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6話  投げた石を投げ返されるのは戦いの常識だと言っても過言ではない

これまでに登場した魔物達。(属性)

Ⅰ(大地)ファースト・ボーデン

Ⅱ(闇)セカンド・ノーライト

Ⅲ(液体)サード・リキッド

Ⅴ(植物)フィフス・オリーブ

Ⅵ(熱)シックスス・シャルールン

Ⅶ(電気)セブンス・シュトーム

Ⅷ(動物)エイトス・ティーア

Ⅸ(金属)ナインス・マルモア

Ⅹ(魔力)テンス・シャルム

ⅩⅠ(毒)イレブンス・メディスン

ⅩⅡ( )トゥエルブス・ビブラシオン


 世界は、大いなる海と、幾つかの島、そして一つの大陸で出来ている。


 大陸は東西に長く、西の端から南に伸び、東の端から北に伸びた、pとdをくっつけたような形をしていた。南に伸びた大地――南の大地、の先端に王都があり、北に伸びた大地――北の大地、の根元辺りに魔王の屋敷があった。魔王の城は、屋敷から南下した大陸の東の端にある。


 南の大地以外の陸地を魔王軍が占領しているため、東西に長い大地は「冒険の地」と呼ばれていた。


 冒険の地は東西に歩くだけで、普通の人間だと百日はかかる距離があった。南と北の大地は、南北に五十日はかかる距離があり、人間の足だと王都から魔王の城まで歩いて行くのに百五十日以上かかるのである。


 魔物達は、冒険の地の中で好き勝手に、主に自分の属性に有利な地域に領地を作り、入ってきた勇者を丁寧に迎え撃っていた。


 生き物を司るティーアは山の中で凶暴な熊や巨大蝙蝠などの動物を統率し、鉄を司るマルモアは古城で人切りサーベルや動く鎧を操り、熱を司るシャルールンは砂漠で踊る炎や氷の戦士を作り出して、大地を司るボーデンはゴーレムを生み出すなど、使い魔を駆使して多すぎる勇者達の行く手を阻み、殺さない程度に戦っては、追い返すのだった。


 大多数の人間が勘違いをしているが、魔王と十二体の魔物は人間を殺さない。


 冒険の地で命を落とす勇者が多いのは事実だが、半数は弱ったところを肉食動物に襲われたり洞窟や樹海から出られなくなって餓死するなど自然による事故のようなものであり、残りの半数は同じ人間の手によって殺されていた。


 弱った勇者が身に付けている高価な装備類は、盗賊や冒険の地で生きる貧しい村人からしたら格好の獲物なのであった。


 ――殺しても魔物が罪を被ってくれる。


 彼らのその認識が、山菜を採取するかのように罪悪感もなく、勇者を殺して装備を略奪させるのだった。


 この事実は勇者が存在し始めた頃から変わらない。しかし、王都の人々は、自分と同じ人間が世界の平和のために戦っている勇者を殺しているという事実を受け入れることは、できないのである。それは、盲目的に縋ってきた常識を否定する事と同義だった。


 故に、王都にいる人間と冒険の地に住む人間の価値観は違う。勇者を餌食にする者達は魔物に感謝をして、王都の者達は魔物に対して、多くの同胞を殺され虐げられてきたという憎悪を抱くのだった。


 そんな王都の民に、歴史的な大ニュースが伝えられた。


 二体の魔物を生け捕りにした、と。


 ◆


 九体の魔物は魔王の屋敷に集まって、ティータイムを楽しんでいた。


「リキッドの淹れる紅茶は、いつ飲んでも美味しいね!」


 ノーライトは、実体を持った黒い手でカップを持ち上げ、満面の笑みをリキッドに向けた。


「ありがとう。ティーアがたくさん牛乳を送ってくれたからミルクティーにしてみたわ」


「……ねぇ~、サードぉ~、ミルクティーだったら、一緒にマフィンが食べたいなぁ~」


 魔王が甘えた声を上げた。


「魔王様は、さきほど朝御飯を召し上がったばかりじゃないですか。太りますよ」


 ぷうー、と魔王は頬を膨らませた。


「太らないもんっ!」


「朝から食パン一斤分のタマゴサンドを召し上がったんですよ。太ります」


「じゃあ、太ってもいいから~。ミルクティーだけじゃ物足りない~」


 魔王はバシバシとテーブルを叩いて、青い髪を振り乱し、駄々をこねる。


「……魔王様、メディスンに食欲が抑えられる薬を出してもらってはいかがですか?」


 シャルムの進言を、魔王は一蹴した。


「テンスの馬鹿! マフィンが食べたいのに食欲を抑えてどうするのよ! それならマフィンを出して欲しいの!」


 魔王に怒られてシャルムは首をすくめた。ボーデンが手を伸ばす。


「まあまあ、落ち着いてください、魔王様。リキッド、マフィンぐらい出して上げればいいじゃないか」


 ボーデンに見られたリキッドは「ボーデンは魔王様に甘過ぎるわ」とぼやきながら、キッチンへと向かった。


「わーい、ありがとう、サード! ファースト、優し~い~」


「おーい、リキッド。ついでに酒も持ってきてくれー」


 マルモアがキッチンに向かって叫ぶ。シャルールンが同調した。


「おっ! 俺も酒がいいや! 甘ったるい紅茶なんか飲んでらんねぇよ」


「じゃあ、俺はコーヒーを頼む! ブラックで!」


 メディスンが声を上げたとき、リキッドが戻ってきた。手にはマフィンが山積みにされた籠を持っている。


「ちょっと、わたしは召使いじゃないのよ。お酒やコーヒーが欲しかったら自分達でやってちょうだい」


 三体の魔物は顔を見合わせて、ぞろぞろとキッチンへと立った。


「いただき~す!」


 魔王は両手にマフィンを掴んで、次々と齧りつく。口の中をいっぱいにして至福な表情を浮かべた。


 そろそろと、ノーライトがマフィンに手を伸ばした。素早く、魔王はその手をはたく。魔王は籠を自分の前に引き寄せた。


「痛っ! 俺も食べたいのに、魔王様ばかりズルい!」


 魔王は、ブーブーと抗議するノーライトを無視して、マフィンを飲み込んでいく。


 見る見る無くなっていくマフィンを見て、ノーライトが魔力を高めた。実体を持っていた影の身体からもう一本の影が生え、手を形作って魔王に迫った。


「だぁ~めぇ~!」


 魔王はマフィンの籠を持つと、部屋中を逃げ回った。走りながらでも、マフィンを次々と口に入れていく。


「俺も食べたいって言ってるのにー! ちょうだい! ちょうだい!」


 ノーライトはテーブルに突っ伏して泣いていたが、生み出した影の手は魔王を追って縦横無尽に動き回る。


 ボーデンとリキッドが「いい加減にしなさい」と怒鳴る、寸前、別の魔物が叫んだ。


「いい加減にしてよっ!」


 ティーアが悲鳴のような甲高い声を上げた。六つの手でテーブルを叩いて立ち上がる。部屋の中に、時間が止まったような静寂が張り詰めた。


 涙を流しながら、グスン、グスン、とティーアが鼻を啜る。


 キッチンへ行っていたマルモアとシャルールンが戻ってきて、部屋を埋める気まずい空気に、首をかしげた。


「……これは、何があったの? なんで、魔王様はマフィンを立ったまま食べてて、ティーアは泣いてんの?」


 ビール瓶を持ったマルモアが、誰にともなく訊ねる。シャルールンは、テキーラをラッパ飲みして、炎の拳を上げた。


「……とりあえず、泣き虫ティーアをぶっ飛ばしとくか?」


「やめろ、シャルールン。余計なことはするな」


 ボーデンが呆れた声でシャルールンを嗜めた。


「急にどうしたんじゃ、ティーア? ほれ、座ってミルクティーを飲んで、落ち着きなさい」


 シャルムがティーアの肩を擦り座らせる。リキッドが新しいミルクティーを淹れて、ティーアの前に置いた。


「ほらティーア、新しい紅茶よ。元気出して」


 ティーアは涙を拭いながらをミルクティーゆっくり飲むと、気分が落ち着いてきたのか、小声で話した。


「どうして、みんなは、そんなに、いつも通りなの……平気なの? 仲間が捕まったんだよ?」


 ティーアは正面の顔をミルクティーに落としながら、左右の二つの顔で上目遣いに全員の顔を伺った。ボーデンとリキッドは困ったような顔をしていて、シャルムは目を閉じて白くて長い顎鬚を撫で、マルモアは欠伸をし、シャルールンはテキーラを飲み、ノーライトはマフィンを睨んでいて、魔王はマフィンを美味しそうに食べていた。


 そこに、コーヒーを飲みながらメディスンが戻ってきた。


「平気じゃないさ。平気じゃないから、皆が持ち場を離れて、こうして屋敷に集まっているんだ」


 セシル達の襲撃を受けた昨夜。城にいた魔物達は、マルモアとシャルールン、メディスンを自由にすると屋敷へと急行した。姿を見せなかったビブラシオンを除いた五体の魔物達は、魔王と他の魔物がいる屋敷へ昼前に着いたのだった。


「そうよ。仲間が捕まって平気なわけがないでしょ」リキッドがティーアに微笑みかけた。


「平気じゃないが、深刻になっても解決する問題じゃない」ボーデンが腕を組む。


「まずは、冷静になるのが大切じゃよ」シャルムはわざとらしく大きく深呼吸をしてみせた。


「捕まった草女と電撃小僧が馬鹿なんだよ」シャルールンが卑しく笑う。


「真っ先に捕まったのは、シャルールンと俺だけどね」マルモアが声を上げて笑う。シャルールンの炎の拳が、マルモアの鉄の頬を殴った。


「まずは落ち着いて、今後の対策を考えようじゃないか。オリーブもシュトームも、きっと大丈夫だ」


 メディスンは煙草に火をつけて、両腕を広げた。


「……そ、そうだよね。取り乱しちゃって、ごめんなさい」


「おい、エイトス。これでも食べて元気を出しなさい」


 魔王は腰に手を当て、部活の先輩が落ち込む後輩を励ますかのように、ティーアにマフィンをひとつ差し出した。ティーアは涙の痕のある頬を上げて、受け取った。


「えぇ~、なんでティーアにはあげるのに、俺にはくれないの~! 魔王様の性格ブスっ! ブス魔王! どブスっ! ペチャパイっ!」


 ノーライトの罵声に、魔王は青い髪を逆立てた。


「お~い、セカンド、だぁ~れぇ~がぁ~、ブスでペチャパイだってえー!」


 シャー、と奇声を上げて、魔王はノーライトに飛びかかった。影になって逃げるノーライトを捕まえ、馬乗りになると、ぽかぽかと殴った。


 ボーデンとリキッドとシャルムは呆れ顔で、マルモアとシャルールンは腹を抱えて、メディスンは煙草を咥えながら、笑った。ティーアも、マフィンを食べながら、戯れ合う魔王とノーライトを大らかな表情で眺めた。


 魔王の五千歳の誕生日を祝って以来、五十年ぶりに集まった魔王と魔物達は、束の間の休息を楽しんでいた。


 その日の夜。メディスンが屋敷のテラスで煙草を味わっていると、ボーデンとリキッドが現れた。


「メディスン。ちょっとばかり、話してもいいか?」


 メディスンは、座っていたベンチの端によって、二人を座らせた。


「なんの話だ……と、聞くまでもないよな。オリーブとシュトームが捕まった話だろ」


「そうだ。急襲されたとはいえ、七体も魔物がいたというのにたった二人の勇者に惨敗だった……」


「正確に言えば、五体だ。俺と魔力の切れていたシュトームは頭数に入れなくてもいいだろう。それに、単細胞のシャルールンとマルモアがトラップに捕まらなければ、問題なく撃退できていた」


「しかし、あの馬鹿二体が突っ走るのも計算してのトラップだったのは間違いない。やはり、セシル達の計画通りに俺達は敗れたんだ」


「否定はしない。戦闘において、これといった弱点のないシャルールンとマルモアを行動不能にしたいと思うのは当然だからな」


「あのときビブラシオンの雄叫びがなければ、俺もやられていたかもしれない……」


「わたしはその場にいなかったからわからないけど、セシルとジェリルは、ボーデンでも敵わないほど強くなったの?」


「いや、例えセシルとジェリルを同時に相手にしても、ボーデンは負けない」


 メディスンが力強く言い切った。ボーデンが、はっとした顔を上げる。


「しかし、実際に俺達は負けたぞ……俺は、セシルを仕留めることもできなかった……」


「ボーデンが倒されたわけではない。セシルは明らかに時間稼ぎをしていた。防御に徹してボーデンを足止めしていたんだ。だから、倒すのにてこずったとしても、セシルが俺達よりも強くなったわけじゃないし、ボーデンが弱くなったわけじゃない」


「……そうか。少し安心した」


「それよりも、俺とオリーブが不用心に城の外に出たのがいけなかった。おとなしく城の中にいれば、ジェリルに狙い撃ちされる事もなかったし、マルモアだけでもトラップから回避させることができただろう。俺が軽率だった。すまん」


「メディスン、頭を上げて。わたしの悪ふざけで、屋敷にいたシャルムを瀕死に追い込んじゃったのもいけなかったわ。シャルムがいれば、魔法使いなんて、それこそジェリルだって目じゃないもの」


「それもそうだが……まぁ、反省会はこのへんにしてもいいんじゃないか? 過ぎてしまった時間を戻すことは、今はもうできないから」


 メディスンは吸っていた煙をゆっくりと吐いた。夜風に流される紫煙は、時間の流れを表すように三体の前から離れていく。煙は戻ってこない。過去には戻れないように。


「……そういえば、謎の二人組はどうなったの? ノーライトがやられちゃった奴」


 リキッドがボーデンとメディスンの顔を交互に見た。ボーデンの記憶玉で確認した限り、セシルと同等、もしかしたら十大勇者よりも厄介な存在に思えた。


「まだ確かなことはわからないが――」


 とメディスンが話を始めたとき、一頭の馬が三体の魔物の前に駆けてきた。ボーデンが立ち上がり、岩でできた馬の使い魔を宥めた。馬の口から、紙の束を取り上げる。


「王都新聞の今朝の朝刊だ!」


 ボーデンは、リキッドとメディスンの目の前に新聞紙を広げた。


「いつからボーデンの使い魔は新聞配達の仕事を始めたの?」


 リキッドが冗談半分に驚いてみせた。


「いや、何者かが城に持ってきた新聞を届けてくれただけだ」


 ボーデン不在の城は、数体の使い魔を残し、シャルールンの炎で障壁を作って、人間が入れないようにしている。何か城に異変があれば使い魔が報せてくれることになっていた。


「夜中に朝刊を届けるんじゃ、新聞配達員として失格だけどな」


 皮肉を言いながら、メディスンは受け取った新聞に目を落とした。見出しに「二体の魔物を生け捕りにした」とある。


 記事を読んだメディスンは、驚きのあまり、立ち上がった。自分の失態に気づき、メディスンの手は震えた。


「……メディスン、どうしたの? 何が書いてあったのよ?」


 リキッドが不安そうな目を向けた。


 メディスンは己を落ち着かせ、最大限に思考を回転させた。ボーデンとリキッドに、新聞の隅に書かれたセシルのサインを見せ、新聞が城に届いた経緯を説明した。


「憶測だが、城の近くにセシルの仲間が潜んでいたのだろう。その仲間の元へ、仲間への帰還を使って城に新聞を届けた。ビブラシオンが城の近くまで来たのに、城へは来なかったのはセシルの仲間の気配を感じ取ったからかもしれない」


「……まぁ、そういう具合だろうな。しかし、それは、なんだ、そんなに驚くことか?」


「いや、今のは私自身を落ち着かせるために口を動かせていたに過ぎないんだ」


 ふうー、と息を長く吐いて、メディスンは記事のある部分を指し示した。覗き込んだボーデンとリキッドが、絶句する。


 そこには、「五日後の正午に、二体の魔物を処刑する」と書かれていた。


「なによこれ! おふざけも甚だしいわ!」


「魔物を捕まえたからと、図に乗り過ぎだ! 五日もあればシュトームの魔力が回復して、人間など返り討ちだ!」


 リキッドとボーデンの憤りに水を指すように、メディスンは謝った。


「すまない。私のせいだ。五日あってもシュトームの魔力は回復しないんだ」


「……どういうことだ?」


「私は冒険の地のいたる所に毒の罠を設置した。体力を奪うものや、方向感覚を奪うものなど様々な効果の毒を仕掛けたんだ。最近、ある罠の毒を、何者かが採取している痕跡があった……」


「……まさか、その毒って……冗談でしょ、メディスン?」


「いや、それしか考えられない。人間達は、俺の私仕掛けた毒を集めていたんだ……魔力を奪う毒を!」


 三体の魔物は、仲間が処刑される現実に慌て、他の魔物達を呼び集めた。


 そのとき、屋敷に溢れていた魔王の魔力が、消えた。


 屋敷の中に魔王の姿はなく、魔王が肌身離さず持っていたペンダントだけが残されていた。

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