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侵殖の妖精王≪フェアリーキング≫  作者: エイプ鈴木
第一章
9/105

おいでませ、妖精の世界へ⑦

お目に留めて頂きありがとうございます。


はい。皆様の予想通り、やっぱり出てきます。特殊な個体。




 おいでませ、妖精の世界へ⑦




『や、やった……ッ!』


『お見事です。流石は《幻世人》の……カツマサさんの力です』


『僕の……僕が……――――うわあッ!?』


 画面の中で恍惚と余韻に浸る勝征だったが、ゆっくりとそれを楽しむ暇はなかった。


 突如その身体が前後に大きく揺れる。新光が外の映像に目を移すと、そこには肩を引っ張られるようにして大きく後方によろめいている《ピカレスクコート》の姿があった。


『被弾、のようですが』


『ッ!? バリアっ、あ、あんじゃッ……ぐうっ!?』


 滞空している《ピカレスクコート》が、衝撃を受けて再び大きく揺れる。そして一秒足らずの間を置き、三度四度と新たな衝撃が《ピカレスクコート》と勝征を襲った。その手に握られていた槍の残骸も、その連続した攻撃に吹き飛ばされてしまった。


『なに……これっ……?』


 それは明らかに、種類の異なる攻撃だった。先程受けた楔型の銃弾とは違う。《ピカレスクコート》はその新たに襲いかかって来た攻撃の前に、多少なりともダメージを負っているようにも見えた。肩や腹や脚部、攻撃を受けたらしい部位にはヒビのような跡が出来ていた。


『《ピカレスクコート》の防御機能を貫通しての攻撃です。ともかく、不規則に動いて撹乱をして下さい。このままではダメージの蓄積に繋がってしまいます』


『か、貫通してるの……? こ、こいつ……強いってこと!?』


 戸惑いながらも、スーアの助言に従って勝征は《ピカレスクコート》を上下左右へと移動させる。虚空を壁のように蹴ってその反動を使う、鋭角的で素早い動きだった。


 画面でそれを見ている新光でさえ《ピカレスクコート》の残像を負うので精一杯なくらいなのだ。これならどんな攻撃だろうと、命中させることは困難に思える。


 ――だが。


『回避、できていない……?』


 スーアの顔色は、変わっていない。けれども、その雰囲気には明確な焦りと困惑が混じり始めている。それもその筈で、機敏な動きをしている最中でも《ピカレスクコート》には次々と攻撃が命中しているのだ。


 モニター越しの新光にとっても、今の状況は理解不能だった。《ピカレスクコート》へ面白いように攻撃が当たっている。しかもそれがどんな攻撃か分からず、攻撃を放ち続けている敵さえ確認できない。唯一救いどころと言えば、攻撃の威力は大したことないであろうということだけだった。


 もし一発一発が致命傷になるような威力だったら、状況はとうに終わっているに違いない。ひょっとしたらそれは《ピカレスクコート》の防御機能が優れている故かもしれなかったが。


 いずれにせよ、このままではやられてしまう。


 そんな思いを誰しもが抱き始めたその時、危機的状況に陥っても静観を決めていたエアレンヌが、ふと口を開いた。


「……スーア」


『――はい。エアレンヌ』


「いいよ、もう。トウドウ君に全部に任せなよ。慣らしは充分だろう?」


『しかし、そうすると感覚器官が直接に――』


「わかってるよ。でもさ、この状況だ。虎の子の《ピカレスクコート》にわざわざ重りを乗っけていたせいで負けるってのも、随分と後味が悪いじゃないか」


『……了解しました。エアレンヌ』


 スーアはそう返答すると、視線を勝征の方に戻す。


『……カツマサさん。今から《ピカレスクコート》の感覚器官を全て解放します』


『な、なにそれ……? パワーアップ、みたいな?』


 いいえ。と、スーアは首を振る。


『単純な出力向上ではありませんが、それを行うことによってカツマサさんの能力がよりダイレクトに反映されるようになります。……その代わり今までこちらで抑えていた痛みや衝撃等の負担が、カツマサさんに流れて来てしまうようになります』


 勝征はその淡々とした説明に、にやりと笑った。まるでそういうことを期待していたかのような、恍惚とした笑みだった。


『へっ……そ、それってシンクロ率が上がるってことでしょ……? そ、そういうのあるなら、は、早くやってよ!』


『了解しました、それでは。……弾道予測、射出軌道上の安全確認。落下傘装着確認。……それでは、ご武運をお祈りしています。――また後ほど、お会いましょう』


『……は?』


 ゴッ! という音が後方でした途端に、勝征の頬にすさまじい勢いの風が当たった。何事かと操縦席の後方を見遣ると、何故かそこからは《プリマ・シンフォニア》特有の緑色をした鮮やかな空が見えている。


 そう、スーアは操縦スペースから脱出……いや、飛び降りたのだった。その証拠に、さっきまでそこにあった筈の副操縦席と、何より彼女自身の姿がないのだ。


『へ……』


 勝征が驚きを口にする前に、外へと開いた穴が自動で戻って行く。そして何事も無かったかのように空間が閉じられると、操縦席の中に静寂が満たされていった。


「――スーアなら大丈夫だ」


 呆然とする勝征に、エアレンヌは落ち着き払った声を投げかける。


「それよりも、何か違和感に気がつかないかい?」


『い、違和感……? そんなの、スーアがいなくなったことくらいしか……』


 あ。と、勝征は魔の抜けた声で小さく呟いた。


「どうやら気付いたようだね、事実その通りだ。敵の攻撃はまだ続いている。でも《ピカレスクコート》はどうだい?」


 エアレンヌの言葉通りだった。


 敵の攻撃はどうやら続いているらしい。それを裏付けるかのように《ピカレスクコート》の周囲に展開されているバリアのような不可視領域に当たっているのか、先程から空中に奇妙な光の筋が何本も走っては消え、走っては消えている。……にも拘らず、今も空中で棒立ちになり動きを止めている《ピカレスクコート》の内部に、その攻撃の衝撃が伝わっているようには見えない。


 さっきとは違う。攻撃を完全に無効化しているのだった。


「分かるかい? これが制限を受けない、トウドウ・カツマサ君本来の力だ。だから、どうか心を落ち着けて欲しい。今のトウドウ君になら、敵の攻撃の正体を察知することだって可能な筈なのだから」


『い、今の僕……僕の、本当の、ちから……』


 徐に、勝征は目を瞑った。そして精神を研ぎ澄ませるかのように深呼吸をした。


 沈黙が、数秒だけ流れた。額や鼻の下に汗の粒を溜めながら、それでもゆっくりと呼吸をしているその様は、さながらサウナルームで無為なダイエットに励む中年男性のような滑稽なものに見える。


 けれどもこの時ばかりは、新光はそれを馬鹿にして見る事が出来なかった。


 やがて勝征のお世辞にも整ったとは言えない唇が、ねっとりと糸を引きながら開いた。


『わ、分かる……気がする……。と、遠くから。こ、こっちを撃ってる……の?』


「狙撃、か。回避困難の攻撃とは、さしずめ《魔弾の射手》だね」


 ふふ。と、勝征の口元が笑ったような気がした。


「ならば、後は自分を信じるだけだ。トウドウ君の思うようにやって欲しい。私は己を信じて行動する、トウドウ君を信じよう」


『わかっ、た……!』


 瞬間、《ピカレスクコート》は後脚を蹴りあげ、猛加速を駆ける。向かった先は、遥か地平の彼方。画面上でも、地平線としか言い表すことの出来ない超長距離の果てであった。


ここまでお付き合い頂きありがとうございます。


《魔弾の射手》との決着は次回に持ち越しです。

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