第8話
砦に到着したアッシュ達は斥候の報告が嘘ではない事を痛感させられた。
空は雲ひとつない快晴で太陽の光りが砦の惨状を照らし出す。
砦の防壁や防壁の外側の地面には兵達の死体が血溜まりを作っていた。
全員馬を降り手近な死体の死因を調べていく。
すると死体を調べていたフーカーが大声でアッシュを呼んだ。
「どうした。何か分かったか?」
「ああ、ひどい遺体だ。身体中がグチャグチャになっている」
フーカーが一度言葉を切って防壁を見上げる。
「おそらくあの防壁の上から落ちたのだろう。しかし、奇怪なのはこの傷だ」
防壁から落ちたであろう兵士の腹には、何かに貫かれたのかそこには直径数センチに達するほどの大きな円形の傷が、ポッカリと口を開け内臓と血を吐き出していた。
「一体何に貫かれたんだと思います? 隊長」
「分からん。槍にしては傷口が大きすぎる」
アッシュは防壁を見上げて指を指す。
「分かった事は、この兵士は防壁の上で何者かに貫かれそのまま地面に落とされた。……としか分からんな」
正体のわからない何者かの襲撃。そう考えただけで、二人の背中を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じるのだった。
これだけでは原因が分からなかったので、門を開けるために部下二人を防壁の上に上げることになった。
防壁を登る方法はこうだ。剣に縄を結びつけそれを防壁の上に投げる。
何度か試みて上手く剣が凸凹状の胸壁に引っかかったのを確認して部下二人は防壁を登りきる。
しばらく待つと門が音を立てて開いていく。
砦の中に入ったアッシュ達はまずは生存者がいないか辺りを捜索する。
しかし探しても探しても生存者は一人も見つからなかった。
見つかるのは無惨な死体だらけで、身体に大穴が空いていたり、何かに轢かれたのか潰され腸が飛び出ていたり、火薬が爆発したのか焼け焦げ千切れた死体まであった。
結局生存者は見つからず砦の兵士は全滅したという結論に達する。
「隊長どうします。王国に戻りますか? それともこのままイースディーに向かいますか?」
アッシュがこの後の行動をどうするかを考えていると、フーカーが小声で話しかけてきた。
「何故そんな質問をするんだ?」
「……この砦の惨状を見るからに人間や獣ではないと思います」
「何者がやったのか分かるのか?」
「あれは魔族がトロルを送り込んで人間に報復したんですよ!だから今すぐ王国に……」
「落ち着け馬鹿者が!」
その一言に周りにいた部下達も注目する。
「お前らしくないぞ。それにこの砦を襲撃したのは魔族ではない。それは確実だ」
「どういう事です? 隊長」
「よく考えてみろ。俺たちが来た時あの門はどうなっていた?」
アッシュは門を指差す。すると皆が門の方に視線を注ぐ。
「門は閉まっていた。……そうか!」
「そうだ。トロルなら門を破って侵入するはずだ。あいつらはバカ正直に突っ込んでくるだけだからな」
トロルと戦った事があるアッシュの一言は皆を納得させる説得力があった。
「因みに人間や獣でもないだろう。人間だったら略奪するだろうし、獣なら屍肉を食い漁るだろうが、どちらの痕跡もない」
「つまり……一体何に襲われたんですか?」
「分からん。だからこそイースディー聖王国に向かい原因を調べる。恐らく聖王国も砦を壊滅させた何かに襲われたはずだ」
アッシュは部下達を見渡していく。
「皆聞いてくれ。今回の任務は想定されたものより困難な任務になってしまった。だからこそ俺にはお前達の協力が必要だ。力を貸してくれるか?」
最初に口を開いたのは、副隊長であり親友であるあの男だった。
「隊長。取り乱してすいませんでした。この失態はこの任務を成功させて名誉挽回してみせます!」
冷静さを取り戻したフーカーが真っ先にアッシュに同意する。
その一言に部下達も「そうだ、そうだ!」「隊長。ご命令を!」と言って賛同する。
「よし! これからイースディー聖王国に向かうぞ!」
「「おうっ!」」
アッシュ達は砦を後にしイースディー聖王国に向かうのだった。
イースディー聖王国に向かう道中は何も異変はなかったが、近づくにつれその異様ともいうべき城壁が近づいて来た。
その城壁は元々、十数メートルほどの高さだったという。
だが百年前。度重なる魔族の襲撃と外の大陸からやってくる侵略軍の攻撃から王国を守る為、五十メートルの高さまで補強していく。
更に港も封鎖し外からの侵略軍も防いでいたが、この為、百年間も大陸の外との交流は断たれていた。
しかしインベーダーが送り込んできた全長八十メートルを超える侵略獣の脅威を目の当たりにしてからは、更に城壁を高さ百メートルまで補強する計画を立てる。
しかし実際は最初の侵略獣が現れてから数ヶ月しか経ってない状況では殆んど城壁の補強は進んでいなかった。
それでも五十メートルもの高さの城壁を初めて間近で見るアッシュは首が痛くなるまで見上げながら「まるで牢獄みたいだな」と呟くのだった。
城門に近づくと先程の砦と違って開け放たれている。
「門が開いていて良かったな。開いてなかったらこの城壁を登るところだった」
不安を和らげようとしたフーカーの軽口は、開いた門から覗く光景には全く意味をなさない。
そこには建物が崩れ道路は抉れ至る所に人々が倒れていて、イースディー聖王国の権威の象徴と言える城も無惨に半壊していた。
馬を降りたアッシュ達は、門を抜け城下町に入っていく。
イースディー聖王国の城下町は中央の城を巡らすように形成され、煉瓦造りの建物が立ち並び、道路も石畳で補強されている。
その中でも目を惹くのは教会と思しき建物の上に掲げられている旗だった。
旗には赤色で『新たに降臨せし神』が描かれている。
アッシュ達は知らなかったが、それは百年前地球からやって来た宇宙船の姿を模していた。
見渡すと至る所に旗が掲げられていて、その場所は教会があるという目印になっていた。
アッシュは一番近い教会に近づくと、扉に近づく。
その閉ざされていたであろう扉は内側から破壊されていた。
教会の中は暗くてよく見えないが、更に中を確認しようと近づくと鉄臭い血の臭いが鼻につく。
臭いを我慢しながら壊れた扉の隙間から中に入ると、そこには多数の死体があった。
天井に空いた大穴から差す光に照らされる無数の折り重なった死体。
男性、女性、子供、老人関係なくそこに逃げ込んだ人々は一人残らず骸となっていた。
吐き気がこみ上げて来たアッシュはすぐさま引き返す。
そして部下達に中の状態を伝え、中には入るなと告げる。
幾ら訓練された兵でもこの中の光景は、とても辛すぎる物だった。
だが、襲撃した者の正体を掴めなければこの任務は終われない。
アッシュは喉元まで来た吐き気を飲み込み、冷静さを取り戻す。
「……効率よく捜索する為に二組に分かれる。」
アッシュとフーカーがそれぞれ班を指揮して、生存者の捜索をする事になった。
「俺たちは東側を探す。何かあったら角笛を鳴らせ。いいな」
「俺たちは西側ですね。了解。隊長もご無事で」
「お前もな」
西に向かうフーカー達を見送ったアッシュは、
部下達が不安に駆られていることに気づく。
なので東に向かう前に部下達を少し待たせ、自分の馬に戻り鞍に収めてある自分の得物を取り出した。
「おおっ」
それを携えて戻ってきたアッシュを見た部下達の不安は一気に吹き飛んでいった。
「あれが、隊長にしか扱えないという大戦斧か」
その斧は全長一メートル程で、斧頭の大きさだけで四十センチにも達する。
重量も十五キロを超えており、人並み外れた膂力を持つ者にしか扱えない代物だった。
「あれの一振りでオーク五人の身体を真っ二つにしたらしいぞ」
「俺はトロルの頭を叩き潰したって聞いたことがある」
口々に兵達はそう言っているが、実際にその勇姿を見たものはいない。
何故ならその戦いで生き残ったのはアッシュと当時隊長だったリーベを含む数名しかおらず、フーカーもその時は王国の警備についておりその戦いの詳細は知らなかった。
「よし行くぞ!」
アッシュを先頭に、東に向かう者達は武器を携えて城下町を探索する。
油断なく身構えて歩を進めるが、見つかるのは廃墟と化した建物と死体のみ。
生存者も見つからず、此処を襲撃した者の影も形も見つからなかった。
アッシュ達が途方に暮れていると、角笛が高らかに鳴り響いた。
「何か見つけたようだな。よしそちらに向かうぞ!」
西の方角から一定感覚で角笛が鳴り響き、そのおかげで西へ向かう彼らは迷うことなくフーカー達の元にたどり着く。
そこは城に続く大通りを隔てた多数ある西側の薄暗い路地の一つだった。
「此方です隊長」
入り口で角笛を吹いていた部下と合流し案内される。
「どうした? 何があった」
何か黒い塊の周りに集まるフーカー達に近づいていく。
「おい! 一体何があったんだ」
「隊長。……これを見てください」
フーカーが指をさした方を見る。
アッシュは明るいところから暗い所に来たために、一瞬これが何かよく分からなかった。
しかし次第に目が慣れてくるとその塊の姿が見えてくる。
「こ、こいつは……」
動揺を隠そうとしたがトロルを殺したことがあるアッシュでさえ、隠し通せないほど異様なモノが目の前に現れた。
「恐らくこれが、この国と東の砦を襲った奴らですよ」
その黒いモノの正体は巨大な虫だった。
「死んでいるのか?」
「恐らく。何度か槍で突きましたけど反応はありません」
全長は三メートル程。節足は六本、全身は鎧のような甲殻で覆われていている。
その甲殻には剣や槍が突き刺さっているが、殆どは内部までは貫いてはいなかった。
首元に刺さった槍が致命傷となったらしくそこから紫色の血が流れていた。
そして一番の特徴は頭部から生えた槍のような角だ。
まるで馬上槍のようなそれは長さ一メートル程あり、獲物を貫くために真っ直ぐ伸びていた。
「この虫の化け物はなんだ? こんなもの見たことがない」
「俺だって見たことないですよ」
アッシュ達は今までこんな大きい虫は見たこともなかった。
「やはり魔族が作り出したんでしょうか?」
実際百年前の魔神戦争では、魔族は様々なモンスターを生み出し人間と戦っていた。
もし誰かが作り出したとすれば、数ヶ月前までは魔族しかいなかった筈だ。
「いや、化け物を作れるのは何も魔族だけとは限らないぞ」
「それは一体?」
「まだ確信が持てん。もう少し捜索してみよう。そちらに生存者はいたか?」
フーカーは首を横に振る。
「いいえ、全部見回ってはいませんが、まだ誰一人発見できていません」
「なら引き続き城下町を捜索してくれ。俺たちは城に向かう」
「城にですか?」
二人は薄暗い路地の隙間から見える崩れかかった城を見やる。
「あんな所に人がいるでしょうか?」
「城には王族がいる。王族を避難させる場所もあるはずだ」
「了解。では我々は引き続き生存者の捜索を続けます」
「頼んだ」
再びフーカー達と分かれたアッシュ達はイースディー聖王国の王城へと向かった。
城に向かうにつれて死体の数が段々と多くなっていく。
所々にあの虫の死骸の数も増えてくる。
「隊長。城に近づく程、遺体や虫の化け物の死骸が増えてきてますね」
「ああ、恐らく城に避難しようとした人々にこいつらが襲いかかったのだろうな」
「女子供まで皆殺しとは、酷すぎます」
虫共は、この国の人間を皆殺しにすることを目的としているようだ。
そうなってくると、ますます魔族の仕業とは考えにくかった。
何故なら魔族の尖兵オークは、侵略した街から人間を捕虜にし巣に連れ帰る。
特に若い女性は魔族の慰みものに、子供は肉が柔らかいからと宴のご馳走にされる。
実際アッシュもオークの残党を討伐した時、その現場を見たことがあった。
洞窟のオークの巣にゴミのように捨てられた女性の死体や、食い散らかされた子供の骨を。
だが今回はオークの死体もなく巨大な虫の死骸があるだけだった。
(一体こいつらは何なんだ?)
そんな事を考えている内に城に到着するのだった。
イースディー聖王国の城は高さ五十メートルに達する。
アッシュは城を目にするのは今日が初めてだった。
何故なら生まれる前から、聖王国を囲む城壁で中の様子は外からは分からなかったからだ。
今日それを間近で見て、中に入るアッシュの感想は、(襲撃される前はとても綺麗な城だったんだろうに)であった。
襲撃される前の城はとても綺麗で存在感のある城だったのだろうが、今は虫食いの書物のように穴だらけになっていた。
蹂躙された城からは時々瓦礫が降ってくる。
あまり長居出来ないと考え、慎重に瓦礫を退け出来る限り素早く生存者を探すが、やはり見つからない。
未だに生存者は発見できなかったが、王族の避難所の入り口らしきところは発見する。
それは、ある壁に掛けられた一枚の大きな絵の前で数人の近衛兵達が倒れていた。
調べてみると壁の絵を守るように全員死亡している。
その絵は高さ二メートル程あり、空から現れた神を地上にいる人々が崇めている絵だった。
さぞ美しい絵だったのだろうが、返り血を浴びたそれは悪魔の降臨を表すかのような不気味な絵になっていた。
アッシュはその絵に近づき手に血がつくのも構わず絵や額縁を触って調べる。。
すると左手て触れた縁の一部からカチッと音がして絵が壁ごと左手側にスライドし、隠し部屋が現れる。
入り口から降りる階段があるようだが、灯りが消えてしまったのか、真っ暗で中の様子は分からない。
「こ、これは?」
「どうやらここが避難場所のようだな? おい誰かいるか」
返事はない。
「おい! 誰かいないのか!」
アッシュはもう一度、大声で呼んでみる。
すると奥の方から「い、今そちらに行く」という声が聞こえ、階段を一段ずつ誰かが上がってくる。
表れたのはイースディー聖王国の国王。ゴディーオ聖王その人である。
その顔は疲れ切ったかのようにげっそりとしていて、とてもこの人物が王とは思えないほどやつれていた。
「無事でしたか、陛下」
「お主達は何者だ?」
「失礼致しました。私はエーヴィヒフリーデン王国のアッシュと申します。そしてこの者達は私の部下です」
そう言って部下と共に跪く。
「……エーヴィヒフリーデン……そうかあの女の国の者か」
ゴディーオの言葉に不快感を感じるアッシュであったが、それを必死に抑えつける。
「はい。我々は女王陛下の命を受け聖王国に起きた異変を調査しに参りました」
「そうか、ならば儂を助けてくれ! 早くこんな所から遠くへ、お主達の王国に匿ってくれ。頼む!」
ゴディーオはアッシュの両肩を掴み、目を血走らせながら助けくれと懇願してくる。
「落ち着つかれよ! 一体何があったのですか?」
「そ、それは二日前の満月の夜に、彼奴がやってきたんだ……」
ゴディーオは自分の頭を両手で抱えた。
まるで今から思い出すことはとても痛みを伴うかのように。
ゴディーオは寝る時はいつも一人であった。
妻は複数いるが、彼の若い妻達は別室をあてがわれている。
イースディー聖王国では聖王と結婚した女性は王妃ではなくあくまで妻であった。
これは聖王が全権を掌握するためで妻達には何の権限もなかったのである。
あくまで聖王国を統べるのは一人だけという考えの為だった。
寝ている時の彼の寝室は静かだが、妻の一人を呼んだ時はいつも激しい物音がすると衛兵達の悩みの種だった。
襲撃があった夜ゴディーオは城の最上階にある寝室で一人寝ていた。
その眠りを妨げたのは外で何かが壁にぶつかる大きな音だった。
「何だ! 一体何事だ」
目を覚ましたゴディーオの耳に人の悲鳴と怒号が聞こえてきた。
「おい、誰かいないのか?」
異変があれば聖王であるゴディーオの元に真っ先に衛兵が現れるはずなのに誰一人現れなかった。
しょうがなく自分で確認するために起き上がり、扉の外にいるであろう衛兵に確認をとるためにベッドから降りた。
「? 何の音だ」
その時ベッドに近い窓の外から何か音が聞こえてくる。
窓には厚いカーテンが掛けられ外の様子は分からないが、微かに聞こえていたのが段々と近づいてくるのか音が大きくなってくる。
それは虫の羽音によく似ていた。
その羽音が窓の前でずっと不快な音を立て続ける。
ゴディーオはカーテンを開けたい誘惑にかられたがそれは危険だと判断して寝間着のまま大急ぎで寝室から廊下に飛び出す。
廊下には何が起きたのかわからないという顔をした妻達と衛兵が言い争っていた。
「おいお前、一体何があったんだ」
ゴディーオは衛兵に詰め寄り異変の正体を問い質す。
「あ、陛下。それが私も全てを把握できていないのです」
「なんと無能な奴だ! ええい今何が起こっとるのかわからん奴はおらんのか!」
「今、他の者が外の様子を見に行ってますので、もう少しお待ちください」
衛兵の言葉を信じ数分待ってみるが一向に帰ってこず、周りの物音が段々とこちらに近づいてくるかのように大きくなってくる。
「おい! まだ帰ってこんのか! この儂をいつまで待たせるんだ!」
「申し訳ありません。もう少しで帰ってくると思うのですが……」
ゴディーオが顔を真っ赤にさせて衛兵を問い詰めていると、ここに登るための階段から複数の足音が聞こえてきた。
「おお、やっと帰ってきたか」
その音を聞いたゴディーオは、問い詰めていた衛兵を解放し、階段の方に目を遣る。
表れたのは近衛兵団長と部下達だった。
「陛下ご無事でしたか!」
団長達は非常時でありながらゴディーオの前に恭しく跪いた。
たとえ一刻を争う時であってもこうしないと聖王が機嫌を損ねるからである。
「団長、この物音は何だ? 外で何が起きておるのだ?」
「陛下よく聞いてください。我が王国は襲撃を受けています! お早く避難を」
その一言はゴディーオの頭を槌で殴りつけるほどの衝撃を食らった。
「どういう事だ? 一体何者だ? 魔族か、それとも他の王国が攻めてきたのか?」
「いえ、そのどちらでもないと思われます。あれは……」
団長の歯切れの悪い物言いにゴディーオの血液が沸騰する。
「一体何が我が王国を攻めておるのだ! はっきり申せ!」
「申し訳ありませんでした。正体は恐らく虫でございます」
「虫? 虫が我が王国を攻めていると申すのか?」
「はい。外にいた兵からの報告では虫に違いないかと、しかも我々よりも遥かに大きいらしいのです」
「そ、それで虫どもは駆除できておるのか?」
団長は即答せず、しばらくして意を決したのか口を動かす。
「我々は劣勢です。すでに城下町は壊滅。この城も攻撃を受けています!」
ゴディーオは団長の「ですから早く避難を!」という言葉も耳に入らないほど混乱していた。
まさか自分の王国が虫に蹂躙されているとはたとえ現実でも認めたくなかった。
兵達がゴディーオを無理やりにでも避難させようとしたその時、妻の一人が自分も共に避難しようと近づいて寝室の扉を通り掛かる。
「待ってくださいわた……」
彼女は最後まで言い終える事はできなかった。
何故なら通り掛かった扉をぶち破り、現れた槍のような角が脇腹を左から右に貫ぬいていた。
「あ……が! ごふっ」
何か言おうとしたが、言葉の代わりに口から出てくるのは血の塊だった。
角の持ち主は貫ぬいたまま反対側の壁を破壊して消えていった。
ゴディーオはその時初めてその姿を見た。妻の一人を貫いたその姿をはっきりと目に焼き付けた。
直後次々と現れた虫どもに襲われる、 人々を尻目に、団長達と共に逃げ出した。
「その後は、結局追いつかれてしまい儂だけ避難部屋に入って助けが来るのを待っていたのだ」
アッシュはゴディーオの話しを聞き終えて、部屋の入り口前の死体を一目する。
恐らく聖王を守る為に命を落としたであろう者たちの冥福を祈るために。
「頼む。このままではまた襲ってくるかもしれん! だからお主達の王国で匿ってくれ。頼む!」
「分かりました。ならば王国に参りましょう。但し女王陛下にも同じ話しをしてもらいます。宜しいですか?」
「分かった。命を助けてくれるのならそれぐらい何でもない。さあ早く参ろう」
こうしてアッシュ達はゴディーオ聖王を連れてエーヴィヒフリーデン王国に帰還する事にした。




