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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第一章 レイテ沖の凱歌
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 僅かに砲煙の匂いが漂う第二艦隊旗艦「愛宕」の戦闘艦橋内で、栗田健男中将は纏められた各艦の被害状況を参謀から聞いた。時刻は一五二五時を回ろうとしている。

 作戦参謀の大谷藤之助少佐が書き上げた即席のレポートを片手に報告を始める。


「まず戦艦から申し上げます。現在までのところ、『大和』に爆弾三発・魚雷一本命中、至近弾多数。速力二六ノットに低下。戦闘行動に支障なし。『武蔵』に爆弾二発・魚雷三本命中、至近弾多数。速力二三ノットに低下。戦闘行動に支障なし。『長門』に爆弾一発命中。至近弾多数、機関異常なし。『金剛』と『榛名』は共に至近弾のみでこちらも異常なしとなっています」


 栗田は黙って頷く。報告に耳を傾けている艦橋要員たちの中から、流石は「大和」と「武蔵」だ、という感嘆の声が漏れる。


「次に重巡ですが、本艦は先程の荒木艦長のご報告の通り爆弾一発命中、至近弾三発で機関に異常なし。『摩耶』に爆弾二発命中で速力二三ノットに低下。『高雄』に至近弾のみで異常なし、『利根』に爆弾一発命中、機関異常なし。『妙高』に魚雷一本命中、速力一二ノットに低下。現在応急作業中です。『羽黒』『鳥海』『鈴谷』『熊野』『筑摩』に被害はありません」


 参謀たちが小さな呻き声を上げる。戦艦に比べ防御力の弱い重巡だと、一本の魚雷でも戦闘能力を喪失してしまう。「妙高」はつい三〇分ほど前に立ち去った敵第五次攻撃隊にやられたのだ。


 「軽巡ですが、『能代』に爆弾一発が命中し出しうる速力三〇ノット。『矢矧』及び駆逐艦に被害はありません。報告は以上です」

「『妙高』の戦列復帰は厳しいかも知れませんな」


 大谷作戦参謀の報告を受け、参謀長小柳冨次少将が苦い顔で呟く。

 二四日一〇二六時から、栗田艦隊は五波・延べ約二〇〇機以上に及ぶ敵艦載機の空襲を受けた。ルソン島の一航艦が二〇~三〇機の直掩機をほぼ常時艦隊上空に出してくれたお陰で、この程度で済んでいると言う方が正しいのだろうが……。

 小柳参謀長は栗田へ意見具申した。


「長官、艦隊を一旦反転させてはどうでしょうか? 『妙高』や他艦の応急復帰のために時間を稼ぐべきだと考えます」


 小柳の言葉に、参謀たちも特に異論は出さなかった。シブヤン海の今日の日没は一八一七時なので、時間から考えてもう一度は空襲を仕掛けてくる可能性が高かったからだ。少しでも距離を取って艦の復旧に専念させたいという訳である。


「そうだな。ここは辛抱のしどころだろう。少しでも粘り強くやりたい」


 栗田も小柳の意見に同意した。敵の空襲はどうやら戦艦を主に狙っているようで、結果的に桁外れに頑丈な大和型二隻がよく攻撃を引き受けてくれた格好になっている。そのため、艦隊全体で見れば被害は僅少に抑えられている――栗田は艦橋から上空を見やる仕草をしながら続けた。


「味方機がよく戦ってくれているお陰で、これまでの空襲をどうにかこの程度の損害で切り抜けて来られた。落ち着いたら一航艦へ電文を打たねばな――通信参謀、各艦に打電。『艦隊針路二九〇度、左一斉回頭。発動一五三〇。』以上だ」


 栗田艦隊は一五三〇時に一斉回頭を行い、艦首を西北西へ向けた。

 続いて「愛宕」の通信アンテナから、聯合艦隊、西村艦隊、小沢艦隊他関係各部署へ艦隊が一時反転した旨の電文が放たれる。

 約一時間、「妙高」や他の損傷を負った艦艇の乗組員たちは、応急作業のため上を下への大騒ぎで駆けまわった。だが右舷後部に被雷し一軸運転となってしまった「妙高」の戦列復帰は叶わず、座乗していた第五戦隊司令官橋本信太郎中将以下スタッフは旗艦を「羽黒」に移乗し、「妙高」はシンガポールへ撤退となった。

 そしてこの一時反転が、栗田艦隊に一つの幸運を呼び寄せる。

 傾斜する重巡や煙を吐き出す戦艦を抱えた艦隊がもときた道へ戻ろうとしている様子を、索敵機からの報告で知ったアメリカ海軍第三艦隊司令長官ウィリアム・F・ハルゼー大将が、この戦術行動を艦隊が多大な損傷を負った事による撤退だと誤断したのだ。

 この決断の背景には、栗田艦隊が反転した一〇分後に、所属する空母を四つのグループに分割している第三艦隊隷下・第三八任務部隊の第三群が放っていた索敵機が、ルソン島東方沖を南下している日本海軍の空母機動部隊を発見した事、第三群に属する軽空母「プリンストン」が午前一〇時少し前にジュディ(彗星艦爆)の急降下爆撃を受け大破、現在も炎上している事が大きく影響している。

 アメリカ海軍は四ヶ月前のフィリピン海海戦(マリアナ沖海戦のアメリカ側呼称)で自軍が空母「大鳳」と「翔鶴」を撃沈している事を把握していない。従ってハルゼーは、索敵機からの「ルソン島沖の敵艦隊は空母三乃至四隻を含む」という報告を受け、日本海軍は空母を自分たちと同じように複数のグループに分けて運用していて、まだ索敵機が見つけていない空母部隊があるに違いないと考えた。

 また彼らは、「プリンストン」に深手を追わせたジュディは空母から発艦したものと考えており、今朝からの断続的な空襲で日本海軍機動部隊に対する戦闘は後手に回っていると認識していた(実際は第三艦隊第三八任務部隊へ攻撃を行っているのはルソン島に展開している第二航空艦隊)。

 ならば、ハルゼーに取り得る選択肢は一つしかない。主力である敵空母機動部隊に今度こそ引導を渡してやるのだ。攻撃隊からの戦果報告によれば、シブヤン海を航行している敵戦艦部隊に対し、謎めいたヤマト・タイプ二隻に集中攻撃を浴びせ魚雷・爆弾複数発の命中と火災の発生を確認し、重巡一隻を撃沈しているとの事だから、奴らは堪りかねて撤退に移ったのである――彼はそう結論付けた。


 台湾沖航空戦における帝国海軍第二航空艦隊と同様のミスを、ハルゼーは犯していた。戦果誤認は帝国海軍の専売特許ではないのである。

 反転から一時間が経った一六三〇時。大方の艦が応急作業を終えた事を確認した栗田は艦隊に再度の反転を命じ、関係各部署へ無電で通知した。

 ハルゼーの誤認を助長するかのように、栗田艦隊の直掩機が再反転前に飛来したアメリカ海軍の索敵機を撃墜したため、ハルゼーが栗田艦隊の再反転を知るのは五時間も後のことになる。

 再度の反転と同時に、栗田はボホール海を東進しているはずの西村艦隊へ、レイテ湾突入の時刻を遅らせる命令を打電させた。

 つまり、「第一遊撃部隊ハ二五日一一〇〇時『レイテ湾』突入予定。第三夜戦隊ハコレニ策応シ二五日一一〇〇時ヲ期シ『レイテ湾』ヘ突入セヨ」との命令で、これはシブヤン海の戦闘で栗田艦隊が遅延した結果の時間調節である。

 参謀の中には西村艦隊を予定通りレイテ湾へ突入させ、敵戦力の誘引を図るべきという意見もあった。しかしそれを行えば、こちら側が逆に各個撃破される恐れが強い、という主張が勝り、あくまで同時突入を期するよう変更されたという経緯がある。




 栗田艦隊からの命令電文を西村艦隊が受電したのは一七二〇時頃の事だった。

 旗艦「山城」の戦闘艦橋内で参謀の福山寅雄少佐が電文内容を読み上げると、首席参謀の安藤憲栄大佐が落ち着き払った声で言った。


「つまり、我々は明日も敵機の空襲を覚悟しながら突っ込まねばならんというわけだ」


 西村艦隊は〇九三〇時に敵艦載機約二〇機の空襲を受け、「扶桑」と「山城」、「時雨」に直撃弾一発、「最上」が機銃掃射を受けるという被害があったものの、それ以降は一度も空襲がなく、予定通り一四〇〇時にスールー海の東端を通過してボホール海に入っていた。

 西村艦隊は丸裸で航行を続けている。とてもではないがフィリピン在住の一航艦、二航艦に西村艦隊まで直掩を行う余裕はなかった。

 夜戦で勝機を見出す事はできるが、無防備な艦隊で空襲を何度も受ければろくに戦う前から壊滅してしまう。


「むしろそれが本望だ、首席参謀」


 命令電文を静かに聞いていた、西村祥治中将の声だ。海上勤務一筋で軍歴を重ねてきた、典型的な海の武人。その評判には似つかわしくない穏やかな言葉だった。


「今日一日は栗田艦隊が多数の敵機に襲われたが、明日は我々が引き受ける方が良い。何と言っても栗田さんのとこには『大和』や『武蔵』がいる。あちらが主役でこちらはチョイ役、まあこういう事だよ」


 西村はこの作戦において、自分たちが陽動の任を背負っており、生還を期し難いものだと悟っていた。敵機の空襲だろうとなんだろうと、敵の目をこちらに引き付けて主役の攻撃を成功させるべきなのだ。大正生まれのおんぼろ戦艦二ハイと寄せ集めの重巡、駆逐艦をすり潰してそれが達成出来るなら安い取り引きだと、西村は達観している。


「日没と共に反転して突入時刻を調整しよう。首席参謀、航路を出してくれ」


 西村の指示に安藤は早速海図台へ歩み寄り、他の参謀と共に航路変更の計画を練り始めた。

 太陽はもう地平線へまっしぐらに向かいつつあり、差し込んでくる光が海面に反射してキラキラと光っている。もしかしたら、この美しい光景も今日が見納めかもしれないが、開戦劈頭にここからそう遠くはないルソン島のレガスピー湾で戦死した息子・禎治のところへ往けると思えば、西村の心に曇るものはなかった。

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