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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第一章 レイテ沖の凱歌
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5

「艦長より砲術、今度は当てろよ」


 「大和」艦長森下少将が、艦橋最上部の主砲射撃指揮所に詰める副長兼砲術長の能村次郎中佐へ激を飛ばす。

 能村中佐は艦長に対し、第三斉射の発砲音で応えた。

 もう空が白み始めている。夜明け前に何としても空母を叩きたい。彼らの航空機に対する恐怖心が乗り移ったかのような三式弾たちが、「ファンショー・ベイ」へ投網を投げかけるように降り注いだ。

 前部主砲六門から放たれた六発の三式弾が、合計で六〇〇〇個以上の弾子を小さな空母へ撒き散らした。もちろんその全てが「ファンショー・ベイ」に当たった訳ではないが、満載でも一万トン程度しかないカサブランカ級空母を一瞬で現代アートに変えてしまう程度の破壊を振りまいた。

 この打撃で、スプレイグ少将、タフィ3の参謀たち司令部要員、「ファンショー・ベイ」の指揮要員はほとんどがただの肉と血の物体に変わり、以後統一した指揮が不可能になってしまう。艦体も、あちこちに命中した弾子によって火災が発生しており、艦載機の発艦など到底行えない惨状だった。

 ほぼ前後して、「武蔵」に狙われた「キトカン・ベイ」も艦の後ろ半分がズタズタに引き裂かれた。この空母は夜明け前にも関わらず、果敢にも艦載機を発艦させようと飛行甲板上で懸命の発艦作業を行っていたからたまらない。甲板作業員たちの身体の一部がそこら中に散らばり、たちまち艦載機が鉄屑に変わり果て、そして炎上を始めた。

 「長門」から撃たれた「ガンビア・ベイ」に至っては、一発が飛行甲板中央部に命中、着発設定の信管が作動して装甲の張っていない甲板を易々と弾子が貫通し、航空機格納庫で暴れまわった。弾子による火災効果で次々に艦載機が燃え上がり、炎が消し止められるより前に、朝からの出撃のために入れていた燃料や搭載していた爆弾に迫り――。

 主砲射撃の閃光とはまるで違う眩い光が、一戦隊の東南の方向から差し込み、続いて腹の底に響く鈍い炸裂音が追いかけてきた。ややあって、光が見えた方角からぼうっときのこ雲が盛り上がる。


「敵空母一隻轟沈! 二隻炎上!」


 「大和」航海艦橋ではまるで盆と正月がいっぺんに来たかのような状況であった。

 一戦隊が一撃で敵空母三隻を一度に撃沈破せしめた事は、栗田艦隊の戦意を天井知らずな程まで高める効果を発揮した。

 「大和」「武蔵」「長門」が目標をそれぞれ別の空母に変更し始めた時には、四戦隊、五戦隊、七戦隊の重巡たちも一〇戦隊へ接近する駆逐艦たちを目視し、その間に割り込むように進み、七隻の駆逐艦に対して九隻の重巡が砲撃を浴びせるという、立ち向かうタフィ3の駆逐艦からすれば悪夢以上の戦闘が始まっていた。

 一戦隊の攻撃で一度に三隻の空母が戦闘不能になる中、残りの空母「ホワイト・プレインズ」「カリニン・ベイ」「セント・ロー」はなんとしてもこの絶体絶命の危機を脱するべく、距離が詰まる事を覚悟の上で風上に変針し艦載機の発艦を始める。

 とは言え、彼らの艦載機は対地攻撃を任務とする機体ばかりで、対艦用の徹甲爆弾も持たず、夜間攻撃の訓練も受けていないパイロットたちは悲壮な覚悟で出撃していった。


 残る三空母から艦載機が飛び立つ様子は、勇敢を通り越して無謀な突撃を仕掛けてきた敵駆逐艦一隻を二〇.三サンチ砲弾の雨で押し潰した「愛宕」でも観測された。

 時刻はもう〇六一〇。早く片付けねば朝になる。栗田が敵空母の方向へ双眼鏡を通し見つめていたところへ、電探室から報告が上がった。


「電探に感あり、方位二三〇度、距離七〇キロ、編隊、近づく!」


 方位二三〇度は南西なので、レイテ湾の方向だ。敵は自慢の機械力で占領した土地へ瞬く間に飛行場を作り上げる特徴がある。レイテ上陸からすでに五日目、アメリカ軍が飛行場を完成させ、航空機の援軍を呼び寄せたとしても何ら不思議ではないが――。

 答えは約八分後に判明した。

 見張員の歓喜の声が艦橋に響く。


「編隊、敵機へ向かいます!」



「複葉下駄履きの機体は味方の水観、それ以外は全て敵だ! 全機かかれ!」


 「愛宕」の電探が捉えたのは、セブ基地から駆けつけて来た二〇一空及びS戦闘機隊の直掩隊一四機と、爆装の攻撃隊六機の編隊だった。

 元々の予定では、彼らは日の出前後に出撃して、〇七三〇時前後から上空直掩を行う手筈だった。だが、〇五三五時に栗田艦隊から敵艦隊発見の報が届くと、セブ基地に進出していた二〇一空の飛行長中島正少佐が夜明け前の出撃を下令した。機体の準備自体は夜を徹して行っていたので問題はなかったが、往路は夜間飛行になる。これが可能な技量を持つ搭乗員は二〇一空でたった八人しかいなかった。そのため直掩隊は夜間飛行が出来る搭乗員が二〇一空に比べれば多いS戦闘機隊が主として受け持つ事になる。

 前日に引き続きS戦闘機隊の指揮官として零戦を駆る黒沢大尉は、自身の率いる中隊へ敵機に対する突撃を下令した。

 朝日の曙光が差し込み始めようとしているが、天候はあまりよくない。ところどころスコールが降っている。ざっと戦況を見渡すと、概観で一〇機程度の敵機が無傷の空母から飛び立ち上昇しようとしている。空母の数は三隻、そしてやや北方に黒煙を上げて停止している空母らしきものが二つと、のろのろと蛇行している空母が一つ見えた。小型艦も何隻か燃えている。敵か味方かは分からない。

 燃えている空母のようなものの北には、大小様々な艦艇が白波を蹴立てて全速で航行していた。昨日以来の栗田艦隊に違いない。

 黒沢は機体を急降下させ、高度を上げようとしている敵機――多分、F4Fワイルドキャットだろう――へ襲いかかった。

 零戦の接近に気付くのが遅れたFM2ワイルドキャット(元々の開発メーカーグラマン社ではなく、ゼネラルモータス社が生産しているタイプ)が機体を翻そうとした時には、黒沢は機銃の発射レバーを握りしめていた。

 二〇ミリ機銃の重い発砲音が搭乗席内に反響し、曳光弾混じりの機銃弾がFM2の垂直・水平尾翼を吹き飛ばした。あっという間に回復不能なスピンに入ったFM2は、そのまま頭から海面へと叩きつけられる。

 低空まで降りてきた機体の中で、黒沢は次の敵を探す。だが、見れば空中に上がっていた敵機は大半が味方に被られて追い掛け回されているか、水飛沫を上げて海へ消えていくか、どちらかの様子しか見えない。


(どうする。艦隊の上空で他の敵機に備えるか?)


 一瞬思慮した黒沢の視界に、右方向距離三〇〇〇ほどの場所で、今まさに一隻の空母が飛行甲板上で艦載機を動かしているのが目に入った。

 見上げた根性だがそうはさせるか、とばかりに黒沢はその空母へ向け機体を旋回させ、スロットルを全開にした。後ろを振り返り僚機がついてきているのを確認する。敵は対空砲火を撃ってこない。乱戦に入り始めたので誤射の危険があるからだ。

 板切れみたいな空母の姿が大きくなるにつれ、飛行甲板上で発艦しようとしている機の姿も見えてきた。機体を艦首へ向け、ちょうど着艦とは反対の方向でアプローチする姿勢を取る。OPL照準器の光像の中に、プロペラを回して飛び立とうとする艦載機と、慌てふためいて逃げ出す作業員が映し出された瞬間、発射レバーを絞った。

 ドドドドッと吐き出される二〇ミリ、七.七ミリ機銃弾が、飛行甲板に並んでいる艦載機を次々と襲う。機体を撃破出来なくても良い。発艦を妨害出来れば――打撃を与える本命はすぐにやってくる。

 ようやく敵艦が対空砲を打ち始めた。上空を飛ぶ艦載機がほぼ全滅するか、射程外へ逃げてしまったからだろう。黒沢機が敵空母から離脱すると同時に、本命が攻撃を開始した。

 黒沢の言う本命、つまり二〇一空の爆装零戦六機が、緩降下爆撃の体勢に入り、抱えてきた二五番(二五〇kg爆弾)を三隻の空母目掛けて次々に投下する。

 このうち命中したのは、天候の問題により一発だけだった。

 しかしその一発で十分だった。見事命中させたのは関行男大尉の機だった。被弾したのは黒沢機の機銃掃射で発艦を妨害された「セント・ロー」である。

 関機の二五番を飛行甲板に食らった「セント・ロー」は、甲板を貫いて格納庫で炸裂した後は「ガンビア・ベイ」と同じ末路を辿った。薄明るい海域が一瞬真昼のような眩しさに包まれ、商船規格の艦体が跳ね上がった。みるみるうちに黒煙が昇っていき、そして「セント・ロー」は被弾からものの数分で左舷にぐらりと倒れ込んだ。タフィ3二隻目の轟沈艦である。

 一時間も経たないうちに「ホワイト・プレインズ」と「カリニン・ベイ」だけとなってしまったタフィ3空母群だが、僚艦の沈没を悼む暇など無い。零戦が低空へ舞い降りて機銃掃射を掛けたり、爆弾を投下するフリをして艦載機の発艦を妨害しているところへ、観測機なしでも射撃が可能な照準データを目視で得られた「金剛」が、〇六三七時に「ホワイト・プレインズ」へ射撃を開始した。遅れること六分後に「榛名」も「カリニン・ベイ」へ三式弾を叩き込み始める。

 彼我の位置関係と、スコールの奥側に隠れた形になった事から次の空母に対する観測が遅れていた一戦隊の三艦は、「金剛」「榛名」に獲物を取られた格好になる。それではと一戦隊各艦が他の目標はいないか海域を見渡した頃には、サマール沖海戦は終結に向かっていた。

 二斉射で「ホワイト・プレインズ」は浮かぶ鉄の箱に変わり果て、「カリニン・ベイ」は三斉射で火だるまになった。その間には、最期まで射撃を止めずに戦い続けた駆逐艦「サミュエル・B・ロバーツ」が艦尾から水底へ没していき、タフィ3は全艦が沈没するか、大破炎上中で復旧の見込みなく漂流するだけの物体へと変わっていた。

 栗田艦隊の損害は、一番近くまで接近し駆逐艦からの射撃を数度浴びた「矢矧」が艦上構造物に被害を受けたのと、駆逐艦二隻に若干の被害があった程度である。

 〇七〇三時、栗田中将は各艦に「戦闘止メ、集マレ」と下令し、かなりバラけてしまった艦隊陣形の再構成に入った。一番北方に位置する一戦隊と、タフィ3を追いかけ続けた一〇戦隊は距離にして優に二〇km前後も離れてしまっていたからである。


「それにしても、直掩隊が来てくれて助かりましたな」


 あちこち散らばっていた各艦が集結していく状況を眺めながら、「愛宕」戦闘艦橋で小柳参謀長が栗田へ話し掛ける。


「それに、爆戦まで連れて来てくれるとは……出撃時は日の出前だったはずですが、一航艦は練度が良くない部隊が多いと聞きます。よく出撃出来たものです」

「偶然が重なったとは言え、誠によくやってくれた」


 戦闘時の興奮を意図的に抑えながら栗田が応えた。彼は続けた。


「三艦隊から何か電報は届いているかね?」


 小柳はかぶりを振った。


「いえ、日付が変わってからは何も入ってきておりません」

「そうか……」


 北方でハルゼー艦隊を釣り上げているはずの小沢治三郎中将麾下第三艦隊は、昨日に敵索敵機から発見された旨の電報を発信してきて以来、音沙汰が無い。もう日は昇っており、囮として攻撃を誘引できたならば、遅くてもここ数時間以内に報せが届くはずだった。

 各艦の集結を終えた艦隊は、輪形陣を組んで二二ノットの速力で南下を再開した。目指すは上陸船団と幾万の陸兵がたむろしているはずのレイテ湾のみ。胸を弾ませてサマール島沖を征く彼らの上空には、史上二度目の水上艦隊による空母機動部隊撃滅を強力に援護した二〇一空及びS戦闘機隊の航空機の傘が、一〇数機の少数ながらもしっかりと掛けられていた。

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