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5話  遅れて登場する者が場を制すると言っても過言ではない

 セシルは元々、王族専属の護衛軍で小隊長を勤めていた。セシルが二十歳のとき、約八百年前の話である。


 当時は、王都も城の周りに百軒ほどの民家や商店があるだけで、小さな町だった。


 護衛軍とはいえ、仕事はたまに現れる盗賊や凶暴な動物を退治するだけで、定期的にある少ない訓練以外は自堕落に過ごす者がほとんどあり、釣りや狩りを楽しむ者、一日中酒を飲む者など各々が好きに過ごしていた。


 そんな護衛軍の中で、セシルだけが毎日のように城の訓練所で剣を振っていた。


 ある時から、一人で訓練をしているセシルの姿を遠くから眺める老人がいた。


 老人は大きなローブで全身を隠し、髪も眉もない顔に眼球だけをギョロギョロと動かして、枯れ木のように立ったまま、一心不乱に剣を振るセシルを見ていた。


 セシルが汗を流している間も、王都では数人の者が「魔王を倒す!」と息巻いて旅立っていった。周囲は、勇敢な者、と彼らを称えたが、内心では、愚かな自殺志願者、と認識していた。魔王討伐から還ってきた者がいなかったからである。


 魔王討伐に行く者の多くが屈強で腕っぷしに自信のある、それゆえに傲慢で手に負えない、嫌われ者だった。嫌われているから誰も引き止める者がなく、むしろ邪魔者を追い出すために、周囲の人間が結託して魔王討伐を唆すのだった。


 魔王討伐が厄介払いの口実となっている世界でも、セシルは剣を振って己を鍛えた。そして、老人はその姿をじっと眺めていた。


 老人が現れてから一年が経った頃、セシルは初めて声をかけられた。


「お主は、何故に剣を振る?」


 老人の声は、見た目とは異なり、若々しいものだった。セシルは剣を下ろし、老人を見下ろした。


「剣を振るのに理由などを考えたことはございません。ただ、剣を振っていると落ち着くのです」


「落ち着く、と……お主は何に怯えておる」


「怯え? 私に怯えなどございません」


「では、剣を振っていないと落ち着かないのは何故だ?」


 セシルは、そんなことなど考えたこともなかった。はたと、私は何に怯えいるのだろう、と思考する。答えは出なかった。


 老人は、おもむろにセシルの腕に触れた。


「剣を置け」


 セシルは首を傾げながら、剣を足元に置いた。


「そのまま、剣を握っているイメージを持って、振ってみよ」


 セシルは眉間に皺を寄せて老人を見た。老人の真剣な視線に動かされ、構えを取る。


 私の手には剣がある、と意識を高め、腕を振った。


 次の瞬間、正面の土壁に切れ込みが入り、セシルは目を剥いた。


「……これは?」


 老人が、ギョロとセシルを仰ぎ見る。


「ふむ、まだまだだが、上出来じゃ」


「……御老公、これは、何が起きたのですか?」


「今のは、魔法というものじゃ」


「魔法……ですか……」


 老人は、魔王軍は魔法を使うことで人間を圧倒したこと、城で鍛練を積んだセシルの身体に魔法の力が宿ったこと、魔法を会得すれば魔物に勝てる可能性が高くなることを、セシルに説いた。


「――では、魔王を倒すことも可能なのですね?」


 老人がこくりと頷くのに、セシルは興奮を覚えた。


 それからのセシルは、老人から魔法の指導を受け、二十五歳の時に初めての魔王討伐の旅に出た。王都の住民に慕われていたセシルを引き止める者は多かったが、セシルは護衛軍の部下を数人連れて町を発った。


 三年後にセシルは還ってきた。一人だった。傷だらけのセシルは、部下の死を嘆き、唯一の生還者として称えされることを拒んだ。


 傷が癒え、更なる鍛練を積んだセシルは、再び旅立つ決意をする。


 出発の前日、セシルは初めて王と接見することとなった。


 王の座には、セシルに魔法を教えた老人が座っていた。


 このときから、セシルは最初の勇者として称えられ、魔王討伐に人生を捧げたのだった。


 ◆


「――邪魔な魔物達が各地からいなくなったから、どうしたのかと思ったら、城に集まってお茶会でもしてたのか? 俺様にも一杯頂けるかな?」


 窓枠に腰かけたセシルが肩をすくめる。魔王の城に集まった魔物達は、セシルに注目した。


「おい、セシルのオヤジよー、てめぇー、殺されに来たのか?」


 シャルールンが立ち上がった。熱を司るシャルールンは、マグマのように身体を熱くして、ぐつぐつと沸騰を始める。逃げるように、隣にいたオリーブが離れた。


「ちょっとシャルールン。わたしの近くで興奮するのは止めてっていつも言ってるでしょ。燃えちゃうじゃない」


 オリーブはシャルールンに向けて、蝿を払うように手を振った。


「うるせぇーんだよ! ひらひらと目障りな服を着やがって。てめぇーは邪魔だから消えてろ」


「言われなくても帰ります。単細胞の炎なんかで、燃えたくありませんからね」


 皆さんお先に失礼します、とお辞儀をして、オリーブは食堂から出ていった。


「なんだ? 仲間割れか? これは愉快だ」


 セシルが膝を叩いて、かっかっか、と笑う。


「殺すっ!」


 と、爆発したように飛び出したシャルールンを、床から生えた大きな手が握った。ボーデンは床に手を置いたまま、シャルールンを宥める。


「落ち着け、シャルールン」


「何しやがんだ、ボーデン! 離しやがれ! このオヤジを消し炭にしてやんだよ!」


「そう興奮するな。……セシル、何しに来た?」


 ボーデンはセシルを睨んだ。


「そんな怖い顔しないでくれよ、魔王様。八百年も戦ってきた仲じゃないか。それに、いくら俺様が強くっても、五体も同時に相手をしたら殺されちまうよ」


 セシルはおどけたように足を組んだ。戦闘をするつもりはないらしい。


 人間がボーデンを魔王だと勘違いしていることは、セシルであっても例外ではなかった。

 

「ぷぷ、セシルの奴、ボーデンに向かって魔王様だってさ。馬鹿みたい」


 シュトームは、小声でメディスンに笑いかけたが、メディスンの姿はなかった。食堂には、ボーデン、シャルールン、シュトーム、ティーア、マルモアの五体しかいない。


「人間に魔物だとバレたくなくて逃げたな、臆病なメディスン」


 シュトームがひとりで頬を膨らましていると、セシルが「おい、電撃小僧っ」と呼んだ。


「電撃小僧って呼ぶな! 僕は、シュトームだ!」


 シュトームは、さらに膨れた。


「今日は、俺の弟子が世話になったな」


「……弟子? 誰のこと?」


「ライオスだ。今日、小僧に焦がされた勇者だ」


「へぇ~、ライオス少年は、セシルの弟子だったんだ~。それにしては、弱っちかったよ」


「かっかっかっ、言ってくれるじゃないか。あれでも一番注目されてる新人なんだがなぁ」


 やれやれと首をすくめるセシルに、ティーアが震える声で訊ねた。


「……ねえ、セシル。君がここにいるってことは、ビブラシオンを倒してきたってこと、なの?」


「あ? あー、ビブラシオンね。あんな化け物に勝てるわけがないじゃないか。瀕死のライオスが飛んできたから、俺達も退散させてもらったよ」


 安心したか、とセシルはニヤリと微笑んだ。


「……世間話はその辺にしてもらおうか。セシル、目的を言え」


 ボーデンは床から煉瓦の槍を出して、セシルに向けた。


「おぉ~、魔王様はおっかないねぇ~。そう慌てないでくれよ。直に俺様は退散させてもらうからさ」


「目的を言え!」


「目的ねぇ~」


  セシルが間延びした声を出していると、ボーデンが手を開いて、シャルールンが飛び出した。ロケット花火の如くセシルに突進していく。


「死ねっ!」


 シャルールンの燃える拳がセシルの顔面を殴った。が、拳はセシルをすり抜けた。セシルの像がゆらゆらとブレて、ニヤリと笑いながら霧散していく。


「幻影魔法か!」


「下にいた!」


 ボーデンの叫びと、四階の窓から飛び出したシャルールンが同時に叫んだ。


 魔物達の動きは、様々だった。


 真っ先に窓から飛び降りたシャルールンにマルモアが続き、ボーデンは床に潜った。窓の近くでおろおろしているティーアを尻目に、 シュトームも雷になって窓から飛び出そうとしたが、魔力がなくて変形できなかった。


「……両腕を突き出してどうしたんだ?」


 ティーアが不思議そうな三対の目をシュトームに向けた。


「僕も格好良く飛び出したかったんだけど、魔力がなかった……テヘペロ」


 恥ずかしさを誤魔化すように、シュトームは窓から地上を伺った。


「……ねぇ、ティーア。シャルールンとマルモアが浮いているんだけど……なんかジタバタしていて、罠にかかったネズミみたいだね。ウケる!」


 けたけたと笑うシュトームの横で、ティーアの三つの顔が青ざめていった。


「あ、あれは、トラップ魔法の『完璧な監獄』だよ! 捕まった者は何があっても、一定時間は外部との接触を遮断されるんだ」


 ティーアは三つの視線を忙しなく動かした。シュトームも夜闇に目を凝らしたが、監獄に閉じ込められた二体のネズミしか見えなかった。


 城の前では、ボーデンが戦闘を始めたのか、地響きと破壊音がした。セシルは、下から飛び出す突起を跳ねるように避けながら、ボーデンの倍はある斬撃を軽々と飛ばしている。ボーデンは、岩石の壁を作っては斬撃を防いでいた。


 さすがはセシルと言うべきか、岩石地帯のボーデンを相手でも互角に渡り合っている。


 ふとシュトームは、地上を駆ける、二つの影を見つけた。こちらに向かってくる。


「ねえ、あれってオリーブと、横にいる奴は……誰だろう? ヘンテコな仮面とマントをつけているけど」


「あれは、オリーブとメディスンだよ。メディスンが正体を隠すために、オリーブの植物で仮面とマントを作ってもらったんだと思うよ」


 一つの顔で応じながら、ティーアは二つの顔を動かし続けていた。


「……ねえ、何を探しているの?」


 と、シュトームが訊ねた、そのとき、「いた!」とティーアが空に向かって叫んだ。


 同時に、オリーブ達のいる場所で大爆発が起きた。


 シュトーム達がいる四階の高さでも高熱を感じる規模の爆発は、夜空をも焼いて、爆煙が城を飲み込んだ。


「うわっ! 何も見えなくなった!」


 立ち昇る煙を手で払いながら、シュトームは咳き込んだ。


 この規模の爆発は、おそらく爆発系の上級魔法だろう。身体の硬いボーデンやマルモアだったら大したダメージを受けないが、植物のオリーブと人間と変わらないメディスンだと致命傷になりかねない威力だった。


「オリーブ! メディスーン!」


 と叫びながら、ティーアは窓を越えて煙の中へと飛び出していった。


 僕も、と窓枠を掴んだシュトームだったが、突風が吹いて身体が押し戻された。煙が晴れる。


 窓枠に区切られた夜空を、魔女が過った。


 箒に跨がった最強の魔法使いジェリルが、オリーブ達のいた場所に向かって滑降していく。


 ティーアはジェリルを探していたんだ、とシュトームは察した。セシルとジェリルが合同パーティーを組んでいると聞いたばかりだ。さっきの爆発魔法も煙を散らした風魔法も、シャルールンとマルモアが捕まっているトラップ魔法も、もしかしたらセシルにかけられていた幻影魔法までもが、ジェリルの魔法なのだろう。


 周りに動物のいない岩石地帯で、ティーアだけでジェリルの相手をするのは危険だ、とシュトームは窓から飛び降りた。


 落下の途中、捕らわれたシャルールンとマルモア、丸く大きな焦げた葉っぱの塊、ぐったりと倒れて動かないオリーブ、オリーブに近寄るティーア、ティーアに向けて杖を振るジェリル、が同時に視界に入ってきた。


 雷だったら一瞬で地上に着くのにと、もどかしくなるシュトームの眼下で、ジェリルの杖から炎の龍が生まれ上級火炎魔法「フレイムドラゴン」がティーアとオリーブを襲った。


「ティーア、オリーブ、危ない!」


 シュトームは叫んだ。魔力のない無力な自分に苛立った。


 真っ赤な龍が噛みつく寸前、ティーアが六本の腕でオリーブの身体をすっぽりと庇う。生き物を司るティーアも火を苦手としており、炎に包まれて悶えた。


 仲間の危機を察したボーデンが、魔力で岩石を砂に変え、砂の波をティーア達に被せた。炎の龍が砂に消えていく。


 セシルは、仲間を助けたボーデンに生じた隙を逃さなかった。水魔法の「縛れる水流」でボーデンの動きを止めた。一瞬とはいえ、水のない場所でボーデンを封じるだけの水魔法を扱えるのは、恐ろしい限りである。


 着地したシュトームは、砂に埋もれるオリーブ達を素通りし、焦げた葉っぱの塊へと走った。オリーブが作った葉っぱの防御壁を剥がしながら、シュトームは叫んだ。


「メディスン、起きてくれよ! 魔力を回復させる薬を僕にちょうだい!」


 メディスンを守る葉っぱの盾は素手で剥がすには強固すぎた。シュトームがメディスンを引きづり出し、メディスンの薬で回復する、のを待ってくれるほど敵は優しくはなかった。


「なんだ電撃小僧、お前は魔力を切らしていたのか?」


 シュトームの頭に、セシルが剣を突きつける。シュトームは両手を上げた。


「落ち着いてよ、セシル。僕達、八百年も戦ってきた仲だろ?」


「八百年間、ずーっと、お前達を根絶やしにすることを考えてきたんだ」


「八百年もかかったことを、あっさり達成したら勿体ないから、今までの旅を思い出して、感傷に浸って、じっくり噛み締めてみたらどうかな?」


「お前達から世界を取り返したら、そうさせてもらおう」


「別に世界は人間のものじゃないんだけど……」


「お前達、魔物のものでもない」


「正解、セシル! 世界は誰のものでもない」


 シュトームがセシルに苦笑を向けたとき、ビブラシオンの雄叫びが轟いた。空気が激しく振動し、その場にいた全ての者が動けなくなった。ボーデンを拘束していた水の鎖が、振動に耐えきれず、飛沫となって崩壊した。


 ジェリルとセシル、ボーデンが自分の身体の周りに魔力で作った防護壁を張る。魔力のないシュトームだけが、ビブラシオンの発する振動で動くことができないでいた。


 程なくして、雄叫びが止んだ。ビブラシオンの姿はまだ見えない。


 ボーデンが猛然と走ってくる。


「まずいわ、セシル。ビブラシオンが追いついてきたわ」


「そのようだね。君の剣士達だけで足止めしておくのは、これが限界かな。引き際だ」


 ジェリルがセシルの横まで降りてきて、二人は頷き合った。


「そうだ、さっさと帰った方が賢いよ。ビブラシオンは、きっと怒っているから」


 シュトームは危機の去る気配にほっと安堵した。束の間、セシルの手から光の輪が飛び出し、シュトームを縛った。


「小僧に魔力がないとは、土産には好都合だ」


 ボーデンのタックルを避けながら、セシルはシュトームを担いだ。


「え? 僕が土産なの? 可愛い女の子とかの方が喜ばれると思うよ」


「そう心配しなくても大丈夫よ。可愛い女の子も一緒に連れていってあげるから」


 ジェリルが杖を振ると、気絶しているオリーブの身体にも光の輪が巻きつき、浮いた。セシルがジェリルの箒に飛び乗る。


 ボーデンが岩石の弓を雨のように放った。


 ジェリルの箒は、シュンシュンと機敏に動き躱していく。


「四人もいたら、重量オーバーじゃない?」


「ジェリル、結界を張れ!」


 シュトームを無視して、セシルは叫んだ。ジェリルが結界呪文を唱えると、箒の周りに半透明の球体が現れた。


「じゃあな魔王様、また会おう!」


 セシルはボーデンに手を振ると、仲間への帰還、を唱え、球体は夜空の彼方へと飛んでいった。


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