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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第一章 レイテ沖の凱歌
3/20

1

 ブルネイの泊地には、総勢四〇隻近い艦艇が集結していた。

 数が一番多いのは、艦隊の馬車馬たる駆逐艦だ。

 ソロモン方面の消耗戦を戦い抜いて来た朝潮型、陽炎型と、その改良型である夕雲型たち。さらに、艦隊型駆逐艦の次なる世代を担う高速重雷装艦として生み出された島風型の「島風」や、戦前から水雷戦隊を支えてきた白露型の「時雨」の姿も見える。各型合わせて一九隻がいかにも俊敏そうな小柄の身体を浮かべていた。

 その駆逐艦たちを束ねる軽巡も三隻停泊している。

 開戦劈頭のハワイ真珠湾攻撃からキスカ島撤退作戦まで各地を戦ってきた長良型軽巡「阿武隈」、スマートな艦容が俊敏さをイメージさせる阿賀野型軽巡の「能代」と「矢矧」だ。

 戦艦に注ぐ主力水上艦艇である重巡も数が多い。

 重武装ぶりが建造当時諸外国海軍から注目を浴びた妙高型重巡「妙高」「羽黒」に、まるで城郭のような佇まいを見せる高雄型重巡「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」。

 帝国海軍が保有する重巡としては最も攻防のバランスが取れている最上型重巡の「鈴谷」「熊野」と、索敵能力を強化するため航空巡洋艦に生まれ変わった「最上」。世界でも珍しい水上偵察機を集中運用できる利根型重巡の「利根」「筑摩」。

 四タイプ十一隻がこの海へ参じていた。

 時代は航空主兵へ移っているとは言え、今もって海上戦力の象徴たる印象を抱かせる戦艦も、聯合艦隊が保有する内の大半が錨を下ろしている。

 開戦以来ハワイからインド洋まで駆け抜け続けている金剛型戦艦「金剛」と「榛名」。

 日本初の国産戦艦として建造され、旧式ながらも未だ三五.六サンチ砲一二門の攻撃力は色褪せない扶桑型戦艦の「扶桑」「山城」。

 世界のビッグ・セブンと謳われ、いろはカルタにもその名が詠まれた帝国海軍戦艦の代表格だった長門型戦艦「長門」。


(そして、帝国海軍がこの世に送り出した世界最強の――)


 戦闘艦橋からゆっくりと他の艦艇を眺めていた第一戦隊司令官宇垣纏中将は、視線を艦首方向に向けながら、内心呟いた。

 艦橋から艦首の方を見下ろすと、重厚という言葉が不足するような存在感を放つ三連装砲塔が二基、鈍い鉛色に身を包み鎮座しているのが目に入る。

 宇垣が乗るこのフネ、大和型戦艦の「大和」。彼女の主兵装たる四六サンチ砲だ。

 彼は次いで右舷へ視線を移すと、その先数百メートルに、男児ならばその強大さに心を奪われない者はいない根源的な衝動を感じさせるフネが見えた。

 大和型戦艦二番艦の「武蔵」である。


(本艦と「武蔵」がいるのなら、米軍の新鋭戦艦が出てきても真っ向から戦える。何としてもレイテの上陸船団を仕留めねばなるまい)


 聯合艦隊の水上戦力の総力を結集してこの度の作戦は行われる。「大和」と「武蔵」、「長門」の帝国海軍最強の戦艦部隊を預かる宇垣は、自身の双肩にずっしりとその責任がかかっている事を改めて感じていた。


「『愛宕』より信号。『第一夜戦隊、第二夜戦隊出港用意』」


 そこへ、信号員の声が艦橋に届いた。

 いよいよ往くのだ――宇垣は、胸の底から湧き上がってくる静かな闘争心を欠片も表情に出さないで命じる。

 

「艦長、出そう」 


 宇垣の指示に「大和」艦長森下信衛少将が頷き、


「出港用意、錨を揚げ、了解旗挙げ」


 を命じた。

 現在の日時は一〇月二一日〇九三〇時。

 これより栗田健男中将率いる第一遊撃部隊第一、第二夜戦隊は、捷一号作戦に則り二五日黎明時にレイテ・タクロバン方面へ突入、敵海上兵力及び敵攻略部隊を殲滅するために決戦へ赴くのである。

 ブルネイには、西村祥治中将指揮の第三夜戦隊が残り、明日二二日一五三〇時に出港する予定となっている。

 栗田艦隊はブルネイ出港後針路を北に取り、新南諸島を通過してミンドロ海峡に入り、ついでタブラス海峡から東進してシブヤン海を突っ切り、サン・ベルナルディノ海峡を通過して太平洋に出て、サマール島沖を北から時計回りにぐるりと南下し、レイテ湾へ突入する計画となっていた。

 最後の作戦会議では、出撃後に北東へ向かいパワラン水道を通過するルートも案として俎上に載った。パワラン水道を通過するルートは、新南諸島を通過するルートより一日分時間を短縮できる利点がある。しかし、この水道はパワラン島と新南諸島の間に挟まれた比較的狭隘かつ単純な水道で、潜水艦の待ち伏せに適している海域と判断されていたため、大回りになるが大小様々な島が点在し潜水艦が侵入できない新南諸島をゆっくりと経由していくことに決定されている。

 西村艦隊は艦艇の速力の都合と、レイテ湾を南北から挟撃する事によって敵を撹乱させるのを目論み、時間を一日ずらして出港しスールー海に入り、東へ進みボホール海を抜けスリガオ海峡を北上し、レイテ湾へ到達するコースが策定されていた。

 また、日本本土からは小沢治三郎中将率いる機動部隊がすでに出港しており、フィリピン近海に存在するはずの敵機動部隊を北方に誘引し、第一遊撃部隊の突入を援護する手筈となっていた。小沢艦隊には空母が四隻含まれるものの、マリアナ沖海戦の痛手から再建途上だった艦載機を台湾沖航空戦でまたもや消耗してしまったため、母艦航空戦力は一〇〇機強程度しか保有していない。

 捷一号作戦が成功するかどうかは、強大無比な敵機動部隊を小沢艦隊が釣り上げ、第一遊撃部隊がレイテ沖へ到達するまでに可能なかぎり敵艦載機の空襲を受けないようにする、これが鍵だった。


「二駆、出ます」

「三一駆、出ます」

「三二駆、出ます」


 見張員からの報告が続々と入ってきた。

 まずは前路を警戒する駆逐隊たちがブルネイを出て外海に出る。次いで巡洋艦たち、最後に戦艦が動き始める。

 「大和」の艦首では水兵たちがホースを持って、海底から巻き上がってくるチェーンへ放水していた。艦首から艦橋へ「立ち錨」の報告が入り、森下艦長が、


「機関、両舷前進微速」


 と命じ、復唱が繰り返され伝達される。

 宇垣の立つ戦闘艦橋でも、足元から僅かに機関の鼓動が感じられた。

 愛用の双眼鏡で外の様子を伺うと、右舷約二千メートルほど離れた場所で停泊している西村艦隊旗艦戦艦「山城」の、細長く天まで達するような艦橋の姿が目に入った。その艦橋が、湾口を出ようとしている第一遊撃部隊旗艦の「愛宕」へ発光信号を放っているのが見える。その内容を読んでみた。


(――貴艦隊ノ武運長久ト作戦成功ヲ祈ル。「レイテ」ニテ再ビ会ワン、か。)


 この作戦におけるレイテ湾突入は栗田艦隊と西村艦隊の挟撃で成立している。もしどちらかが手痛いダメージを負い、突入予定時刻である二五日黎明に間に合わない時は、こちら側が逆に各個撃破される恐れがある。宇垣は前日に「愛宕」で行われた打ち合わせ後の乾杯で、西村が各指揮官とにこやかに談笑しながら杯を傾けていたところを思い出した。その様子を見た出席者は皆、西村中将は死ぬつもりだ、と直感したのである。


(西村さんは、いざとなれば単独でレイテへ突撃するかもしれん)


 西村隷下の戦力は旧式の扶桑型戦艦二隻に重巡一、駆逐艦四にすぎない。

 作戦の順調な進展を宇垣は願わずにはいられなかった。

 やがて、燃料と弾薬を満載し排水量が優に七万トンを超えている「大和」も外海に達し、栗田艦隊は厳重な対潜警戒の下、新南諸島へ向かうべく北上していった。




 ※ ※ ※




 遥か眼下に幾筋もの航跡が見えた。大きく二つの部隊に分かれている。どちらも、戦艦を中心に配置し、周囲を重巡と軽巡が固め、さらに外周を駆逐艦が取り囲んでいる。ブルネイを出撃した栗田艦隊に間違いなかった。

 ところどころに雲が漂う他は申し分の無いシブヤン海の蒼空を、ルソン島クラーク基地から飛び立った二〇一空戦闘三〇一飛行隊・S戦闘機隊合同部隊の零戦五二型三一機が編隊を組んで舞っていた。


「どうにか間に合ったようだ」


 S戦闘機隊指揮官の黒沢丈夫大尉は、愛機の操縦席内でほっと胸を撫で下ろした。

 二四日早朝から開始されるはずの栗田艦隊に対する上空直掩任務は、ルソン島方面に対する警戒警報発令と散発的な敵機来襲により二時間以上もずれ込み、クラーク基地を出撃したのは午前九時を過ぎていた。その一時間前に栗田艦隊は敵索敵機に発見されたとの通報が入って来ていたため、黒沢を始め搭乗員たちは気が気ではなかった。

 見たところ、艦隊は未だ攻撃を受けてはいないようだった。二つの輪形陣は互いに一二kmの間隔を開けて東へ悠然と進んでいる。

 高度は五〇〇〇メートル。栄二一型エンジンの高らかな咆哮が気分を奮い立たせる。

 黒沢は前後左右にくまなく目を配り、敵機の来襲に備えていた。

 突然、無線機に僚機の緊迫した声が入った。「敵機らしきもの右一五度、距離四〇〇〇、同高度!」

 すぐさまその方向へ視線を移す。青空を背景に黒ゴマを散らしたような粒が確認できた。この空域にS戦闘機隊及び二〇一空以外の部隊は派遣されていない。紛れも無く敵機だった。

 

「第一、第二小隊、我に続け! 敵戦を押さえる!」


 黒沢の命令一下、S戦闘機隊隷下七機の零戦が一斉に増槽を投棄しスロットルを開け、上昇に転じる。

 出撃前、二〇一空との作戦協議の場で、練度が高いS戦闘機隊は主として敵戦闘機を目標とし、その隙を突いて二〇一空機が敵攻撃機を叩くという戦術を取ることが決められていた。

 S戦闘機隊に続いて戦闘三〇一飛行隊二四機のうち、比較的練度の良い二個小隊八機も増槽を捨てて機首を上げ後に着く。

 距離を詰めるにつれ敵編隊の数が視認出来る――単発機だ。五〇機程度しか見えない。他に別働隊がいるのかも知れないが、この敵を蹴散らすのが先だ。

 今頃になって零戦の姿に気付いたのか、敵編隊がいかにも慌てたように崩れ、何機かが機首を上げて高度を稼ぎ始めた。しかしもう遅い。

 一八〇度ロールを打つ。機体がくるりと反転して逆さまになった。スロットルレバーをやや絞って操縦桿をグッと引く。機体は上下反対の姿勢で急降下を始め、OPL照準器に敵機の姿が入り込んできた。


(こいつら、俺達が張ってるなんて夢にも思ってなかったんだろうな)


 黒沢がそう思うほど、綺麗な逆落しの一撃が、アメリカ海軍第三艦隊第三八任務部隊第二群の空母「イントレピッド」と「カボット」より出撃した第一次攻撃隊四五機のうちの戦闘機二一機に叩きつけられた。

 ほぼ奇襲となったこの攻撃で、敵戦闘機F6Fヘルキャットを六機撃墜し、三機を撃破へ追い込む事に成功した。


(ここからが本番だぞ)


 空母機動部隊の艦載機ならば搭乗員の腕は一流に違いない。奇襲から立ち直り反撃に転じてくるはずだ。

 すれ違いざまに二〇ミリ機銃を命中させ、エンジンから黒煙を吐いて高度を急激に下げていくF6Fを視界の外に置きつつ、黒沢は機体を右旋回させた。一機でも多くの敵戦闘機を引き付け、腕の未熟な搭乗員たちが安心して敵攻撃機を叩けるようにしてやらないといけない。

 黒沢は素早く後方、上方を見た。列機はきちんと着いて来ている。襲ってくる敵機も見えない。スロットルレバーを倒し出力を上げ、高度を取りつつ敵機を探す。

 左下方、一〇〇〇メートルも無い位置にF6Fの無骨な姿が二機見えた。初手の混乱からまだ脱し切れていないのだろう、動きに迷いが見える。

 黒沢は一瞬だけ後方を振り返り、自分を狙っている敵機がいない事を確認すると、次なる獲物へ機首を向ける。彼の視界の端では、アメリカ海軍のSB2CヘルダイバーやTBFアヴェンジャーに何機もの零戦が接近していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう残っていないから仕方がないんだけどやっぱり主力艦の数に対してやや駆逐艦が少ないですね
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