おいでませ、妖精の世界へ③
お目に留めて頂きありがとうございます。
異世界召喚モノにはもれなくついてくるであろう、自分達の立ち位置を示される回です。
おいでませ、妖精の世界へ③
一通り挨拶が終わると、四人の《幻世人》はダイニングテーブルにて食事を行う運びとなった。最後に食事をしてからどれだけの時間が経っているのかは不明だけれども、それなりに空腹ではあった。食事をすることに対して誰も文句を言わない所を見るに、皆腹の具合は似たり寄ったりなのだろうか。
いつの間にかクラシカルなメイド服に着替えていたスーアがファミリーレストランよろしく、水やお手拭きと一緒にメニューをそれぞれのテーブルの前に置いて行った。ただ通い慣れた飲食店と違うのは、メニュー本の幅が国語辞典並みにぶ厚く、またグラスで出された飲料水がやはり外で見たそれと同じくピンク色をしていることだった。
「ささっ、君達は《幻世》からの客人なんだ。そこに書いてあるものだったら、どれでも好きな料理を食べてくれて構わないよ。もちろん、対応できる限りは細かな味のアレンジも受けて立とう!」
「その前に、ちょっと良いですか?」
律儀にも手を上げて発言したのは、元副会長の玖瑰すずかであった。
「なんだい? マイカイ・スズカ君」
「その《ゲンセ》って、私はてっきり現在の世界、『現世』という言い方だと思ったんですけど、実際は幻の世界という意味での『幻世』という言葉だそうですね。さっきスーアさんに伺いました」
「そうだね。しかしそれが何か?」
「いえ……ちょっと変だなって」
「変じゃないさ。私達にとって、今こうして存在している《プリマ・シンフォニア》が世界の全てなんだ。スズカ君の言い方に倣うと、こちらが幻でない『現世』ということだね」
あぁ。と、すずかは短い声を上げた。
「夢や幻じゃない……ってことですか」
幻世。確かに自分達に置き替えれば、異世界なんて夢や幻のようなものだ。となれば、逆にこの《プリマ・シンフォニア》から見た自分達の世界もまた異世界……幻のようなものと言える。
(しっかし見た目通りと言うか、細かい事気にするねぇアイツも……)
新光は重量感のあるメニューをテーブルに広げ、目の前の真面目なやりとりから逃げるようにパラパラと流し見ていた。するとどうだろう、その内容たるや、カップラーメンから見知ったポピュラーな料理、希少な食材を使ったものから、さらには聞いたことない民族料理らしきモノまで、古今東西様々な料理がそこには記載されていた。
おまけに同じ料理でも色々と種類があるようで、例えばカレーならカレーで牛丼屋のカレーから蕎麦屋のカレー、カレー専門チェーン店のカレーから、変わり種である熊やイノシシのカレー。さらには使用するものにエビやカニを始めとする高級食材がずらりと並んだカレーまで、ページにして三十ページ程が全てカレーの項目であった。
……いやはや。一体どうやって作り分けるのだろうか、こんな量のメニューを。っていうかそれ以前に、なんで異世界の料理やその詳しい文字表記をお前ら《妖精》さんが当たり前のように熟知しているんだ。
そんな素朴な疑問を禁じ得なかったが、ともかく食えと言われたからには何かオーダーしなければ話が進まない。ここは変に気取るよりも、食べ慣れた料理を注文するのがベターなのではないだろうか。さっきのページのことではないが、初見の店ではとりあえずカレー食っとけ……みたいなものである。
「じゃあ、俺はこのビッグマグナムバーガーとオメガフライドポテトを。あ、それととコーラ付けてくれる? 俺、知覚過敏だから氷抜きで」
きっと同じ結論に行き着いたのだろう。真っ先にオーダーしたのは、加久だった。しかし、これで大分頼み易くなった。流石だぜ加久さんよ。と、新光は素直に感服する。
「したら、俺はゴッドテリヤキバーガーとホットメルトチーズバーガー。それとポテト。飲み物コーラで」
「……私は普通のハンバーガーと、アイスティーをお願いします」
なんだこの副会長、結局こっちと同じ方針にするのかよ。なんだかんだ偉そうに言ったところで、随分と主体性がないんでちゅねー。
と、そんな視線で見ていた事に気が付いたのか、すずかはその硬質な目つきで新光を睨み返してきた。もちろん、新光はすかさずに視線を逸らす。
「ぼ、僕は牛丼の並と豚丼の並と、お、親子丼……あ、お、親子丼は量半分で、お願いしま。あっ、の、飲み物はブラックな烏龍茶2リットル用意してもらえたら……」
そしてこのアーマードファッテストスーツ装備の肉塊、無駄に目を輝かせてないで少しは空気読め。そして存分に自重しやがれ。そのハーフ親子丼は自重したうちに入らないからな? どんだけブラック烏龍茶飲んでも、脂肪の吸収はゼロにならないからな?
「よし、全部承った。それじゃあスーア、ゲストを満足させる逸品をよろしく」
「……はい、了解しました」
スーアはぺこりと一礼すると、辞書のようなメニューをひょいひょいと回収しテーブルを離れた。一冊だけメニューを残してあるのは、多分追加注文用だろう。どこまでファミレス染みた応対をするのだろうか。
そんな風に広間を去って行くスーアの背中を目で追いながら、ふと加久が疑問を口にする。
「……えっと、エアレンヌさんだっけ? 俺らの注文した料理って、さっきのスーアちゃんが全部作るの? けっこー大変じゃない?」
「ふふ、そう気を遣わずに。私の事はエアレンヌ、と呼び捨てにして頂いて構わないよ。そして質問に質問を返すようで悪いけど……ウラワ・カク君はそれを知ってどうするつもりだい?」
「へ? ……いや、あの分厚いメニューの全部が作れるんだったら、そりゃあもう良い嫁になるだろうなって……なんとなく……」
エアレンヌは手元のグラスを掴み、ピンク色の水を一口飲んだ。そんな何気ない動作の端々にも、どこか気品のようなものが感じられてしまう。それは新光がこの雰囲気に呑まれかけているからかも知れないが。
「ははは、なるほどね。……それで質問の答えだけれど、ご想像通りスーアに全ての料理を作ってもらうよ。でも残念ながら、膨大な種類の料理を作成出来ること自体、私達《妖精》にとっては大して意味もないし労力にもならない事なんだ。だからウワラ・カク君のご期待に添えず申し訳ないけど、スーアが『良い嫁』とやらになるってこともない」
何かとっても失礼なことを言いながら、エアレンヌはカラカラと笑う。この人存外アレな性格をしているのかもしれない、と新光は思ったりした。
「……まぁそんな戯言はともかく、だ。そうだね、例えば既に気付いているかも知れないけど、私が飲んだこの水、何色に見えるかな?」
言われてグラスを見て、あからさまに驚いたのは勝征であった。
「う、わわわっ、ピ、ピンクだ……き、気付かなかった……!」
「そう。君達が《幻世》で接してきた水って、無色透明なんだろう? でもこの《プリマ・シンフォニア》ではこの色が普通なんだ」
「……私達が持っている常識と、あなた達《妖精》の常識は色々と違う。という事を仰りたいのですか?」
「その通り。理解が早くて助かるよ、マイカイ・スズカ君」
すずかはその称賛に得意気になることも無く、息を一つ落とした。全くもって可愛げのない奴だと、新光は思った。
「前置きはもういいです。ここが私達の居た世界とは違う、その《妖精の国》だってことは十分に分かりました。……だからいい加減教えてくれないでしょうか。私達……あなた達で言う所の《幻世人》が、どうしてここに『招かれた』のかを」
そしてもう一つ。と、すずかは数秒の間隔を置いて、言った。誰しもがうっすらと疑問を抱きながらも、その正体を知ることを恐れ避けて来ていたような質問を、言った。
「――――私達は、自分たちの世界に帰れるのですか?」
場の空気が、ピンと一気に張り詰めたような気がした。急に身体がチクチクと電気を帯びて来たような居心地の悪さを感じ、新光は思わず椅子に座り直す。
「そうだね……では君達が一番気になるであろう二番目の質問から答えようか」
ごくり。と、一同は唾を飲み込む。
「……自分達の世界に戻ることが出来るのか。イエスかノーで言えば、当然ながら答えは『イエス』だ。君達が《幻世》に戻ることは可能だよ」
戻ることは、可能。つまり、帰ることが出来るということ。
それは、そうだろう。新光はエアレンヌの発言に安堵しながらも、改めて思う。こちらの都合などお構いなしで連れて来て、それで帰れないんて馬鹿な話が通る訳が無い……と。
しかし、そんな弛緩し始めた空気に釘を刺すかのように、エアレンヌは続ける。
「――もっとも、今すぐにそれを行うのは不可能だけどね」
「は? どういうこと……ですか?」
すずかの額に、ぐっと皺が刻まれる。
「君達にも分かるように言えば、帰りの交通手段が無い……ってのが一番イメージし易いかな。要するに、ちょっとしたトラブルで一方通行になっちゃってるのさ。この《プリマ・シンフォニア》と、君達の記憶にある《幻世》は。そしてその交通トラブルを解決するには君達の協力が必要不可欠ってワケだよ。まぁ、こういうのは早いうちに知っておいた方が良いからね。その方が身の振り方も色々と考えられるってものさ」
そして、あっさり。まるでご近所で挨拶を交わすかのような雰囲気で、エアレンヌは澱みなく、しかし丁寧に言った。
現状、戻ることは不可能。――つまり、帰れない。
あまりにあっけなく言い渡された事実に、誰しも言葉を失っていた。
確かに、どうせ知るなら早いのに越したことは無い。しかし異世界に来てしまったという事実も消化出来ないうちに、この色も形も分からない世界でしばらく暮らして行かなくてはならないという宣告は、あまりに重すぎる。
元々、残り少ない中学生ライフやどうなるかも分からない自分の将来なんかに、それ程未練や思い入れがある訳ではない。やりたくないことが山のようにあった割に、やりたいことはこれといって無いような生活だ。
けれども、それでも。
戻れないというのは、辛いものがあった。
「だからこそ、私達は君達に《プリマ・シンフォニア》でも快適な生活を送ってもらえるよう、最大限の配慮をする所存だ。『招いた者』の責任として、ね」
エアレンヌがその言葉を口走ると、ガンという音共にダイニングテーブルが揺れる。
「か、勝手な事言わないで! そう! 元はといえば貴方達《妖精》とかいうのが一方的に私を――――きゃっ!?」
すずかが声を荒げ食ってかかった、その時だった。
まるで直下型地震のような縦揺れと共に、大広間がズズンと大きく揺れたのだ。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
こういう巻き込まれ型のお話では否応無しに巻き込まれるようなシチュエーションを取るべきでしたと今更ながらに。
ただこの次に来るシーンをやりたかったから、落ち着いた流れにしたというのもあります。次を見て頂き、目論見的にどうだったのかをお教え頂けると、今後の励みになったりなったり。