おいでませ、妖精の世界へ④
お目に留めて頂きありがとうございます。
これも定番、謎の敵から襲撃を受けてしまいます。
おいでませ、妖精の世界へ④
それは立ち上がっていたすずかが床に転んでしまう程に激しく、その衝撃の強さを物語るかのように、頭上のシャンデリアが嫌な軋みを放ちながら大きく弧を描く。
広間の各所に置いてあった観葉植物の鉢が呆気なく倒れ、テーブルの上のグラスも横倒しになる。同じようにどこかでガラス状の置物が落下でもしたのか、数か所でガラスが砕ける音も聞こえて来た。
「――スーア、何が起こっている!?」
揺れが収まった瞬間、エアレンヌは穏やかさの消えた声を広間一杯に張る。
『――敵の攻撃です、エアレンヌ。先程の大きな揺れは流れ弾が偶然着弾しただけのようですが……』
すると数秒経ってから、天井のどこかから動揺を微塵も感じさせないスーアの声が広間に響いて来る。どうやら新光が地下の隔離部屋で聞いたのと同じように、この部屋にも通信設備のようなものが設置されているらしい。
「この距離でかい!? 盗人どもめ……ッ、性懲りも無く」
『現在我々の《リヴォーク》部隊が応戦中ですが、状況は芳しくありません。対空攻撃があまり効果を発揮していないようです。被害状況は不明ですが、既に一部の市街地にも侵攻が確認されています。私は如何致しましょう、エアレンヌ』
「対空攻撃、だと? ――そうか、そういうことか。……ならばスーア、残念ながら食事作成は中断。なんせ相手が相手だ。アレの使用を許可するので、君も直ちに出撃してくれ。ただ、出撃後は待機。位置はここの直上だ」
『真上……ですか。しかしアレは私でも動かすのがやっと……』
「構わない。イレギュラーだが、致し方ない。上手く運べばお慰み、だ」
『……了解しました。その通りに致します』
「うん、頼んだ」
エアレンヌは天井に向けていた視線を、ゆっくりと下ろす。そこには状況も分からずにオロオロとするしかない新光たち《幻世人》が居た。
「――君達《幻世人》に、頼みがある。本当はゆっくりと説明をしてやりたかったが……状況が状況だ。恥を忍んで言わせてもらうよ」
浅く呼吸をし、エアレンヌは言った。
「今この地は、敵の襲撃を受けている。緊急事態と言う事だ。そこで君達には、戦いをやって欲しい」
「は? て、敵? ……は? 戦う? 俺らが?」
引き攣った笑いの加久に、エアレンヌは至極真剣な眼差しを返した。
「その通り。敵を撃退してくれまいか」
「ま、まさか……それが私たちをこんな所に『招いた』理由だっていうの!? 勝手に呼んでおいてそれを戦わせるって、どんだけ恥知らずなの!? 馬鹿じゃないのッ!」
腰が抜けているのか、尻餅をついたままの体勢ですずかが罵倒する。その声は激しさが前面に押し出されたものだったが、どこか涙交じりのようにも聞こえた。
流石にこの時ばかりは、新光も彼女を馬鹿には出来ない。まるで同じ気持ちだった。
「俺らは、鉄砲玉ってことなのかよ……ッ!」
「返す言葉も無い。ただ、鉄砲玉じゃあない。君達《幻世人》には非常に優れた素養があるんだ。これを見て欲しい。――スーア!」
『了解しました、エアレンヌ』
その声と同時に、大広間に一筋の光が差した。その光を追うように上を見ると、今までぴったりと閉じていた天井が徐々に割れて開いて行く。
そして徐々にその身を広げる緑空の中を割る様にして、巨大な『何か』が姿を現す。
西洋甲冑――。
新光は、真っ先にそんな感想を抱いた。いつかやったロールプレイングゲームで見たような、鎧の上半身。そこには顔があり、バイザーのようになっている発光体があり、首があり、左右二本の腕があり胴体がある。肩の部分からは銀の装飾が施された青地のマントがあり、それが風に吹かれてゆったりとはためいてもいた。
そんな十数メートルはあろうかという謎の物体が、この屋敷の屋根のさらに上からこちらを見下ろしているのだった。
「な――」
呆気にとられる一同をお構いなしに、エアレンヌはさらに言葉を重ねる。
「これは《リヴォーク》という。《幻世》で言う所の戦車のようなものだと考えて欲しい。我々は主にこのような名称の兵器に乗り込んで戦いをしている訳だけれども――」
『――私達《妖精》では、《リヴォーク》の力を満足に引き出すことが出来ません。ですが貴方達《幻世人》であれば、それが可能なのです』
頭上の《リヴォーク》とやらから、スーアの声が降ってくる。雰囲気から察するに、彼女が《リヴォーク》とやらの内部から、これを操縦しているのだろう。
「《リヴォーク》だかなんだか知らないけどさ……これで戦えってんだろ!? 戦いって、殺し合いなんだろ!? もしやられたら…………死ぬんだろ……?」
「ナリゴマ・アラミツ君、残念ながらその通りだよ。そこを否定することは、君達に対して嘘をつくことになってしまう。――だけど、だからこそ君達には真実を言う。《幻世人》が乗って真価を発揮した《リヴォーク》は私達が操縦した場合とは段違いに強力だ。だから生存確率は相当に高い。だから――」
『危険です、伏せてください』
エアレンヌとスーアの声が入り混じった瞬間、再び衝撃が屋敷全体を包み込む。先程よりは弱い揺れであったが、それでも屋敷の置かれている現状に説得力を持たせるのは十分な出来事だった。
「きゃああっ!?」
「ほ、ほ、は、ほッ、本当に襲われてるぅ!?」
「うっせえデブッ! つーかなんだよこれ、マジヤベーんじゃねーのっ!」
オロオロと取り乱す勝征に蹴りを入れつつも、加久も動揺を隠せてない。新光だって何をすればいいのか分からないのだ。揺れに対して倒れないよう抵抗するので精一杯だった。
『直撃ではありませんが、屋敷付近に着弾があった模様です。……エアレンヌ、応戦中の部隊から既に防衛ラインを抜かれたとの報告が』
「抜かれた、だと? 成程、この進行速度の速さ……十中八九、あの盗人どもは粗悪品の量産に成功したのだろうね。まったく、盗人猛々しいとはまさにこの事か」
軽く歯を軋ませながら、エアレンヌは苦言を放つ。そしてスーアにより報告された現状を静かに受け止めると、再び新光達《幻世人》の方へと向き直った。
「………もう時間がない。恐らくだが、敵の戦力は我々《妖精》では太刀打ち出来ない。このまま何もしないでは、無事でいられる保証はなくなってしまう」
そこで一息を。そしてエアレンヌは右の人差し指を、ゆっくりと立て掲げる。
「――――一人だ。サポートもする。たった一人だけで良いんだ。正真正銘の《幻世人》が一人居れば、《リヴォーク》で戦えば、それだけでこの戦局は覆せる。だから、頼む。協力してほしい」
深々と頭を下げるエアレンヌだったが、新光たち四人は個々に無表情を見合わせるだけで、協力の姿勢を見せる者はいない。
「……そ、そんな風にしたところで! だって戦えば死ぬかもしれないし、戦わなくても死ぬだなんて、そんな無茶苦茶な話ッ」
『無茶苦茶ではありません』
半ば叫びと化しているすずかの声に冷静に割り込んできたのは、スーアだった。
『貴方達の《ブリッヂ》から計測されたデータに基づきますと、現状この中で最も《リヴォーク》への適性があるのは……トウドウ・カツマサさんです』
「へふぇっ!? ぼ、僕ぅ!?」
ぶるんと、勝征の体表に波紋が奔る。
『はい。あくまで確率論になりますが……もし貴方がこの《リヴォーク》に搭乗し、予想され得る戦力と戦闘を行った場合、その勝率は九割九分八厘強となっています。もっとも、今居る《幻世人》四名の内誰が戦闘を行っても、勝率は八割以上ありますが』
スーアの言葉に、勝征は全身の肉を揺らしながら明らかに焦りを見せる。逆に新光と加久は、意味深に視線を絡ませた。そこにさっきまでの混乱はなく、まるで解決の糸口を確認して同意し合ったような、スムースな意思疎通が感じられた。
――そして。
「……やれよ、カマ」
まず切り出したのは、新光だった。
すると加久もその言葉に便乗する。
「そうだ、やれよ。お前が一番センスあるんだってさ。喜ばしいことじゃねえか」
「ちょ、ちょっとあなた達!? 自分が何言ってるか分かってんの!?」
はぁ。と、新光はワザとらしく溜息をついた。
「んなモン、じゅーぶん分かってるっての……。ってか副会長さんよ、アンタこそ状況分かってる? 誰かがやんなきゃ全滅する。やらなくても全滅する。じゃあやるしかない。それで一番可能性高いのが藤道勝征クンなんだよ。それならその勝征クンに任せるのが合理的な選択ってヤツなんじゃねーの?」
「まっ、そうだな。それが一番妥当な選択だな。うん、俺も新光の意見に賛成だ」
「で、でもあなた達はどうせ……!」
「――じゃあ何だ! 一番可能性の高い勝征クンを後生大事に温存しておいて、死ぬ確率の高い自分が出張ってくれるっていうの? 生徒会副会長さんよォ!?」
新光は含みたっぷりに言いながら、すずかへと詰め寄って行った。
「それはっ……! それとこれとは!」
鋭く硬い目つきで敵意を叩きつけるすずかを馬鹿にするかのように、新光はやたらと首を大きく振って頷く。
「うんうん、うんうんうんうん。分かるよ、すっげーわかる。良い子出来る子の副会長さんはアレだ、俺らが普段から勝征クンをイジってるって知ってるから、そんであんまいい印象しないんだろ? 分かるよ分かる、もんのすっげー分かる。……じゃあさ、一度冷静になってこう考えてみようよ。俺らと勝征くんが全くの無関係。ノータッチ。見ず知らずの他人だったとして、その場合はどう選択すれば皆の安全がより確保出来るのかな?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべる新光に、すずかは無言で犬歯を剥き出して睨み返すことしか出来なかった。
「……そうだね、そうだよね。誰だってそーする、俺もそ―する。別に悪いことでも何でもないさ。一番可能性が高い方を選んだんだから、すげー合理的な選択ってヤツ。誰が見ても文句のない判断だろ? 非難なんか出やしないし、っつーか出せるはずがねー」
新光は立ちつくしながら拳と肩をプルプルと揺らしているすずかを尻目に、いつの間にか泣きそうな顔で汗びっしょりになっていた勝征の下へと歩んで行く。
「な、成駒君……? 浦和君も……?」
そして加久と合流し勝征の肩にそれぞれポンと手を置くと、お互いに憎たらしいくらいの表情で勝征に笑いかけたのだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
新光、とんでもねぇゲスな奴っ。そう思って頂けたのなら本望です。
万が一、このお話辺りで『ちょっとおもしろいかも』なんて感じてくれちゃった日には、誉れであります。至上の喜びであります。お赤飯炊きます。
ぶっちゃけこのシーンがやりたかっただけといっても過言ではありますん。