉座の間を離れ、急ぎ部下達の元へ向かった。
「おれも何時でもバーニンガーを動かせるように向こうで待機するよ」
「お願いします。気をつけて下さいね」
シレイが言っていた通り、これがインベーダーの攻撃なら恐らく、ハチェットホーンやゴウワンに続く第三の侵略獣が現れるに違いない。
その為に炎は、街と城の防衛はアッシュとツィトローネ達に任せ、ジャスティベースで迎撃態勢を整える。
今にも雨が降りそうな曇り空の下、夜の闇に包まれた城下町を動く者達がいる。
それは民達だった。
彼らは防衛軍の指示の元、城まで続く大通りを避難所に向かって歩いていた。
「あ、とうさん見て見て。黒い雨がふってきたよ」
父親に抱き抱えられていた男の子がそう言って空を指差す。
しかし避難を優先する両親には、その言葉が耳に入る事はなかった。
「あれ? 雨じゃない?」
そう疑問に思うのも無理はない。その降ってくるモノの速度は雨より遅く、とても大きく見た事もない黒い虫だった。
「虫だ! 虫がいっぱいこっちにやってくる!」
その一言を聞き逃さなかったのは、避難誘導していた王国防衛軍の兵士の一人だった。
彼は、隊長であるアッシュから虫の化け物の事を聞かされていた。
男の子の声が聞こえて、見上げると黒い雲から虫の大群が、こちらに向かってくるのが見えた。
「逃げろ! みんな早く逃げるんだ!」
その場にいた人達は一瞬動きを止めるが、誰かが、ふと上を見て驚き慌てて逃げ出す。
もうその時には大きな羽音が頭上を埋め尽くしていた。
「「「わあああああっ!」」」
人々は逃げる。
必死に走り、荷物を抱え、子供を抱え、一目散に避難所目指して走る。
「 我々は化け物を食い止めるぞ!」
兵達は集まる。
槍と盾を構え、民を守る為、化け物に立ち向かっていく。
化け物達は獲物を見つけると急降下し、頭の角で人間を貫こうとする。
狙われ逃げ切れなかった人は次々と殺されていった。
角で貫かれ、巨体で轢き殺され、強靭な前脚で踏み潰されていく。
城下町は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。
「この化け物め!」
防衛軍も勇敢に立ち向かう。
しかし化け物の力は圧倒的で容易く蹴散らされてしまう。
「 くそ。もう駄目なのか……」
「ギチギチギチ」
まだ生きている兵の一人に不気味な鳴き声を上げながら近づいてくる
その絶望に対抗できる男が得物を持って現れた。
「ふんっ!」
化け物の隙だらけの首に大戦斧を叩きつけ捩じ伏せる。
「これで三匹目!」
「た、隊長!」
アッシュは首から引き抜き、紫色の返り血が付着した斧を肩に担ぐ。
「まだ動けるか?」
「はい。しかし仲間を失い、民を守れず……申し訳ありません」
「今はそんな事を言っている場合ではない!」
アッシュは兵の目を見詰めてこう続けた。
「悲しむのは後だ! 今はこの場を生き抜く事だけを考えろ!」
「はいっ!」
「よし! 今兵達を避難所前に集合するよう伝えている。お前もすぐ移動しろ!」
兵は「了解しました!」と言ってこの場を立ち去った。
兵を見送ってからアッシュは周りの惨状に目を遣り、妻のリーベの身を案じた。
(避難してくれているといいんだが)
「隊長! こちらでしたか」
「ああ、そちらの状況はどうだ?」
三人いる副隊長の一人、アミルが兵を連れアッシュのところにやって来た。
「はい。こちらはマデューの指揮の元、避難所前に最終防衛線を張っています」
アミルともう一人の副隊長マデューは双子の兄弟である。
「分かった。俺もそちらに向かう」
「これだけの数の敵、捌けるでしょうか?」
アッシュは空を見上げる。
黒い雲から再び大量の虫がエーヴィヒフリーデン王国に向かってくる。
「……見ろ。少なくともあいつらの相手はしなくて済みそうだ」
「はっ? 」
王国を蹂躙しようとする新たな侵略者は、王城から現れた、緑の防護壁に阻まれていた。
虫達は防護壁を破ろうと角を突き立てるが、破れることはなかった。
「これで中にいる奴等を倒せばなんとかなるはずだ」
アッシュは勝てるとは思っていなかった。
その言葉は、生き延びる確率が僅かに上がった事を指していた。
城下町が蹂躙されているその時、化け物はイーリス達がいる城を攻撃していた。
襲撃を予測して防備を固めていたが、窓を破り次々と侵入してくる。
侵入者に対して相対するのは、ロートシルト騎士団の騎士達。
その全員が女性で、女王陛下の鋭き剣であり頑強な盾である。
彼女達が持つ紅い盾は平時では持たない物で、王族の危機の時に用いられる。
紅い盾の名の通り、血のように赤く何も描かれていない。
何故ならこの盾を使う時は必ず血が流れることを意味している。
その為、敵の血で汚さない為に紋章は描かれてはいなかった。
「恐れるな! 全員。冷静に対処するんだ」
指示を出すのは騎士団長ツィトローネ。
今まで見た事もない得体の知れない敵に、恐れることなく立ち向かっていき、部下達を鼓舞する。
「奴等とは必ず複数で当たれ! 一対一になったらこちらに勝機はないぞ!」
「「「はっ!」」」
先陣を切ったツィトローネは、相手を孤立させ、角や前脚の攻撃を掻い潜り、急所に肉薄する。
「そして、化け物の弱点はココだ!」
両手で構えた剣を突き刺し抉る。
急所を刺され、化け物は痙攣しながら腹ばいで倒れた。
「見よ! 此奴らは手強いが、倒せない相手ではない! 怯むな騎士達よ!」
自分達の団長の活躍を見て、恐れず立ち向かい巨大な虫の化け物と一進一退の攻防を繰り広げていた。
だがその均衡が長く続かないことはツィトローネには分かっていた。
一方その頃炎は、必ず現れるであろう侵略獣を迎え撃つ為ジャスティベースにいた。
そのおかげで襲撃を受けずに済んだが、メインスクリーンに映る王国の姿を見て炎は居ても立っても居られなかった。
「何処へ行く? 」
駆け出そうとした炎を引き留めたのは、戦闘モードに入ったシレイだった。
「バーニンガーに乗ってあの『シュウゲキチュウ』を駆除してきます」
シュウゲキチュウとは、王国を襲っている虫の化け物の名前だ。
「駄目だ! あの大きさで大量の敵に対して、バーニンガーでは効率が悪すぎる」
炎はシレイに詰め寄る。
「じゃあ、おれは何もしないでここに居ろ!
って言うのか?」
シレイは微動だにせず炎の目を真っ直ぐ見つめた。
「落ち着け、やる事はある。これはお前にしか出来ないことだ」
「おれにしか出来ないこと? それって……」
「シレイ反応ありました。現れます!」
その時、今まで黙ってモニターを見ていたオペ子が、声を挙げる。
「やはり、出てきたか」
いつの間にかメインスクリーンの映像は、襲撃を受けるエーヴィヒフリーデン王国から、暗黒の山脈を映し出す。
そこにはエッグシップが張り巡らした、紫色の防護壁から第三の侵略獣が現れていた
「気持ち悪い姿だな」
炎はひと目見て思わずそう呟いた。
現れた侵略獣は虫の姿をしていて、シュウゲキチュウを数百倍にも大きくしたような外見である。
違うのは色が全身が白銀で角が二本ある事と、あともうひとつ。
「特にあのぶら下がってるのは何なんだよ?」
炎が指差したのは、腹部から垂れ下がるように付いている侵略獣自身より大きい楕円形の物体の事だ。
重そうなソレを地面につかないように飛んでいるので動きは鈍そうだったが、何に使うのかわからない為、不気味な事この上なかった。
「恐らくアイツが指示を出し王国を襲わせているのだろう」
「あいつが?」
「そうだ、あいつの名前は……ムシズノウと命名する!」
「……いきなりだな。じゃあムシズノウを倒しに行ってくる」
「そうだ今こそバーニンガーが必要な時。行け勇者!」
「分かってる。アイツを倒してあの小さいのも駆除してやる」
炎は格納庫にダッシュで向かう。
「頼んだぞ勇者! オペ子ベース周辺にシュウゲキチュウはいるか?」
「いえ、今も王国を取り囲んでいますが、こちらには一匹も見当たりません」
「オペ美。あの雑魚共を殲滅する為、超必殺技のバレット5、6をいつでも使えるよう準備しておけ」
「了解しましたです。……ご主人様バーニンガーに搭乗完了しましたです」
「よしバーニンガー発進! 目標ムシズノウ!」
「格納庫のハッチを開くです」
オペ美の操作で、バーニンガーを発進させる為ハッチが開いていき……そこで異変が起きる。
「っ! シレイ大変です」
「どうした?」
「ハッチが開くと同時に防護壁に取り付いていたすべてのシュウゲキチュウがこちらに殺到しています!」
「何っ! ハッチを閉めろ。急げ!」
オペ美は素早くハッチを閉める操作をする。
だがすぐには閉まらず、そのわずかな隙を突いてシュウゲキチュウがわずかな隙間に無理やり入り込み潰されるのも構わず格納庫内部に侵入してきた。
ハッチが開いて視界にシュウゲキチュウの大群が飛び込んできた時、炎は驚愕した。
「うわっ! こいつら入って来た!」
「落ち着いて! 後退するのよ」
ナーシアの指示通り格納庫内にバーニンガーを後退させる。
その間にハッチは閉まったが、かなりの数のシュウゲキチュウが中に入り破壊活動を開始した。
周辺の機材に体当たりし、扉を破って更に奥に侵入し、バーニンガーにも攻撃を仕掛ける。
取り付いて脆いカメラアイや関節部の隙間などに、角を突き入れようとしてくる。
感覚を共有する炎の全身にもチクチクと痛みが走る。
「離れろ! 虫共!」
バーニンガーの両手を振り回し、更に近づいてくる敵を叩き落としていく。
その手には虫の体液がベットリと付着する。
虫を潰している感覚が伝わってきて、初めてこの機能を恨みたくなったが、それを我慢して両手を振り回す。
だがバーニンガーと比べて小さすぎる侵入者は、素早く動いていて中々当たらない。
「このっ!このっ!」
駆除に悪戦苦闘していると不意にブレスレットに通信が入る。
『炎助けて下さい! 虫の化け物が門を破って、きゃっ!……』
「イーリスさん? どうしたんだイーリスさん!」
通信は悲鳴が聞こえて途切れてしまい、何が起きたのか不明だが、良くない事が起きているのは確実だった。
「シレイっ! 聞こえるか? 城の方で何かあったか分かるか?」
『……今確認した。どうやら城門を破られてシュウゲキチュウが大量に城に侵入したようだこれでは押し負けるぞ!』
炎は両手を振り回しながら考える。
(急いでムシズノウを倒さなければ、イーリスさんが危ない。でもこの状況じゃ出撃出来ない……だったら!)
「ナーシア。一人でバーニンガーを操作できるか?」
「出来なくはないけど、炎ほど上手くは動かせないわよ。そもそもあんた何する気なのよ?」
「バーニンガーから降りてイーリスさん達を助けにいく」
「なっ! 何言ってるのよ。そんなの無茶よ!」
「行かせてくれ! イーリスさんを死なせたくないんだ。頼む!」
『いいだろう』
炎の申し出を受け入れたのはナーシアではなかった。
「「シレイっ!」」
二人の声が重なる。
『いまそちらに応援を送った! ナーシアはその場でシュウゲキチュウを迎撃しろ』
「……分かったわ」
「で、おれはどうすればいい?」
『応援者と共に一度指令室に来るんだ。そこで武器を渡す』
「了解」
通信が終わり程なくすると、シレイが言っていた応援者が現れる。
『お待たせしましたです。ご主人様!』
「その声はオペ美? 」
シュウゲキチュウが奥に侵入する為に破壊した扉から出てきたのはメイド服姿の女性アンドロイド、オペ美だった。
左右の手には一丁ずつヘビーマシンガンを抱えている。
『早く降りてきてくださいです。私が受け止めるです』
そう言ってオペ美は両手のヘビーマシンガンのトリガーを引き絞る。
連なった発射音とマズルフラッシュが轟き、バーニンガーに取り付いていたシュウゲキチュウを蜂の巣にしていく。
「後を頼んだ。ナーシア」
「分かった。気をつけるのよ」
周囲の安全を確保して炎はバーニンガーのハッチから通路に向かって飛び降りる。
「ご主人様キャッチしたです」
ハッチから通路まで数メートルの高さがあったが、オペ美は左手を空けて難なく炎を受け止めた。
「さすが、力持ち」
「? 何か言ったですか?」
「何でもない。早く指令室へ行こう!」
「こっちです! ついて来てくださいです!」
オペ美は炎を降ろすと、置いていたヘビーマシンガンを取り、再び二丁拳銃ならぬ、二丁機関銃で邪魔なシュウゲキチュウを蹴散らしながら炎を指令室まで連れて行く。
「ちょっと耳が痛くなるかもしれないので耳塞いでいてくださいです」
凄まじい轟音が、先に侵入していたシュウゲキチュウを肉塊に変えていき、排出された空薬莢が澄んだ音を立てて地面に落ちる。
「そんなに撃って壁に穴とか開かないの?」
「大丈夫です。ここの壁は50口径ぐらいじゃ貫通できないです!」
「ふーん。そっか」
50口径という言葉にイマイチピンと来てない炎だった。
シュウゲキチュウを迎撃しながら炎達は指令室にたどり着く。
そこでもオペ子は必ずモニターを操作していたが、傍には何故かチェーンソーが装着されたショットガンが置かれていた。
「どうしました? 炎様」
視線に気づいたのか? オペ子がモニターから目を離さず尋ねてきた。
「あ、いや、いい趣味だと思って」
「? 有難うございます」
「来たな。勇者」
シレイの腰のホルスターには古めかしいリボルバーが入っていた。
「それで武器って何をくれるんだ?」
敢えて銃には触れず本題に入る。
「これを持っていけ」
それは一丁の銃だった。




