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侵殖の妖精王≪フェアリーキング≫  作者: エイプ鈴木
序章
2/105

プロローグ②

分割しました。①の続きです。


郷に入れば郷に従えと、少し行間を開けてみました。




「――『わ、我は魔弾の射手、ナイルの王である、世界は違えどこんな若造に負けることなどあってはならんのだぁ』…………勝征氏、次を」


「……う、うん。『くそっ、まだ倒れないのかあのバケモノは。おいかぐや姫とかいうの、なんか秘策はねぇのかよ』」


 勝征と軽部の二人は、この本で一番盛り上がるらしいシーンをこれ以上ないくらいヘタクソに読んでいた。なにやら世界を滅ぼす勢いらしいナイルの王とやらに、成り行きでかぐや姫の使いになった主人公が世界を救うための戦いに巻き込まれてしまっているらしいが、そんな箸にも棒にもかからぬ内容云々は最初からどうでもよかった。


 それなりの声量で読ませていたせいか、周囲には面白がってギャラリーが出来始めていた。やはり、皆ヒマなのだ。そして自分はそのヒマしている連中にある種の『ショー』を見せてやっているのだ。己の行いは、クズで上等。でもクズのやっていることを喜んで見ている連中なんて、クズ以下の何かだ。見た目上品に繕った、反吐にも劣る人間だ。


 らしく生きればいいんだ。無理せず、抵抗せず、自覚して、己の役割を見極めて、相応に生きればいいんだと新光は思う。放っておいても立派な人間は台頭するし、世に人間が生活を営んでいる限りゲスな人種も絶えず存在している。


 そういう風に出来ている。分相応に、出来ている。


 観衆がじわじわと増える度にカマは緊張で滝のように汗をかいて行き、車中で本を読む行為が相当気分に障るのか、軽部はしょっちゅう例の猿っぽいポーズを決めている。顔色も土気色になってきて、本当に苦しそうだ。――いやはや、実に面白い。


「軽部顔色悪くね? 大丈夫かぁ?」


「……かなり逼迫した体調に変貌しつつあると感じています」


「あっそう。止めたい?」


「可能であれば即刻の中止をご検討頂ければ」


「おぉ。そういう意見があるのは分かった」


「では……?」


「うん、そういう考えを持った人間が居るってことは把握した。ま、それ以上でもそれ以下でもねぇけどな」


 新光が笑顔でそう告げると、周囲のギャラリーからクスクスという笑みが聞こえる。


「し、しかし……成駒氏っ」


「んだよ、ここで止めんの? 中途半端っつーか詰めが甘いっつーか。ちったあニーズってヤツに応えたらどーよ?」


「だいじょーぶだって、トンネルから出りゃあ視界も良くなるし、窓開けて外の空気も吸えっから、もーちょっとの辛抱だって、がんばがんばぁ!」


 そして妙にキラキラとした笑顔で、加久は二人の肩をバシバシと叩いた。きっと身体を揺さぶって軽部の具合を更に悪くする狙いもあったのだろう。流石、抜け目のない奴だ。


「ホラホラ皆待ってんだからよぉ、早いトコ続けろよ世界滅びちまうんだろ? 世界救うんだろナイルの勇者さんよぉ」


「ナ、ナイルの王は、て、敵なんだよ? な、成駒君……」


「知るかボケ! さっさと世界救えつってんだよクソ野郎! 殺すぞ!?」


「キレんなって新光ぅー」


「キレてねーし」


 自分達の意思が遠くに置き去られたようなやりとりを見て、軽部は早く事を済ませる以上の状況改善は有り得ないと悟ったようだった。


「……くっ、もはや続けるしか……『あるにはあるわ。でもそれを昨日今日アタシの使いになった人間ごときに使いこなせるとは思えないし』」


「……『う……うるせぇ、あるってんならさっさと教えやがれこのマシンガン女』」


「……『マ、マシンガン女ですってぇ、アンタ人に物を頼む時は――』」


 勝征と軽部が音読を再開した時、ふと誰かが新光の背中を叩いた。振り向くと、学が何やら奥歯に物の詰まったような顔をしている。


「どした?」


「新光っちゃんさぁ、俺ちっと思ったんだけど……なんかトンネル長くね?」


 オサレ眼鏡の奥にある学の目が、すっと細まった。


「は、トンネル?」


 言われて、新光は窓の外を見る。確かに外の景色は先程と変わらず、コンクリートの壁とオレンジ色の照明がひたすらと流れていた。


「……入ってどんくらいだっけか」


「いや、俺寝てたし。だから新光っちゃんなら分かるかなーって」


「だよな、そうだったわ」


 かくいう新光も、このトンネルに入ったのが何時何分だったかという情報は持ち合わせていない。でも五分以上は経っていると思うし、もっと言えば十分以上走ってる気もした。けれども、未だに出口は見えてこない。


「確かに……長いかもな……」


 言い知れぬ不安という奴を、じんわりと感じてしまったその時だった。


「――おい新光っ、軽部がやべぇぞ! ぎゃははは」


「マジか!?」


 まるで女子高生の集団が一斉にパンチラしたのを見かけたような反応で、加久の嬉々とした声が飛びかかってくる。


 すると確かに土気色だった軽部の顔がいつの間にか真っ白になっているのが分かる。視線も安定しておらず、いつ腹部ダムと口部ダムが一斉決壊してもおかしくない状況だった。


「がんばれがんばれ負けるな負けるな、ホラどうして諦めるんだそこで! くははは」


 煽りに煽る加久だったが、さすがにそろそろ限界だろう。こんな至近距離で汚物をぶちまけられても、まぁ面白いちゃあ面白いけど後のことを考えると色々面倒ではある。


 とすれば、そろそろ区切りをつけてやってもいいか。


「よし、じゃあその、なんだっけ? 何とかの王との戦いが決着したら終わりにしてやっからよ、そこまでやりとげろよ、男だろ?」


「ひゅー、新光ってばやっさしー」


「何言ってんだよ、俺はいつも優しいじゃんよー」


 加久とそんな茶番を繰り広げると、勝征は一刻も早く区切りまで読み終えるのが良いと踏んだのか、軽部を元気付けようと声をかけていた。


「か、軽部くん……あとほら、ナイルの王がやられれば終りだから、だから、あとちょっと、頑張ろう、ねっ?」


 軽部の反応は殆どないに等しかったが、同レベルのお友達である勝征には軽部の意思が理解出来たらしい。例の『お猿のポーズ』をしながら瞼と口を半開きにしてひたすら深呼吸をしている軽部に力強く頷くと、再び小説を手に取る。


「……『月の姫の使いだけが使用を許されるとかいう奥義、聖なる浄化の光よ、魔の討ち手たる我が腕に! 喰らいやがれ、エクスペクト・トゥシャイン!』」


(うわあ……なんかスゲエの出て来たな……)


 なんだか顔から火が出そうな技名を言い放ち、なにか必殺の一撃が繰り出されたようであったが、しかしそれに続くハズの台詞が出てこない。もう軽部の色んなキャパシティが一杯一杯のあっぷあっぷなのであった。


「軽部くん!? も、もうちょっとだよ、ナイルの王の台詞一つで終わり! こ、これ読めば終わり! 終りだから!」


 嗚呼、何と美しき友情かな。勝征は軽部が読みやすいように眼前で小説を開き、ここだここだと文章を指でなぞってやっている。


 うん。本人はどう思ってるか知らないけど、傍から見ればトドメを刺しに行っているようにしか見えない光景である。


「ほら! ほら!」


「うぅ……ぐるぃっ……んぐふっ……」


「台詞がちょっと違うけど、その調子だよ軽部くん、もうちょっと!」


「っすっふぅー、ふぃー……ふぉふっ……」


 その調子、その調子、その調子、その調子、その調子、その調子、その調子。


 必死になり過ぎたカマが、軽部の敵に回った瞬間だった。


 そして――。


「んぐるっりぃぅぅおきぅあぁああっ!?」


 ビタッ、ビタタタタタタタッ! 


 ……タタッ。


 や、やった。やりやがった。軽部がぁ、バスの中ぁ、小説読んでぇ、車酔いぃ、カマが煽ってぇ、窓際でぇ、まだ続くぅ、軽部が読んでぇ、軽部が決めたぁっ!


 ――なんて、やってる場合か。


「畜生っ、堪え性無さ過ぎだろ! 殺すぞっ! ……ってクセぇッ!?」


 ヤバイ、これではバス最前部に座っている担任教師やらにバレてしまう。っていうか、確実にバレる。刺激臭ハンパねぇ。


 だとしたら自分に出来ることは、一番手に知らせて被害を軽減することだ。我ながら存分に保身へと走ったクズな行いではあるが、残念ながら自分はクズであることをとうに自覚している。罵られた所で痛くも痒くもない。


 新光は加久を押し退けて席を立ち、そのまま得体のしれない臭気にざわつく車内を突っ切り運転席の方へ向かう。よし、まだ誰も伝えてはないようだ。


 このまま行けば目論見通りに――。


「お、おい、せんせ――」


 その瞬間、新光は思わず言葉を止めてしまった。


 バス最前席。本来ならここは引率教員が二名座っているハズだ。道中暇すぎて、生徒同様大人しく眠りこけているハズなのだ。


 だが、しかし、変だ。何かがおかしい。




 だってそこには今、誰も居ないのだから。



 

 異変はそれだけじゃない。バスのさらに前、運転手が居る筈の運転席にさえ、誰も居ないのである。もぬけの殻状態で、大きな黒いハンドルだけが気味悪くじりじりと動いていた。


「な、なんだ、これ……? は……ぁ?」


 荷物はある。担任が持っていた名簿やらリュックサックやらは、席に残っている。ただ人だけが、忽然と姿を消しているのであった。


 ハイドアンドシーク? 途中でぶらり下車? いやそんなバカな。どう考えてもおかしい。色々とおかしい。


 新光は、はっとした。眼前の大きなフロントガラスからは前方の光景が拝め、今そこには他のクラスのバスが見えている。


 が、それだけだった。いつぞやまで見えてた一般車両はどこにも見当たらない。そしてさっき学に言われた一言。このトンネル、いくら何でも確実に十分以上は走っているハズだ。にも拘らず、出口が一向に見えない。小さな光の一点すら、見えない。


 一体、何が、どうなっているのだろうか?


 ともかく異常事態であることは確かで、教師との運転手の姿がない。そして軽部が自家製もんじゃを巻き散らしているのも何とかしなくてはいけないし、いや、汚物の処理以前に運転手がいないのにも関わらずバスが動いているのも無視できない問題であって……。


 あぁダメだ、何が何だか分からない。どうすればいい? 何をすれば――。


 ――ズ、――ズンッ。ズズズズズズ……ズズン。


 思考が乱され解れ、絡みあって身動きが取れなくなったその瞬間だった。突如、バス全体を地震のように長く大きな振動が包み込んだのは。


「な、なんだよ今の!」


「知るか! 運転手寝てんじゃんねーの? 追突されたとか?」


「パンク? 追突? 事故か!?」


「オイ! 運転手いねーぞ!」


「はぁ!? ――あぁ!? うわっなんだこれ!?」


 クラスの連中に混乱が広がるのは、早かった。すぐに担任を始めとする大人連中が消えていることにも気付き、寝ていた連中も大きな振動を皮切りにして、次々と目覚める、そして状況を察すると同時に、パニックめいた悲鳴が車内を縦横無尽に駆け回った。


「クソメガネ! テメぇこの状況で吐いてんじゃねぇよ!」


「ねえっ、なに? なんなの? 何で揺れてんの!? ねぇどうなってるの!?」


「知るか! 叫ぶなうるせぇ!」


「男子ッ、ほら男子ッ、誰か運転しなさいよぉっ! 得意でしょ車とかぁっ、男子ぃッ!」


「落ち着け! みんな落ち着け! 慌てるな! 落ち着け! 落ち着けぇっ!?」


 時間にして、ほんの一分程度だ。たったそれくらいの時間で、まだカップラーメンも柔らかくならないような時間で、修学旅行中の平穏なバスは狂気に包まれてしまった。


 なんとも、脆くあっけないものだ。他ならぬ新光自身も、露骨に慌てたり騒いだりしないようにするので精一杯だった。しかもそれは表に出さずに何とか食い止めているだけで、張り詰めた糸のようなそれがいつ耐えきれなくなってもおかしくはない。


 口の中が異様に乾き、しかし喉元には蛇がのたうち回っているような感覚が常に付き纏っている。少しでも油断すれば、それが待ってましたとばかりに飛び出してきそうだった。


「……チッ!」


 新光は後部座席――きっと床下で悶えているであろう軽部の居る方を見て、重く舌打ちを放った。


 そして追い討ちをかけるように、異変はますますその色合いを強めて行く。


 今度は、光だった。まるで写真のフラッシュを更に強く長くしたかのような、閃光に近い光。それが数度に別れて車内を包み襲ったのだった。


「――な、何の光ッ!?」


「何だよ今のぉ!」


「爆弾!?」


「いやぁっ!? ばクだんッ!?」


 辻褄すらもどこかに飛んでしまった憶測が広がり、そしてその理不尽な想像を煽るかのように、鋭い光が次々と車内を切り裂いて行く。――今度は、止まない。まるで偉い人や大企業の謝罪会見で見られる、フラッシュの応酬を見ているかのようだった。


 そんな光の最中、新光はあることに気が付く。


(なんだ、前のバスが……)


 あるいは、幻覚だったのかもしれない。混じり合い乱れ合う思考の中で、見える筈のないものが見えてしまったのかもしれないし、見えている筈のものが見えなかっただけかもしれない。


 けれども、新光は見たのだった。それは、真っ白な光の点。トンネルの先、出口なのだろうか。淡く輝く光の塊がバスの進路上にあるのを、見たのだった。そしてその光に、前方で走行していたバスが吸い込まれ消えてゆくのを、見たのだった。


(ひかり、だ――)


 漠然と、ただ新光が呆然とそう思った次の瞬間。その淡い光は爆発を起こしたかのように、視界の奥から一気に広がり、バスの内外を綺麗に覆ってしまう。先頭から最後尾まで、車内は瞬く間に光へと染まって行く。その白さは、この世の全てを塗り潰すかのようであった。


 外が見えなくなり、座席が見えなくなり、床が見えなくなり、やがて同乗していたクラスの連中の姿すら白光に染め消えてしまう、もう騒いでいた奴らの声も聞こえないし、吐瀉物をぶちまけていた軽部や勝征も、学や加久だって――。


 そして、新光は気付く。いつの間にか、己の身体……その姿形すら、これっぽっちも見えなくなっていることに。


 何が起こっているのか、そんなことはさっぱり分からない。


 寒くもなければ、暖かくもない。


 死ぬとか怖いとか、そんな情念も湧いてこない。


 ただ、一つだけ思った。


 きっと世界が終わる時というのは、こんな感じなんだという事を。




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