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波面は確実に艦体を飲み込もうとしている。上甲板に集う何人かの男たちは、昨晩からの目の回るような乱戦と、そのさなかにこのフネを襲った一撃から立ち直るべく懸命の復旧作業に当たっていたため、誰もが皆疲労困憊の極みにあった。
南半球の強烈な陽射しは天頂をだいぶ過ぎている。右舷に傾いだ艦体のあらゆる箇所に刻まれた弾痕の数々を、水平線へ向かい始めた太陽がにぶく照らしている。
一人の男が何かを喚いている。周りの者たちはそれを聞きつつも、叫び続ける男にジリジリと近づいていく。
(待ってくれ)
男がなおも言い立てている。もう、艦首は波で洗われている。早く退艦せねば、三万トンを超える戦艦が生み出す強烈な乱流に呑まれてしまう。
だが、男はこのフネから脱するつもりはない。帝国海軍軍人として、このフネの艦長として、自分はここで一生を終わらせなければならない義務がある。男は心からそう信じていた。
(俺をここで死なせてくれ)
だが、集っている者たちも、この艦長をここで失う訳にはいかないと固く誓っている。彼らの艦長は、将来は聯合艦隊司令長官の椅子さえ狙える程の海軍の逸材なのだ。
次の瞬間。男の身体は周りの者たちに羽交い締めにされ、横付けしていたカッターに運ばれていく。
(やめろ、やめるんだ)
男を乗せたカッターは、ゆっくりとフネから離れていく。
(後生だ、俺を、俺を戻してくれ。俺を卑怯者にさせないでくれ)
男の乗っていたフネが、遠ざかっていく。穴だらけになった艦橋、僅かに仰角をかけ水平線を睨む主砲、飴細工のように捻じ曲がり、引き千切られた高角砲や機銃を載せたフネが……かつて三度に渡り栄誉ある御召艦の重責を担ったあのフネが、永遠の向こうへと消えていく。
男は手を伸ばし、絶叫した。男の視線の先にあるフネへ――二度と手の届かぬ先へ薄れていく戦艦へ。
呉鎮守府に間借りしている一室で西田正雄予備大佐は目が覚めた。
ぐっしょりと湿った敷き布団の不快さが肌を蝕んでいる。
「くそっ」
肌着まで汗を吸って、ひどく着心地が悪い。それに、口の中が真夏に江田島の兵学校で走らされた候補生の時みたいにざらついている。彼は壁に立て掛けられている時計を見た。午前五時二〇分。
西田は布団から起き上がり、肌着から全部着替えると、顔を洗うべく部屋を出た。
彼の立場ならば、わざわざ鎮守府内の施設に泊まらなくとも、呉市内に家を借りる事くらい容易いはずだった。しかし西田は、自艦の修理が完了するまでは鎮守府内で生活する様式を、かれこれ二ヶ月も貫いていた。戦艦に再び乗る機会を得た事がその理由である。彼は一秒でも多く、自分の預かる艦の近くに居たかった。
西田正雄予備大佐がレイテ沖海戦の傷が癒えぬ戦艦「扶桑」艦長に就任したのは二月二五日だった。上海に居を構える第二五六航空隊の司令だった西田は、自分の元に届いた辞令を読んだあの日の事を今でも忘れられない。生き恥を晒している自分に汚名返上の機会を与えてくれた海軍の温情に、彼は思わず落涙したものだ。
梅雨入り間近の蒸し暑さを打ち消すには、あまりそぐわない温度の水で頭を冷やした西田は、動悸を抑えるべく数度深呼吸を行う。
鏡に映る西田の風貌は、ここ二年以上にわたって彼がどんな精神衛生状態で日々を過ごして来たかを物語る顔として、眼前に示されている。
「扶桑」艦長就任を知った時の喜びも、今やすっかり萎んでしまっていた。
日本帝国固有の領土たる沖縄へアメリカ軍が上陸を始めたのは三日前、六月一日。
帝国陸海軍は天一号作戦を発動させ、沖縄に集う上陸船団を撃滅し、レイテ沖海戦の栄光をもう一度現出させるための最後の準備を終わらせようとしている。
その舞台に、西田の「扶桑」の居場所はない。彼女は未だ呉工廠のドックに入っている。レイテ沖海戦時に受けた幾多の至近弾で水線下の装甲に歪みが生じており、その取り換え工事を行っているのだ。
「扶桑」がドックから出られるのは半月後の予定だが、アメリカ軍の沖縄侵攻が始まってしまった以上、工期がさらに延びるのはほぼ間違いない。西田は、この度の天一号作戦が、捷一号作戦のように上手くいくものとは少しも思えなかった。
その天一号作戦を概観すれば、悪天候を利用して、スプルーアンスの機動部隊からの空襲を受けずに沖縄へ接近し、上陸船団及び陸上部隊を撃滅する、というものになる。
何の事はない、捷一号作戦と天一号作戦は、敵機動部隊の対策しか変更していないのだ。しかも作戦立案時は捷一号作戦と同じく、生き残りの雲龍型空母三隻と「隼鷹」「龍鳳」で囮機動部隊を編成し、敵機動部隊を誘致牽引する案だったのだから、何をか言わんやである。悪天候を利用する案に切り替えられたのは、アメリカ軍の侵攻開始日が南西諸島沖における台風シーズンと重なり、航空戦に不向きな状況を狙いやすくなる目算が立ったからに過ぎない。
そしておあつらえ向きに、台湾、フィリピン、九州の各気象班は、六月四日から五日にかけ、沖縄から九州沖にかけて台風が接近、通過する見込みとの予報を伝えた。
これにより大本営は天一号作戦発動を下令すると共に、一航戦及び三航戦の作戦参加を取り止めた。敵の航空機が使用出来ない環境は、味方の航空機も同じである。それならば以後の作戦に投入すべき、という常識的な判断だった。
※ ※ ※
駆逐艦長職は海軍内のあらゆる部署の中でも特に激務として知られている。巡洋艦以上の艦とは違い、人員の少なさから艦長一人が行わねばならない業務が山ほどあるためだ。ましてや戦時と来れば、駆逐艦が基本的に消耗品である事も加わって、艦長には精神及び肉体への凄まじい疲労がのしかかる。そのため、今で言うところの過労死となって白木の箱で還ってくる事さえある。そこまでいかなくとも、身体を悪くして艦を降りなければならなくなる中堅佐官たちは多い。
工藤俊作中佐が昨年の一一月頃から気管支炎を患い療養していたのも、彼が「雷」と「響」の駆逐艦長を勤めていた事と無縁ではない。任期中の大半をドックで過ごしていた「響」はともかく、「雷」駆逐艦長時代は香港から南方各地、果てはアッツ・キスカへと文字通り北も南も駆け回った彼の肉体が悲鳴を上げたのだ。
てっきりこのまま待命となって現役から身を退くものとばかり思っていた工藤だったが、帝国海軍はこの叩き上げの水雷屋を未だ手放すつもりはなかった。体調回復までは横須賀鎮守府附で特定の職務を付けず療養させた後、三月から海軍水雷学校の教官職を拝命し教鞭を執っていた。
日々潮っ気が抜けていく自分に少々の不満はあったが、さりとて不平を他人に漏らすような事は決してせず、開戦前に砲術学校教官をやった以来の教育職に慣れてきた矢先、工藤の内心を誰かが見透かしたかのような突然の辞令が舞い込んできた。
慌ただしく後任に事務を引き継ぎ、最低限の身の回り品を鞄に詰め込んだ工藤は、一八〇サンチ超えの堂々たる体格を二等列車に押し込んで、一路西へ西へと向かった。彼の新たな任地は、広島県呉市にある海軍工廠のドックの中にあった。
「ご苦労」
横須賀を出発してから丸二日経った六月四日。呉鎮守府庁舎内の一室で、工藤は目の前の上官へ着任報告を行った。
俐発だが頑固そうな人というのが、工藤の、西田正雄予備大佐に対する第一印象だった。
「本来なら、君を『扶桑』艦内で出迎えたかったんだがね」
従兵に茶の用意を命じながら、西田が自嘲気味に言った。上官に掛けるよう促され、工藤は腰を下ろす。
「『扶桑』は最低でも半月はドック内だ。レイテで至近弾を手荒くもらった右舷後部の装甲がひどく歪んでしまってる。もうちょい後ろの方だったら、舵をやられてたかも知れん箇所だ。運の良いフネだよ」
西田の最後の言葉が、工藤には違った意味で聞こえた。羨望とも、嫉妬とも取れる、そんな意味に。
工藤の耳にも、自身の艦長がどういう経歴の人物なのかは入ってきていた。将来の聯合艦隊司令長官と目されていたエリート士官。ガダルカナル島へ二匹目の泥鰌を取りに行かされ、その失敗の詰め腹を切らされた士官。
脳裏に過ぎった雑念を押し隠すように、ため息混じりで工藤が言った。
「レイテから七ヶ月も経っとりますが、未だ修理中とは」
「レイテで中破した『大和』と『武蔵』を優先して修理しただけで、他艦を治す余裕がなくなった。それぐらいぼろぼろだ。その大和型二ハイも、今日の午後、沖縄へ往くことになったよ」
「沖縄ですか。まあ、本艦が今無理して出て行っても、そんな状態でこの時期なら、第四艦隊事件のような事になるやも知れません」
努めて明るく言った工藤に対し、西田は巌のような顔を引きつらせた。ああ、駆逐艦乗り流の冗句は好まない人かと、工藤は一瞬思ったが、艦長は気分を害したのではなかった。彼は笑っていたのだ。
「本当に、運の良いフネだ」
本心から、西田はそう思っていた。かつて、山本五十六が「大和」の艦長として自分を呼ぶつもりだった事を彼は知っている。その帝国海軍最強の戦艦が死地に赴こうとしているこの瞬間、自分は帝国海軍で一番戦力価値を認められていなかった戦艦の艦長として、何も出来ないでいる。
それが西田には、たまらなく可笑しかった。
この日の午後三時、戦艦「大和」に将旗を掲げた伊藤整一中将指揮の第二艦隊は呉・柱島泊地を出撃した。彼らは翌五日午後七時にアメリカ軍上陸地である沖縄・読谷沖合に進出し、以後は同地、嘉手納など、手の届く範囲を手当たり次第に艦砲射撃していき、夜明け前に沖縄から離脱し帰投する事を命ぜられていた。
戦艦「大和」「武蔵」「長門」
重巡「羽黒」「鳥海」
軽巡「矢矧」
駆逐艦「初霜」「朝霜」「霞」「磯風」「浜風」「浦風」「雪風」「島風」「涼月」「若月」
以上、戦艦三隻、重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦一〇隻、合計一六隻の水上艦隊が、腹に一杯の燃料と弾薬を仕舞い込み、風雨の強くなり始めた瀬戸内に別れを告げ、鉄の暴風に晒されている沖縄本島へ赴いて往った。
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