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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第二章 ラディカル・リベラリスト
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6

 アメリカ海軍第五八任務部隊が先に述べたバイパー台風の暴雨により、一九四四年以降に受けた空母機動部隊の損害としては最大の被害と混乱から立ち直ろうと、ばらばらになってしまっている艦隊の再編成を始めた六月五日午後二時過ぎ、九州の各基地から飛び立った神風特別攻撃隊――爆装零戦六四機、桜花を搭載した一式陸攻五八機(神雷桜花特別攻撃隊)が、直掩隊の零戦四六機と制空隊の紫電改五一機に護衛されながら攻撃を開始した。

 多くの艦艇が暴風でレーダーアンテナを破損し、一部空母は発艦不能及び艦載機喪失、輪形陣の外輪を担う駆逐艦が大幅に戦力を低下していたTF58は、位置の関係から比較的台風の被害が少なかったTG58.3を中心に、隷下戦力を三つの任務群へ編成し直そうと各艦が忙しなく動きまわっていた。TF58にとってはまさに考えられる限り最悪の瞬間に航空攻撃を受ける事態となったのである。

 TF58が神風特別攻撃隊の接近を最初に確認したのが各艦のレーダーではなく、日本軍の攻撃を(念の為)警戒して上げておいた戦闘空中哨戒(CAP)のF6Fヘルキャット二八機(艦隊の北北東、距離約一三〇kmの空域)だったのは何事も手堅くやるアメリカ海軍の面目躍如だったが、F6Fは十分に訓練を重ねて高度な編隊空戦法を完璧に身に付けた第三四三航空隊の紫電改に襲われ、爆装零戦隊及び一式陸攻隊の阻止を果たせた機は皆無だった。

 そして発艦可能な各空母がスクランブルのF6Fを上げ切る前に、速度の関係から前に出ていた爆装零戦隊がまず突撃を開始した。輪形陣を組む途上だったTF58は、陣形構築運動を即座に中止し、彼らにとっては屈辱的な事――全力で回避運動を始めながらの対空戦闘を強いられる。

 マリアナ、レイテで幾多の日本軍機を叩き落としてきた防空火力はここでも健在であったが、防空スクリーンを担う駆逐艦に損傷艦が多い事、単艦での防空火力が大きい戦艦が全艦とも第二艦隊迎撃のため不在だった事、戦闘機の迎撃が失敗してしまった事が、神風特別攻撃隊へ戦場の女神が微笑む結果を招いた。

 未だ天候が回復していない空域だった上に、強力な対空砲火で被害が続出したものの、最終的に一九機の爆装零戦がTF58の各艦へ突入を果たした。

 これにより空母「ホーネットⅡ」「ヨークタウンⅡ」が一機ずつ被弾し火災が発生、「サン・ジャシント」にも一機突入し、一時は艦の放棄も検討される程の大火災に見舞われた。他にも重巡四隻にそれぞれ一機から二機、軽巡一隻に一機突入し全艦とも損傷。突入数が最多だったのは駆逐艦で、八隻に対して一機ないし二機が突入に成功して、このうち一隻は魚雷発射管に誘爆、爆沈している。

 神風特別攻撃隊の主目標は空母と命令されていたにも関わらず、一番被害が多いのが駆逐艦である理由は、対空砲火で被弾、または針路を狂わされた機が、距離が最も近い艦へ突入を果たそうとしたためと推定されているが、これが結果的に後続の一式陸攻が抱えてきた桜花の突入を援護する事になった。

 爆装零戦隊が突入する前に上がったF6Fを直掩の零戦隊が阻止している隙に、全重量二二七〇kgもの荷物を抱えて満足に速度が出せない一式陸攻隊が距離二〇km前後で桜花を切り離した。

 桜花の最大速力は三本ある固体ロケットエンジンを全稼働させ、かつ急降下させた場合で1040km/hだが、 実戦においてこの速力を出せる局面は多くなく、TF58へ向け最期の突進を行った五〇機以上の桜花も同様だった。それまでのあらゆる日本機よりも高速だったとは言え、この時期のアメリカ海軍機動部隊の対空砲火は全ての面で他を隔絶しており、三〇機以上の桜花が目標を捉える前に、その名のごとく空へ海へ散っていった。

 だが、マリアナ沖海戦の時のようにシステマティックな迎撃に半ば失敗し、外縁部を固める駆逐艦のうち半数以上がバイパー台風と先の爆装零戦の突入により戦闘能力に支障を抱えている(出撃時六四隻あった駆逐艦は、この時点で三六隻が無傷で、残りは沈没するか、全て何らかの損傷を負っていた)瞬間では、全ての桜花を阻止する事は叶わなかった。

 結果として、撃墜機、操縦ミスによる自爆を除いた残りの一一機が突入に成功する。

 桜花の弾頭部に積まれている一二〇〇kg徹甲爆弾の威力は、まさに神の雷と言うべき凄まじいものだった。この攻撃で空母「バンカー・ヒル」は三機、「フランクリン」は四機の桜花の突入を受け、両艦とも格納庫内及び飛行甲板上で発艦準備中だった艦載機の燃料に引火、大爆発を起こした。いかにエセックス級空母がダメージコントロールに優れているとはいえ、立て続けに一トン爆弾クラスを三~四発も、しかもほぼ真横から艦内に飛び込むかたちで被弾するような事態は想定されていない。爆風を外に逃がすための開放式格納庫(余談だが、格納庫を開放式にした結果、バイパー台風において開口部を閉鎖するシャッターが吹き飛び、格納庫内に暴風が吹き込む惨事となった空母が続出した)も焼け石に水だった。

 「バンカー・ヒル」は被弾から一五分後には全電源喪失、消火ポンプも動かなくなり、爆発と火災が機関部にまで迫ったため、同艦に座乗していたTF58司令官マーク・ミッチャー中将は旗艦移乗を決意すると共に、艦長に総員退艦命令を出すよう指示。一五〇〇名近い戦死者を抱いたまま、「バンカー・ヒル」はその二〇分後に横転、沈没した。

 前後して、「フランクリン」もボイラーと機械室まで火災が及び、天を焦がす勢いの炎に呑まれ、被弾後二五分で総員退艦が下令された。こちらも一二〇〇名以上の戦死者を出して、「バンカー・ヒル」沈没の七分後に沖縄沖へ消えていった。

 また、重巡二隻にそれぞれ一機ずつ、駆逐艦二隻にも一機ずつ桜花が突入し、二隻の重巡は共に大破の損害を被り、駆逐艦へ命中した機はどちらも不発だったのにも関わらず同じく大破と判定される大ダメージを受けた。

 最後に、桜花を投下した一式陸攻のうち三機が大混乱に陥っているTF58へ突入した。帰還した一式陸攻搭乗員の証言によれば、神雷桜花特別攻撃隊指揮官の野中五郎少佐が全機帰還を命じた後、指揮官機のみ反転せずにそのまま接近し続け、これに数機の一式陸攻が命令を無視し続行していったとされる。このうち二機は対空砲火で撃墜されるものの、一機が被弾しながらも、爆装零戦の突入で火災が続いていた空母「ホーネットⅡ」の艦橋に命中。同艦の艦長以下幹部士官の大半を道連れにした。


 正規空母二隻撃沈、一隻大破、一隻中破。重巡二隻大破、四隻中小破。軽巡一隻小破。駆逐艦一隻撃沈、三隻大破、五隻中小破。

 以上が、爆装零戦六四機、桜花五八機、一式陸攻三機の搭乗員一四三名の犠牲(これに護衛の零戦と紫電改の損失機一一名が加わる)で獲た戦果だった。TF58がバイパー台風によって著しく戦闘能力を減じていた点に助けられたとはいえ、日本帝国海軍が挙げた南太平洋海戦以来の大戦果――特に、大戦後半以降におけるアメリカ軍の対日反攻の象徴と言うべきエセックス級空母を二隻も撃沈した事は、帝国海軍並びに帝国陸軍が特攻戦術の正しさを頑強に信じてしまう一大要因となってしまい、以後終戦のその日まで、沖縄沖へ二度と還る事のない神風特攻を若者に強いていく悲劇となった。

 対するアメリカ軍も、沖縄本島に上陸していた陸上部隊こそ無傷だったものの、第二艦隊との戦闘、神風特攻、そしてバイパー台風の被害は第五艦隊事実上の壊滅と言って差し支えない爪痕を残した。沖縄侵攻の作戦スケジュールがどう考えても一ヶ月以上ずれ込む事は確実視されている。


「日本軍がギルバート諸島からというもの、バンザイ・アタックを繰り返して来たのが空でも行われるようになった、というだけの事です。言うまでもありませんが、軍事組織が戦力再編の不可能な『必死』の軍事行動を取るのは、その組織が崩壊に向かっている証拠です」


 ――第五艦隊の損害は確かに、レイテ沖海戦に続く目の眩むような規模だった。しかし一九四五年のアメリカは、この程度の損害ですら十分に補填可能な生産力を持っている。その上、日本はもう戦力を維持する事すら不可能であり、残った艦隊が沖縄周辺に居座り続ける限り、そして本土の湾港を空中投下機雷で封鎖していけば、これまでの通商破壊戦と相まって、南方資源地帯からの資源還送が絶たれる日本の破滅は確定事項である……。

 ナーバスになっておられる大統領閣下に向け、キングは理論整然と説いた。


「そうであるが故に、我々自身の手で、日本の息の根を止めなければなりません」


 そう締め括ったキングに対し、その場にいる他の同席者たち――陸海軍最高司令官付参謀長、ウィリアム・リーヒ元帥、陸軍航空軍司令官ヘンリー・アーノルド元帥が首肯している。陸軍参謀総長ジョージ・マーシャル元帥は、少し思案げな顔つきで見守っていた。

 トルーマンが口を開いた。


「つまり、貴官はこう言いたい訳だね。『我が国は例え実情はどうであろうと、諸外国から《アメリカは日本に苦戦しているからロシア人の手を借りた》と思われるような真似をしてはならない』と」

「仰るとおりです。太平洋戦線でかの島国をここまで追い詰めたのは他ならぬ我が国です。それを、我が国が苦しい時は日本との間に何も関わりのなかったソビエトが、今になって利権を漁りまわるのを手助けしてやる必要はどこにもありません。ロシア人向けの対日参戦用レンドリースなど、オペレーション・アイスバーグの進捗促進のために振り向けるべきでしょう」


 我が意を得たりとばかりに頷いたキングへ、それまで黙っていたマーシャル元帥が異論を述べた。


「しかし、現実問題として、これ以上我が国の将兵の犠牲は避けねばならん。レイテと沖縄で陸海合わせて一八万人近い戦死者を出している。そしてこの数は今後さらに増える事が決まっているのだ。若者の命を失わせないために、ロシア人を利用するのは理に適っている」


 マーシャルの主張は、つまるところロシア人を対日戦の捨て駒として扱うべきという理屈で、政府内、議会共に一定数の支持を得ている考え方であり、確かに魅力的な案ではあった。民主主義国家アメリカにおいては、戦死者を一人でも少なくするプランはそれだけで傾聴に値する。


「私はこの結末の見えている戦争だけを考えているのではない。日本打倒後の世界秩序をも見通している。我が国があの強欲なロシア人と対峙し続ける場所をこれ以上増やすべきではない」


 キングの反論にマーシャルが再び何か言おうとしたところで、トルーマンが右手で制した。


「貴官たちの意見はよく理解した。この場で結論を出す案件ではないが、早急に態度を明確にすべきであると私は思う。閣僚たちの意見も聴取した上で、ここ数日内には結論を出そう」


 トルーマン自身は、彼が反共主義者である分ソビエトに対して元から不信感を抱いているため、その意味ではキングの考えに近い。だが、大統領に昇格して日の浅い彼は、戦争指導上これ以上マイナスの結果を生み出したくないのも偽らざる事実だった。前任者と比べ何もかも不足すると考えられていたトルーマンは、議会の声を押さえ込める程のあらゆる基盤が十分ではないのだ。

 四人の元帥たちが退出していった後、トルーマンは一人、チェアに身を預けて思慮深く考えこんだ。

 しばらしくして、彼はデスク上の電話機に手を掛け、内線ダイヤルを回した。トルーマンの知る限り最高の対日専門家、国務次官ジョセフ・グルーを呼ぶためだ。閣僚随一の知日家である彼なら、何か妙案を出せるかも知れなかった。


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