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9話  仲間が集まればどんな窮地にも道が開けると言っても過言ではない

 魔王の屋敷では、魔物達が緊急会議を開いていた。ダイニングにある大理石のテーブルを囲うように、八体の魔物が座っている。


「魔王様はどこに行ったんだってんだっ! 草女と電撃小僧を助けに行くってクソ面倒クセーときによっ!」


 シャルールンは興奮のあまり、体温が八百度を超え、身体が青くなっていた。


「シャルールン、落ち着いて! 体温を下げてちょうだいっ! 屋敷が火事になっちゃうわ!」


 リキッドが手の平から放水を浴びせるも、焼け石に水、シャルールンの身体に触れる前に蒸発していった。


「リキッド、水をかけるのをやめて。部屋の中がサウナみたいになっているから」


 ティーアは三つの額に汗を浮かべていた。六本の腕で団扇を闇雲に扇いでいる。


 熱さに強いボーデンとマルモアは、我関せずといった態度で、机に置かれたペンダントを見ながら、物思いに耽っているようだ。


 魔王が姿を消した。そして、ペンダントが置いてあった。


 この意味を、全ての魔物は知っている。知っているからこそ、苛立ったり、慌てたり、思考に耽ったりと、平常心を保てずにいた。魔物の中では才知に長けるシャルムとメディスンも例外ではない。


「いい加減にせい。テーブルが熔けてしまうだろう」


 シャルムが苛立ったように魔力を操り、シャルールンの動きと熱を強制的に抑えた。その隙に、メディスンは荒っぽくシャルールンに鎮静剤を注射する。


 シャルールンは、肌の色が人間と同じ色に戻り、すやすやと眠った。


「静かになったな」


 メディスンは窓を開けて煙草に火をつけた。夜中の風が室内の熱気をさらっていく。数回短く吸うと、すぐに煙草を消した。


「これからの動きを話し合おう」


 メディスンは新たな煙草に火をつけた。


「これからって言ってもだな……」


 ボーデンは魔王の置いていったペンダントを見つめたまま、黙ってしまった。12個の透明な鎖で出来た、装飾のないペンダントだ。


  ボーデンの言いたいことは、皆が理解していた。それでも、メディスンは敢えて口に出した。


「じっとしいても目の前の問題は解決しない。始めようじゃないか……人間と、戦争を。これまでとは違う、本気の戦争だ」


 今までも、幾多の戦闘はあった。勇者の数が増えるのに比例して、戦闘の数は増えていき、ここ五十年ほどは毎日休みなく勇者達の相手をしてきた。


 勇者達からしてみれば、どれもが命懸けの戦いである。一人を除いて、全ての勇者は「魔物は人間を殺さない」という事実を知らない、もとい受け入れられないでいるからだ。


 人間が一生をかけて鍛練し身に付ける戦闘技術も、それらが応酬される戦闘も、魔物達からしてみれば「勇者ごっこ」と変わらないのである。水鉄砲を持った子供が屈強なレスラーを相手に戯れてくるようなもので、魔物としては遊び疲れることはあっても、命を脅かされる程のことはなかった。


 現在の十大勇者が現れるまでは。


 いつの時代も、天才と騒がれる勇者は存在した。確かに彼らは魔物と対等に戦えるだけの力やセンスを持っていたが、魔物に致命傷を与えることはできなかった。


 テニスに例えるなら、トッププロと真剣にラリーはできても、自らはポイントを決め切れないようなものである。一見すると対等な試合をしているように見えても、勝つことは不可能な実力差が確固として存在していた。


 しかし、現十大勇者達は違った。これまではひと時代に一人、多くても三人程度だった天才達を、軽く上回る怪物のような猛者達なのである。それが、同時に十人も集まった。


「八百年以上生きているセシルは例外としても、これだけの実力者が集まった時代は今までなかった。一対一ならば、まだ私達が負けることはないかもしれないが、十大勇者を複数人同時に相手をするとなると、負ける可能性は否めない」


 玩具の剣しか持っていなかった「勇者ごっこ」に、本物の刃が紛れてきたのだ。メディスンは一同を見渡す。皆、真剣な目で頷いた。普段はチャラけているマルモアも真面目な顔をしている。メディスンは続けた。


「前回の城での敗因は、相手が周到な作戦を仕掛けてきたのに対し、私達は好き勝手に動いたことだ。今まではミスを犯しても力技で幾らでも挽回できた。その油断があったのだろう。だが、後手に回ってばかりではもう勝てないんだ」


 魔物達は改めてペンダントに視線を向けた。


 そのとき、魔王を探しに行っていたノーライトが帰ってきた。「ただいま」と元気のない声で、一同に加わった。


「その声だと、魔王様は見つからなかったのだな」


 シャルムの言葉に、ノーライトは力なく頷いた。夜中の闇を利用して屋敷の周囲を捜索していたのだが、魔王の姿も魔力の痕跡さえも、なかったらしい。


「ということは、もうひとつの問題も確定したわけだ」


 メディスンは、溜め息のように長く煙を吐いた。


 魔王は千年前から一時も欠かさずペンダントを身に付けていた。世界に一つしかないそのペンダントは、十二体の魔物達が作った物である。魔王の強大過ぎる魔力を抑えるために。


 千年ぶりに、魔王は力を解放させた。


 ティーアが三つの顔で、九体になった魔物達を見て、おどおどと言った。


「ねえ、その、魔王様を探しに、あの、止めに行かなくても、いいの?」


「……俺達が、ペンダントを外した魔王様を止められると思うか?」


 ボーデンは、上目遣いで睨むように、問い返した。

 

「……無理、かな……いや、出来るよ……と思う……だって、千年前にも止めることが出来たんだもん。……ねぇ、出来るよね? メディスン」


「申し訳ないが、私達だけで止めるのは難しいだろう。千年前は十二体いてギリギリ成功したんだ」


 皆の脳裏に千年前の記憶が過ったのだろう。漂い出した悲痛な空気を払うように、メディスンは言葉を続けた。


「仮に、この場にビブラシオンがいたとしても、シュトームとオリーブがいないのでは、やはり難しいだろうな」


 メディスンの落ち着いた声に、ティーアは六つの肩を落とした。


「……じゃあ、魔王様が、人間を、滅ぼすのを黙って見ているしかないの? 魔王様は王都の城に行っていたんだよ!」


 通りすがりの少年の身体を借りて得た体験を、ティーアは感情的に語った。


「――ティーアが今話してくれたことを信じていない訳じゃないが、その情報について今は検討している時間はない。それに魔王様の暴走を無視するとは、言っていない。十体で無理なら、十二体集まればいいんだ」


「でも、シュトームとオリーブは王都に捕まっていていないんだよ。魔王様が王都に向かったのかはわからないけど、このタイミングでいなくなったのって、千年前と同じってことじゃないの?……僕が見たのも絶対に魔王様だったし……僕達が助け出すよりも、魔王様が王都を滅ぼすほうが早いよ。既に、王都に着いているかもしれないじゃないか」


 メディスンは黙った。頭の中で様々な仮説を立て、検証と選択を繰り返していく。


 数秒後。魔物達が見守るなか、メディスンは徐に口を開いた。


「……直面している問題は二つだ。シュトームとオリーブの救出。それと、魔王様の捜索及び暴走の抑制だ」


 メディスンは一同を見て、異論がないのを認めてから、続けた。


「救出のほうは時間との勝負だ。オリーブの船がないから、全員が一緒にかつ処刑の時間までに王都に行く手段がない」


 メディスンとシャルム、それとマルモアは長距離の移動が遅く、普通に移動していては確実に間に合わない。かといって、十大勇者が待ち受けているであろう王都に他の七体だけで向かうのは危険が大き過ぎた。


 ティーアが三本の手を同時に上げた。


「僕の、渡り鳥の帰還、で渡り鳥の村まで皆で行けばいいんじゃない? どこにいても三十分で着けるから」


 渡り鳥の村は、季節が変わると移動する習慣がある。今は、冒険の地の最西端にあった。王都の北、人間の足でも五十日ほどの距離である。


「そうだな。先ずは、全員で渡り鳥の村まで移動しよう。そこからなら、移動の早いシャルールンやリキッド達は二日で王都まで行けるだろう」


「……メディスンやシャルムはどうするんだ?」


 ボーデンの問いに、メディスンはニヤリと笑った。


「私とシャルム、マルモアは……そうだな、あとティーアも来てもらって、一足先に王都へ潜入しようと思う。情報はあるに越したことはないから」


「……いや、そうじゃなくて、どうやって王都まで行くんだ? お前達が普通に移動していたら、渡り鳥の村からでも処刑には間に合わないぞ」


「それなんだよ。私がずっと考えていたことは。でも、決めた。飛んでいくことにしよう」


「飛んでいく、だと? お前達は、飛べないだろうが……どういう意味だ?」


「文字通りの意味だ」


 メディスンは、簡潔に設計図を書いて説明した。


 マルモアに鉄製の飛行機を作ってもらい、リキッドに液体燃料を精製してもらって、シャルールンが点火し、巨大化したボーデンが投げ飛ばす。


「飛行体勢に入ったら、シャルムの魔力で出力や風を操作してもらえば、王都までひとっ飛びだ」


「着陸はどうするのよ?」


 リキッドが鋭く問う。


「幾らでも方法はある。着陸地点にシャルムのバリアを斜めに張ってその上を滑るように着地すれば、地面に激突することはないだろうし、まあ、その場で上手くやるさ」


「それから」とメディスンは肩を落としているノーライトに顔を向けた。


「ノーライトは、すぐに出発して王都に潜入しといてくれ。今から急げば、日が昇るまでには王都に着けるだろ?」


「……夜明けまではまだあるし、闇の中を目一杯移動すれば朝までには着けると思う。けど、王都に着いたら、どうすればいいんだ? 俺だけで戦えって言うのか?」


「いや、戦闘は避けてくれ。見つからないように、王都を調べてほしいんだ。まずは、魔王様が王都にいるか確認してくれ。魔王様の魔力を感じなかったら、次にシュトーム達が捕らわれている場所を探してくれ」


「了解。魔力を抑えて影のなかに潜んでいれば、楽勝だ。……それで、魔王様がいたときはどうすればいい?」


 メディスンはシャルムに目を向けた。シャルムは長く白い顎髭を揺らして立ち上がると、別室から銀色の輪の束を持って戻ってきた。


「それは何?」


 ティーアが興味深そうに訊いた。他の魔物達も、疑問と好奇心の混ざった視線を送っている。


「これは、腕輪だ」


 シャルムは、銀色の腕輪を一同に配った。全員が手にしたところで、説明を始める。


「この腕輪は、私達の魔力を動力として動き、離れた相手とも会話ができるのだ。通話距離の限度は、丁度王都の直径ぐらいだから、これを身につけていれば王都のどこにいても情報を交換することが可能なのだ。魔力稼働携帯通話腕輪、とでも名付けようかの」


「ま、まりょく、かどう、けいたいつうわ、うでわ?……長いし語呂が悪いから、ケータイでいいんじゃない」


 マルモアが腕輪を装着しながら提案した。皆が賛同し、魔力稼働携帯通話腕輪はケータイと呼ばれることとなった。


「こんな物をいつ作ったんだ?」


 ボーデンは、腕に光るケータイを眺めながら、訊いた。ケータイは、ボーデンの太い腕にも、リキッドの細い腕にもピッタリと嵌まっている。リキッドが腕を液状に変化させても、ケータイも液状となり取れることはなかった。


「前回の失敗、シュトームとオリーブが拐われた直後に、メディスンから相談されてな。バラバラに動く仲間同士でその都度連絡を取り合ういい方法はないか、とな。それで、昨日のうちにちょちょいと作っておいたのだ。メディスンの持っていた、魔力を凝固させる薬を使って、ワシの組んだ魔術式を込めた魔力をリング状に固定したのだ。形態変化しても取れないから、存分に戦うことができるぞ」


「と、いうことだ」メディスンはノーライトに頷きかけた。「魔王様を見つけたり、シュトーム達の居場所がわかったら、ケータイを使って情報を回してくれ」


「了解!」


 ノーライトの元気な声を合図に、シャルールンを除いた全員が立ち上がった。


「よし。ペンダントを解放したら、出発しよう」


 メディスンは魔王様の置いていった――魔王様の巨大な魔力を抑えていた程、強力な魔力を秘めたペンダントを手に取って、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。


 透明な鎖の一つが弾け、漆黒の玉が現れた。


 ――処刑の前日。


 メディスンは、 悲愴の面持ちをしたシゲマサに向けて、手を差し伸べた。


 シゲマサと握手を交わした直後、メディスンの腕のケータイからノーライトの声が聞こえてきた。


「城に魔王様がいるぞっ!」


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