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2話  仕事にストレスは付き物だが発散方法を誤ると命に関わると言っても過言ではない

 最果ての地と呼ばれる岩石地帯に、魔王の城はあった。


 正確には、魔王の城があるがために、人間達が最果ての地と呼んでいるのだが、さらに正確に言えば、魔王の魔物がいる城であり、人間が勝手に魔王がいると勘違いしているだけで、魔王はいないのだった。


 魔王は、余程のことがない限り、いや、余程のことがあったとしても、城を訪れることはない。なぜなら、城が可愛くない、と言って気に入っていないからである。


 動物が焼け爛れたような色の岩石が延々と続く平野に、古びた城が建っている。周りには草の一本も生えていない。周囲には常に卵が腐ったような臭いが立ち込めていた。


 くすんだ煉瓦を積み上げた城の中では、Ⅰの数字を持つ魔物ファースト・ボーデンが忙しなく働いていた。


 ボーデンが大部屋の中心で指揮者の如く腕を振ると、大理石の床の上を、三十体の小人サイズのゴーレム達がちょこまかと効率良く動き回る。


 粗削りの彫刻のような岩の肌を持った巨体のボーデンを中心にして、踊るように動く小さなゴーレム達は、人形劇のようにユニークであった。


 大地を司るボーデンは、様々な鉱石からゴーレムを造ることができ、そのゴーレムを意のままに操ることができた。


 今動いているのは、大理石から造ったマーブルゴーレムである。


 人間の大きさ以上なら、自律稼動させることもできるのだが、過大な魔力が必要なため、大量生産することができない。


 大部屋にはオリーブが精製した上質な紙が膨大に積まれ、床にも散乱している。紙の上に乗った小ゴーレム達が、ボーデンの指示のもと一心不乱に報告事項を書き連ねていた。


「おーい、ボーデン! 追加の仕事だぞ」


 Ⅸの数字を持つ魔物ナインス・マルモアが、新たな戦況情報を持ってきた。逆三角形の鉄の身体は磨かれた光沢があり、スキンヘッドが照明を反射する。


「おい! まだあるのかよ! 多すぎるぞ!」


 ボーデンは地響きするような怒声を出した。


「しょうがないだろ。勇者の数が多すぎて、あちこちで戦闘が起きているんだから」


 マルモアはどこか楽しそうな声を返す。


 年々勇者が率いるパーティーの数が増え、絶えず各地で戦闘が起きていた。魔王へ提出する報告書を作るだけでも大仕事である。


「大体、魔王様はこの報告書を読まれているのか?」


 少女のような外見の魔王を思い浮かべて、ボーデンは辟易した声を出した。


「十中八九、読んでおられないだろうな」


 マルモアは苦笑混じりに答え、「だが」と続ける。


「報告書が届かなくなったら魔王様は機嫌を損ねるだろうな。わたしへの忠誠心がない、と喚いて、更なる面倒が起きるな」


「確かにな……おい、ぼーっと見ているんだったら、マルモアも手伝ってくれ。お前が使う動く鎧だったら同時に五十体ぐらい動かせるだろ」


「俺の鎧は戦闘専門だからな。文字を書くとか細かいことは無理だ。人間を切るのなら手伝えるんだが、……すまんな」


 マルモアは、戦闘の情報が入った記憶玉をボーデンに投げ寄越すと、脱兎のごとく去っていった。


「おい! ……くそ、逃げやがって」


 ボーデンは受け取ったボーリング玉のような鉄の記憶玉を丸呑みた。眼の奥で各戦闘の映像が再生される。映像を文章に起こすため、ゴーレム達を操り続けた。


「……それにしても、シャルムのやつは早く帰ってこないのか」


 本来、報告書を書く仕事はシャルムの仕事である。魔力を司る魔物のシャルムだけが、映像を見て文章にするような面倒な作業をすっ飛ばして、記憶玉を変換させるだけで文章を念書できるのだ。


 三日前、報告書を届けるはずだったマルモアが戦闘中だったため、シャルムが代わりに届けることになってしまったのがいけなかったのだ、とボーデンは後悔していた。


 魔王に城を任せられている二体の魔物、ボーデンとⅡの数字を持つ魔物のセカンド・ノーライトは、城を離れることができない。そのためか、人間はボーデンが魔王だと認識している、という可笑しなことになっていた。


 マルモアが戦闘に出てしまうと、動ける者がシャルムしかいなくなってしまう状況に、タイミング悪く攻めてきた勇者に対してもボーデンの苛立ちは及んだ。


 タイミングの悪い勇者達は、戦闘好きのマルモアが丁重に、それでいて執拗に弄んで始末したが、その戦闘で仕事がひとつ増えただけでもボーデンは腹立たしさを覚えた。


「……早く帰ってきてくれ、シャルム」


 ボーデンの願いも虚しく、ちょうどそのとき、魔王の怒りが爆発して、シャルムは死にかけていたのだった。


 ――唐突に、城中の天井を闇が這った。


「敵襲だっ!」


 ノーライトの声が城内に響いた。


 闇を司るノーライトは、影を広げることで声を飛ばすことができる。そのため、監視と伝達を担っていた。


「敵は五人組。装備からして勇者、剣士、魔法使いが一人ずつ。他二人は村人……なのか?」


「……お前が聞くのかよ! 知らねぇーよ!」


 ズッコケながらも、ボーデンは大部屋を飛び出した。指揮者を失ったゴーレム達が、ぴたりと動きを止める。


「村人の二人は、弱そうだな。ぷぷぷ」


「笑ってる場合か! てか、村人がパーティーにいるのは可笑しいだろ!」


「マルモア、大階段の前で待機だ! 十分後に来るぞ! 遅れたら、今夜のデザートは僕がいただくからな! ……てか、今夜はデザートが出るのかよ! ひゃっほーい!」


「真面目に仕事をしろ! それと、今日はデザートはない!」


 こちらの声はノーライトに届いていないと知っていながら、ボーデンはツッコまずにはいられなかった。


「えーっと、どうせ、やいやい口うるさく喚いているであろうボーデンは、ちゃんと仕事をしてくださーい。仕事しないと、デザートは没収でーす」


「お前の頭はデザートでいっぱいか!」


 ボーデンは煉瓦の廊下に、飛び込んだ。ボーデンの身体は煉瓦と一体になり、床、天井、壁をプールのように泳いでいく。


 勇者達が移動する振動を感知して、ボーデンは床から這い上がった。


「……うわ! なんだよ、ボーデン。急に湧いて出てくるなよ」


 マルモアが驚きの声を上げた。


「今回は、俺にやらせてくれ」


「なんで? ボーデンは仕事が山のようにあるじゃないか」


「……もう限界なんだ」


「なにが?」


「来たぞ」


「なにが?」


 勇者達が扉を開いて、階段の間に入ってきた。


「いいから、マルモアは下がっていてくれ」


「なにがいいの?」


 突然遭遇した魔王と思い込んでいるボーデンを見て、勇者達は緊張を高めた。


 若い勇者は、人間が作った最高級の装備を身につけていた。構えた剣に魔力を込めていく。


 最後尾にいる魔法使いが、中級防御魔法「バリアル」を唱えた。


 剣士の周りに七色に光る透明な壁が生まれる。


 勇者が、風魔法と剣技を組み合わせた飛ぶ斬撃を放つと、同時に剣士が斬りかかた。


 迎え撃とうとするマルモアを制して、ボーデンは大きく息を吸うと、あらん限りの声で叫んだ。


「俺は、ストレスが溜まって爆発寸前なんだあぁぁぁ!」


 ボーデンの心からの叫びは、衝撃波を生み、勇者の斬撃を打ちした。


「ぐわぁっ!」


 剣士が怯んだ。完全に動きが止まっている。


 ボーデンは階段に両手を当てた。階段の素材である大理石を取り込んで両腕を倍加させると、剣士を掴み上げた。


 バリアルがボーデンの手から剣士を守ったのは零コンマ一秒だけだった。硝細工のように呆気なく砕けた。


 ボーデンは、剣士をタオルか何かのように振り回した。剣士が握っていた剣や被っていた兜が、飛び散る。


「俺は……」


 ボーデンが勇者のパーティーを睨んだ。


 勇者達は、恐怖を浮かべ、完全に戦意を喪失しているようだった。逃げる力さえも恐怖に飲み込まれているらしい。


「俺はな……」


 ボーデンは左足を踏み出し、肩を大きく回して、腕を振った。


「俺はな、もう書類仕事なんかしたくないんだよおぉぉぉ!」


 ボーデンの鬱憤と共に剣士が放たれた。豪速球の如く飛ばされた剣士は、勇者、魔法使いに激突し、壁を突き破って城の外、はるか彼方の空まで飛んでいった。


「おぉ~、ナイスショット!」


 マルモアがカンカンと拍手する。金属を司る魔物のマルモアは金属の身体をしているので、鐘が鳴っているようだ。


「はぁ~、スッキリだ!」


 ボーデンは表情を弛緩させ、手に吸収した大理石を階段に戻した。


「ところで、今夜のデザートって何かな? 楽しみだな~」


「今夜の飯当番は俺だが、デザートはないぞ」


「えー、ないのかよ」


 ボーデンとマルモアが談笑していると、階段の間を闇が包んだ。


「おい! 敵襲だ!」


 ノーライトの切羽詰まった声が響く。


「こいつは何を慌てているんだ? 今さっき、俺が勇者達を星にしてやったよな?」


「そうだな」


「……新手ってことか?」


 二体の魔物は首を傾げた。


「――ヤバい……やつらは、違ったんだ! くそ、騙された! ボーデンたち、早く上に来てくれ……俺だけじゃ、捕らえられんかもしれない」


 ノーライトの声から緊迫した状況を察知した二体の魔物は、即座に動いた。マルモアは階段を駆け上がり、ボーデンは床から城と同化する。


 ノーライトの闇が城内を隈無く包んだ。


「……やつらは、秘宝の間に向かってるぞ! 急げ!」


 ボーデンは城壁を泳ぎ、三階に急いだ。途中、城内を凄い速さで移動する、二組の足音を感知した。秘宝の間へと向かっている。


 こいつらか、とボーデンは速度を上げた。煉瓦の中を進みながら、疑問が浮かぶ。


 ――やつらは、どこから現れ、何者なんだ?


 ボーデンが、秘宝の間まであと僅かという距離まで迫ったとき、ノーライトの気配が秘宝の間の前に出現した。影を伝って移動していたらしく、実体が現れるまで気配を感じなかった。


 ほとんど同時に敵の足音も秘宝の間に到着した。


 刹那。


「ぎやあぁぁぁー!!」


 ノーライトの叫び声が城全体を震わせた。


 一瞬遅れて、ボーデンが秘宝の間がある廊下にたどり着く。


 城内を包んでいたノーライトの闇は無くなっていた。


 巨大な人の形をした影が、腰から真っ二つになるところだった。崩れるノーライトの後ろに、村人風の人間が二人立っていた。


 大柄な者の背後に、子供のように小柄な者がいる。二人とも目深にフードを被っていて、性別も表情もわからない。


 大きい方の人間の手には、真っ白に発光する短剣が握られていた。


 ――俺は馬鹿だった!


 ボーデンが己を悔いた、その一瞬をついて、大きい方の人間が床を蹴った。


 雑念を一蹴したボーデンは、魔力を込めた両手を廊下に押し当てた。床じゅうから煉瓦の槍が突き上がる――はずだった。


 床に変化が起きない。


 ボーデンは焦った。


 その隙に、大きい方の人間がボーデンに襲いかかる。


 ボーデンは、身体を引いて横からの斬撃を躱す。相手の上半身を狙って魔力を込めた右手を振った。


 カウンターで当たるはずの右手を、相手は木の葉のように舞って避けた。


 空中で回転しながら、発光する短剣を振った。


 白い光の帯がボーデンの右腕を切断する。


 ボーデンの右腕が床に落ちた。


 着地した相手は、間髪入れず、ボーデンの首を刺した。


 ボーデンの意識が薄れていく。


 ――なぜだ? 何が起きているんだ?


 視界が暗転していく。


 そのとき、廊下の奥にマルモアの姿が見えた。


「引くぞ!」


 しゃがんでいた小さい方の人間が、短く叫んだ。


 マルモアは全身から刃を生やし戦闘体制に入ったが、二人の人間はマルモアを完全に無視して動いた。


 小さい方がボーデンに向かって駆けてくる。大きい方もボーデンの首から短剣を抜いた。


 ふと、ボーデンの意識が鮮明になっていく。


「ボーデン! しっかりしろ!」


 マルモアの声に、ボーデンは意識を完全に取り戻した。素早く振り返る。左手一本で、壁に魔力を送り込んだ。


 廊下を逃げていく二人に向かって、左の壁から無数の突起が襲いかかる。


 二人は、人間離れした速度で駆けながら、ボーデンの攻撃を軽々と避けると、突き当たりにある窓を蹴破った。


 城から出た二人を白鳥の形をした光が包む。白鳥がひとつ羽ばたくと、空の彼方へと飛んでいった。


「……逃げられたな」


 刃を収めたマルモアがボーデンの、横に来た。


「ああ、見事にやられた。あの光りは、渡り鳥の帰還、だ」


 渡り鳥の帰還は、渡り鳥の長に気に入られた者だけが使うことのできる、希少なアイテムである。空の下ならば場所を問わず使用可能で、どこにいても半刻で渡り鳥の村に帰ることができる代物だ。


 魔王の城から渡り鳥の村まではかなりの距離があり、追うことは不可能だった。


「……何者だったんだろうな?」


 マルモアの問いに、ボーデンは首を振った。


「……わからない。初めて見る技を使っていた。魔力が発動しなかったり、意識が遠退いたりしたんだ。……今思えば、階段の間で会った勇者達は、この城までたどり着けるレベルじゃなかった」


「確かに、弱すぎたな」


「それに、ノーライトは五人組だと言っていたのに、俺は三人を倒した時点で油断してしまった。……我ながら、情けない」


「倒したというか、ボーデンはストレスを発散していただけだったけどな。八つ当たりされた彼らが気の毒だな。同情しちゃうな」


 ボーデンは右腕をくっつけると、ノーライトに近づいた。


 ノーライトの核は無事だった。死んではいない。だが、動ける状態でもなかった。


 身体が闇であるノーライトを切ったことも、不可解だった。ノーライトに物理攻撃は効かないはずなのだ。


「おい、マルモア。ノーライトを魔王様の屋敷まで連れていってくれ」


 魔力で作った筒のケースにノーライトの核を入れ、マルモアに渡した。


「そうだ、俺の記憶玉も一緒に持っていってくれ。まだ屋敷にシャルムがいるかもしれないから」


 ボーデンは胸に手を入れ、記憶玉を取り出した。


 十二体の魔物達は、身体の中で魔力と記憶を混ぜることで、それぞれが司るものに応じた形の記憶玉を作ることができる。マルモアの場合は鉄球であり、ボーデンでは石の玉となる。


 記憶玉は、内包する記憶の量に比例して大きくなる特徴があった。


「……じゃあ、よろしく! 大至急で頼むぞ!」


 ボーデンは、城の前でマルモアを見送った。


「……さて、メディズンを呼ばなくては」


  ⅩⅠの数字を持つ魔物、イレブンス・メディズン。


 毒を司るメディズンは才知に長け、魔王軍の実質的な司令塔である。

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