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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第一章 レイテ沖の凱歌
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3

 フィリピン中部のセブ島の航空基地で一足先に隊舎で身体を休めていた黒沢丈夫大尉は、ルソン島クラーク基地から進出してきた零戦隊が着陸に入ろうとする様子を眺めていた。


(手荒く機体を下ろす奴が多い……空戦機動のやれないジャクたちも纏めて出してきたんだな)


 二〇一空及びS戦闘機隊は、二四日午前からのシブヤン海上空戦でその戦力の半分を失う大打撃を被っている。手練を揃えて臨んだS戦闘機隊こそ五機の未帰還で済んでいるが、二〇一空隷下の三個飛行隊は合計で三七機が失われた。

 その犠牲の上で、栗田艦隊の損害を重巡一隻の脱落と戦艦複数の損傷に留める事に成功した。

 栗田艦隊からは、一航艦宛に直掩隊へ感謝の電文が届いている。

 一航艦の寺岡中将は、アメリカ軍がレイテへ上陸を開始した時点で、隷下の戦力全てを投入する覚悟だった。

 黒沢たちがセブ基地へ進出しているのも一航艦司令部の命令による。生き残りの直掩隊は明日も、サマール島沖を南下する予定の栗田艦隊に航空機の傘を掛けに征くのだ。そしてどうやら、一航艦は技量未熟の搭乗員も粗方進出させたらしい。既にセブ基地で待機している彼らと合わせれば四〇機ほどの数になる。


(どうするつもりなんだ。ジャクを抱えたまま直掩なんか出来ないぞ)


 上層部の判断に困惑していると、進出してきた後続の零戦たちが、退避壕の方へゆるゆると進み、搭乗員が機体から降りていた。集まっている整備兵たちが機体を手押しで動かし、発動機などのチェックを始める。

 隊舎へ向かってきている搭乗員の中に、黒沢は見知った顔を見つけた。彼は隊舎を出てその男に声をかける。


「よお、関君。君も来たのか」


 黒沢が関と呼ぶ人物は、黒沢の姿を見ると敬礼し、近付いて来た。関は戦闘三〇一の飛行隊長で、上空直掩任務のための打ち合わせで何度か顔を合わせているため面識があった。


「はい、自分たちも明日は好機を捉え敵空母を叩きにいく事になりました」


 関の言葉に、黒沢は軽い衝撃を受けた。一九日にクラーク基地へ進出した際、二〇一空は別命あるまで敵艦隊の攻撃を行わない作戦説明を受けた。一航艦は、何か勝算があっての別命を出したというのだろうか。

 だが、元々は艦爆屋で、五〇番(五〇〇kg爆弾)を敵空母の甲板にぶち当てる自信のある関の目は期待に満ちていた。戦闘機乗りに転科してきたばかりであるため、今日一日の直掩任務へは出撃を認められなかっただけに、明日こそは大いに暴れてやると張り切っているようだ。


「戦三〇五と戦三一一の一部はダバオまで出張って、明日以降空母を叩くそうです」

「そうか。それじゃあ到着の報告を終えたらまた声を掛けてくれないか。爆撃はそっちの方が詳しいだろうが、敵戦に襲われた時の回避方法なんかを出来るだけ詳しく教えておきたい」


 黒沢がそう言うと、関はありがたいとばかりに大きく頷き、「また後で伺います」と言い残してその場を辞去した。

 

(もう二年早かったら、関も優秀な艦爆乗りになっていただろうな)


 戦局は最早、艦爆や艦攻と言った対艦攻撃機搭乗員よりも、艦戦・局戦搭乗員を欲している。黒沢は短い時間だが関と言葉を交しているうちに、この男は生き残れば良い搭乗員になれるはずだ、という確信を抱くに至っていた。助っ人としてやって来ている身で差し出がましい真似だが、彼には無事還って来て欲しかった。




「『時雨』より通信、『我、電探ニ感有リ。方位二五五度、距離二五〇、感三、数不明』」


 最低限の灯火と各種機械類の放つ光以外は、全てが暗闇に呑まれている「山城」の航海艦橋に通信員の声が響いた。二一二〇時(午後九時二〇分)のことだ。

 レイテ湾突入の時間変更のため、ボホール海を西に向けて遊弋している西村艦隊は、日没と共に駆逐艦「時雨」を艦隊の前方四〇〇〇メートルに配置し、哨戒に当たらせていた。その「時雨」が、電探に反応があると言う。

 艦橋内にざわめきが広がった。


「方位二五五度……? 西方から、ですか」


 参謀の伊東慶治少佐が首を捻りながら呟く。


「敵、でしょうか」


 安藤首席参謀も自信がない声色だ。敵艦隊が存在するはずのレイテ湾は北東なのだから、正反対の西から敵が現れるとは考えづらい。

 だとするならば、これは何者なのだろうか。


「『時雨』に、不明目標に接近して確認に当たらせよ」


 西村中将が下令する。「山城」は朝の空襲で電探を破損し使用不能となっているため、今の状況を旗艦で確認する術がない。見張員はすでに「時雨」の報じた方向へ注視しているはずだが、まだ何も発見出来ていない。

 数分が経ち、命令を確認した「時雨」から「信号了解」の返事が入った。

 接近を命じられた「時雨」は速力を上げる。前部マストに取り付けている、ラッパを二つ並べたような形の二二号電探からの探知情報も逐一報せた。


「不明艦、数五以上」

「うち二つの反応大きい、巡洋艦の模様」


 そして最初の「時雨」の報告から一〇分少々が経った頃、決定的な報せが「山城」へ入った。読み上げる通信員の声が、心なしか弾んでいた。


「不明艦ハ『那智』。友軍ナリ」


 瞬間、「山城」の航海艦橋内では、驚愕と歓喜と安堵が入り混じった参謀や士官の声が漏れた。


「『那智』……五艦隊か!」


 まさか来ているとは思わなかった、という安藤首席参謀の言葉が皆の心境を代弁している。

 志摩清英中将率いる第二遊撃部隊(第五艦隊)は、台湾沖航空戦からというもの、日本帝国海軍が戦争の主導権を完全に喪失している状態を示す好例のような振り回され方をしていた。

 第一機動艦隊の所属で空母たちの護衛任務についていたこの艦隊は、台湾沖航空戦の「大戦果」を受け、「敗走」するアメリカ海軍第三艦隊の残敵掃討を命じられて内地から出撃したら、「大戦果」が誤報であった事が判明し、命令は取り消され台湾の馬公に留め置かれた。その後、捷一号作戦発動に伴いフィリピン・マニラへの進出となったが、これも途中で取り消しとなり、スリガオ海峡を通過してのレイテ湾突入が決められたのである。

 そしてなお錯誤が重ねられていた事は、たった今まで西村中将以下、誰も第二遊撃部隊が自分たちの後を追い掛けているのを知らなかった点だ。

 もし当初の予定通りレイテ湾へ向かう事になっていたら、西村艦隊は後方に有力な味方艦隊がやってきている事実を知らずに、戦艦多数を含む(二四日の昼過ぎに「最上」の偵察機が発見している)敵艦隊と戦っていたわけである。

 第二遊撃部隊の戦力は重巡「那智」と「足柄」、軽巡「阿武隈」、駆逐艦「曙」「潮」「霞」「不知火」だから、西村艦隊と合わせれば戦艦二、重巡三、軽巡一、駆逐艦八となり、一端の艦隊と呼べるくらいにはなる。

 ジリリリリと艦内電話の鳴る音が響く。伝令が受話器を取り応答する。

 彼は西村の方を向き、受話器を差し出した。


「司令官、志摩長官から隊内電話が入っております」

「出よう」


 電話の先の相手は兵学校同期の仲だ。志摩が連絡を寄越してきた理由はすぐに分かった。指揮命令系統の違う艦隊同士なので、早急に意思疎通を取らないと戦闘行動が取れないからである。


「志摩か。こっちへ来ていたんだな。貴様の艦隊がいれば心強いぞ。何の報せも無かったから敵かも知れんとこっちは身構えていたんだ」

「GFにあちこち飛ばされて、埒があかないから突っ込んできた。こっちからは扶桑型の姿は間違えようもないがね」

「貴様の方では何か命令は受けているのか? こっちはレイテ湾突入時刻が一一〇〇にずれたから、こうして遊弋しているんだが」

「細かい命令は何も受けておらん。ただスリガオ海峡を通ってレイテ湾へ行け、とだけだ」

「了解した。それでは只今より我が隊は貴官の指揮下に入る」


 西村と志摩は共に兵学校三九期生で階級も同じ中将だが、志摩の方が西村より半年早く中将に任じられているため、志摩が先任となる。

 艦隊が一糸乱れぬ戦術運動を行うには、多年の訓練と日頃からの各級指揮官同士の密接なコミュニケーションが欠かせない。

 今、西村艦隊と志摩艦隊はその両方を欠いている。しかし、バラバラにレイテへ突入しても戦力逐次投入の愚を犯すだけだから、現状ではこうする他無かった。

 それでも、西村艦隊の将兵たちは思わぬ援軍に心を奮い立たせた。やってるやるぞ、アメ公に目に物見せてやるんだ、レイテに一番乗りして、栗田艦隊より先に美味しい獲物は全部掻っ攫うんだ……各々の部署でそうした声が飛んでいた。

 両艦隊の間で電波と発光信号が飛び交い、臨時の艦隊を組み上げるための準備を行う。といっても、一つの艦隊として動かす事は(特に戦闘が始まれば)危険なので、志摩艦隊が前方、西村艦隊がその後方一〇kmに位置し、戦闘の際は西村がこれまで通り隷下の艦を指揮すると決められた。

 両艦隊を指揮する事になった志摩中将は、翌二五日〇八〇〇にスリガオ海峡侵入を決定し、臨時の合同部隊は敵潜水艦と北東方面から進出して来るかも知れない敵艦隊へ警戒を続けながら、日の出を待ち続けた。

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