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窓辺の王子様シリーズ

boy meets girl - 僕と彼女の甘いキス -

作者: 鏡野ゆう

主人公は【恋色カレイドスコープ】で人知れず美咲ちゃんに失恋した竹内君。高校生になった彼にもやっと春が訪れた模様です。

 俺、竹内悠人がこの赤毛ぶっ飛び女と出会ったのは中学二年生の頃。まだ初恋が失恋に終わったことを引き摺っているケツ青いガキだった頃だ。


「マリン・アゲハ・バートレットです、よろしゅうに!」


 見た目は赤毛でグレーの瞳、どこから見ても少なくとも半分は日本人以外の血が混じっているであろう彼女の口から発せられたのは何とも奇妙な関西弁。今にして思えば、そのギャップ萌とかいうやつにガツンとやられたのかもしれない。


「竹内、お前の隣の席だから宜しく頼むな?」

「ぅえぇ?!」


 担任にそう言われて慌てたがその赤毛は呑気に笑うと、よろしゅうなー?と無理やりに握手してきたのだ。その頃はまだ初心だった俺は間近で初めてみる“ハーフ”という存在にドキマギしたのを強烈に覚えている。


 まあ見た目はアレだったが、母親が日本人で、産まれた時から関西在住だったということもあり、関西弁であるということ以外は言葉に大して不自由していない様子なのがせめてもの救いだったんだが。


「うちのオカアチャン、インターナショナルスクールで日本語を教えてるんよ。そこで生徒の父兄やったオトウチャンとでおうて結婚したん。だからうちには腹違いのお兄ちゃんがおんねん」

「へえ、お兄さんもそんな言葉遣いなのか?」

「そやで? 今は東京におるけど粉モン大好きな浪速っ子や」


 なんとも不思議な光景ではあったが半月もすれば彼女の存在はクラスに馴染んでしまい、誰もが違和感なく彼女を受け入れていた。いつのまにか姐御のように慕われる存在になり、たまにクラスの子が苛められていると女だてらに殴り込みまでかけるのだから、何と言うかある意味は男らしい彼女であったことは間違いない。尻拭いを毎回されられるこっちとしてはいい迷惑ではあったけれど。


「竹内はマリンの御側用人みたいだよな」


 そんなことを言われたのは高校に進学してからだったか。時代劇好きの友達からからかわれてムッとなる。たまたま転校してきた最初に席が隣だっただけで、何でここまで俺がアゲハの面倒を見なきゃいけないんだ?と鬱々としていた時でもあったのでカチンときてしまった。


「うるさいな、好きで尻拭いしてるわけじゃないぞ、俺は。いい加減に勘弁してほしいよ、あんなんだからいつまでたっても彼氏も出来ない男女なんだよ」


 男女というのは正しくない。アイルランド系アメリカ人の父親を持つ彼女は同級生と比べても美人だしスタイルも良かった。ただ性格が男前なせいで女子にまで人気があるだけで。今だからそう言えるが、当時はまだガキだった俺はそんなことを口に出来る筈もなく……。


「そりゃあ、すまんこってなあ、竹内君!!」


 いつの間にか真後ろに立っていたのは当の本人。なんとなく背中にゴォォォォなんて効果音を貼り付けたいような雰囲気の彼女に話をしていた男三人が真っ青になったのは言うまでもない。それからだ、アゲハが俺をあからさまに避けるようになったのは。



+++++



「何で俺を避けるんだよ」

「避けてなんておらへんよ? 話すことが特に無いから話しかけへんだけやもん」


 そんな訳で前置きがかなり長くなったが、あまりに避けられるので腹が立ってきた俺は今日、逃げようとするアゲハを捕まえて問答無用で校舎裏に引き摺ってきた。ここなら誰にも邪魔されずにさしで話が出来るからだ。


「なら何で目を逸らしたままなんだよ。話す時はちゃんとそいつの目を見て物を言えとかいつも偉そうに言ってんのはお前だろ」

「そんなんどうでもエエやん」

「よくねーよ!!」


 プイッと横を向いたままのアゲハの顔を両手で挟んで自分の方を向かせた。


「ちゃんとこっち見て話せよ!」


 考えてみればこんな至近距離で見るのは初めてだったグレーの瞳。しかも手が触れている頬は色が白くてすべすべで・・・思わず生唾を飲み込んだ。何て言うか、この時に頭に浮かんだのがこのフレーズ。


 ―― boy meets girl ――


 内心やばいと思った。こんな急にくるものなのかと。だって相手はアゲハだ、男勝りな女で俺の理想とする女性像とはまさに真逆の存在。有り得ない、有り得ないぞと心の中で唱えること数度。だけど相変わらずその灰色の瞳に魅入られて、少し震えている唇に目が釘付けになって・・・。


 気がついたらアゲハの唇を食んでいた。まさにキスじゃなくて食ったというのが正しいような気がする初めてのキス。アゲハは暫くは茫然として俺の好きなようにさせていたが、そのうち我に返ったのかガシガシと肩を叩いて抗議を始めた。唇を離す寸前に少し歯を立てて噛んでから顔を上げる。


「た、たけうち、あ、あんた、なにすんねん?!」

「下剋上」

「はあ?!」

「だからゲコクジョウ。女将軍のお前を側用人の俺が食っちまったと言う話」

「な、なんでうちが女将軍やねんっ」

「皆そう言ってるぜ? あとは聖林高校の切り込み隊長とか」

「なんやねん、それ……っていうか、なんでうちにキスなんかっ、うち、は、初めてやったのにっ、このボケナスッ!! 返せっ、戻せっ、うちのファーストキスッ!!」


 ポカポカと叩かれて返せと言われても貰ってしまったものは仕方がない。


「おまっ、ちょっ、声もう少し落とせって」

「このドアホッ!! 女の子の初めてをなんやと思ってんねんっ!! うちのファーストキスぅぅぅ」


 あまりの嘆きようにちょっとイラッとしてしまう。そんなに俺とじゃ嫌だったのか?


「なんだよ、誰かにやるつもりだったのかよ」

「は? 初めてのキスはやっぱり好きな人ともっとロマンチックに……」


 したかったなあ……と呟いてショボンとしてしまった。


「……悪かったな、好きでもない俺とで」

「その……別に竹内が好きやないとは言ってへんねんで? そのぅ、もうちょっとロマンチックなシチュだったらなあ、とか……」

「は?」

「え……いや、何でも無いし、気にせんといて?」

「いや、待て。ロマンチックな雰囲気だったら俺とのキスでも良かったのか?」

「そんな、誰でもええみたいな言い方せんといて。うちがまるで尻軽女みたいやんっ」


 ん? それってどういう……?


「……もう、ええねん。気にせんといてったら。うちも忘れることにするし。な? 今のは無かったってことで」

「待てよ!」


 立ち去ろうとするアゲハの腕を掴んで引き止めた。


「こっち向けって」

「いやや」

「向けったら向けよ」


 そう言って無理やり体を反転させて向かい合うように立たせると、さっきと同じように両手で顔を挟んで俺の方を見るように向けさせた。真っ赤だ・・・普段は赤毛のせいで色白な肌が目立っているのに、今日はそれが真っ赤になってる。


「……もしかして、アゲハって俺のことが好き、なのか?」


 その言葉に更に顔が赤くなったように見える。


「そ、そんなん竹内には関係ないやん」

「……boy meets girl……」

「なに?」

「さっき頭に浮かんだ」



+++++



  ―― boy meets girl ――



 まさにこの言葉の通り、私は竹内悠人に一目惚れをしたんだと思う。だけど彼はその時、初恋が失恋に終わった後で酷く落ち込んでいた。相手は同じクラスの小田美咲ちゃん、私とは正反対の綿菓子みたいな女の子。多分、彼女は竹内の気持ちは全く知らないに違いない、そんな感じだった。


 赤毛のくせ毛だけが共通していた美咲ちゃん、見てくれだけでも似たような感じだったら竹内は私のことを見てくれるようになるかな?なんてバカみたいなことを期待したりしたものだけど、まあ結果は見ての通りっていうか、この性格が災いして気がつけば期待していたものとは全く違う関係になっていた。


『あんなんだからいつまでたっても彼氏も出来ない男女なんだよ』


 そんな竹内の言葉を耳にしてしまったのは偶然だった。確かに私はアメリカ人の父の血を引いているから標準よりも背が高くて、クラスの女子と並べば頭半分くらいは飛び抜けてはいる。だけど、男女っていうのはきついなあ……これでも雑誌のモデルにならない?って街で声をかけられるんだけど。やっぱり男としては小さくて守ってあげたくなるような可愛い女の子が良いよね、たとえば美咲ちゃんみたいな。


「そりゃあ、すまんこってなあ、竹内君!!」


 泣きたくなったけど、そんなの私のキャラじゃないし。大魔神風にウハハハッと笑って男三人にゲンコツをかましてその場は立ち去った。そうしないと泣きそうだったから。そんなわけで竹内と顔を合わすのが何となく辛くてついつい避けてしまっていた。そんなにあからさまに避けているつもりはなかったんだけど、あいつからすると、かなりあからさまに避けていたらしい。


「何で俺を避けるんだよ」

「避けてなんておらへんよ? 話すことが特に無いから話しかけへんだけやもん」


 ある日とうとう捕まって校舎裏に引っ張っていかれた。ちょっと前までなら乙女な妄想が入ってとうとう告白かも?なーんて期待をしたかもしれないけど、そうじゃないのはハッキリしているし。ま、竹内の顔だって告白するような感じでもなかったしね。


「なら何で目を逸らしたままなんだよ。話す時はちゃんとそいつの目を見て物を言えとかいつも偉そうに言ってんのはお前だろ」


 顔なんて合わせられないよ。あの時の言葉を思い出して泣きそうになっちゃうんだから。だいたい何でそんなことをこんな場所で持ち出すのかなあ。私がそう言ってた時は“なに馬鹿なこと言ってんだよ”って笑っていたくせに。


「そんなんどうでもエエやん」

「よくねーよ!! ちゃんとこっち見て話せよ!」


 逸らしていた顔を竹内の方へと向かされた。大きな手。初めて会った時は私の方が身長も高かったのにいつの間にか追い越されちゃってた。竹内、急に男らしくなったよね? きっとモテモテなんだろうな。そんなことを考えていたら、次の瞬間には何故だか唇を食べられてた。


「た、たけうち、あ、あんた、なにすんねん?!」


 離れる瞬間に噛まれたところがチクリと痛む。まるで自分のモノだって印をつけられたみたい。ダメダメ、そんな乙女ゲーみたいな妄想は無しだって!! 竹内は下剋上とか何とか言っているけど、そんなことはどうでも良い。問題はこのキスが私の人生初めてのキスだったってこと!


「なんでうちにキスなんかっ、うち、は、初めてやったのにっ、このボケナスッ!! 返せっ、戻せっ、うちのファーストキスッ!!」

「おまっ、ちょっ、声もう少し落とせって」

「このドアホッ!! 女の子の初めてをなんやと思ってんねんっ!! うちのファーストキスぅぅぅ」


 とにかく思いつく限りの悪態をつきまくった気がする。更には英語でも。


「なんだよ、誰かにやるつもりだったのかよ」

「は? 初めてのキスはやっぱり好きな人ともっとロマンチックに…」


 したかったなあ……そういう乙女心が私にもあるなんてきっと考えてもいなかったよね、なんせ男女とか言われてるんだし。きっと女の子の心を持っているなんて思われてないんだな私。


「……悪かったな、好きでもない俺とで」

「その……別に竹内が好きやないとは言ってへんねんで? そのぅ、もうちょっとロマンチックなシチュだったらなあ、とか……」


 あまりにも申し訳なさそうに言うものだから、うっかりと本音が漏れそうになって慌てて口をつぐむ。


「は?」

「え……いや、何でも無いし、気にせんといて?」

「いや、待て。ロマンチックな雰囲気だったら俺とのキスでも良かったのか?」

「そんな、誰でもええみたいな言い方せんといて。うちがまるで尻軽女みたいやんっ」


 ああ、自分で墓穴掘りそう。っていうか何でそんな言葉に食い付くのよ。もうこれ以上は何も言わないのが一番だと判断して一方的に会話を切ることにした。


「……もう、ええねん。気にせんといてったら。うちも忘れることにするし。な? 今のは無かったってことで」

「待てよ! こっち向けって」

「いやや」

「向けったら向けよ」


 なんで今日に限ってそんなにしつこいんだか。いつもみたいに黙って行かせてくれたらいいのに。腕を掴まれて向かい合うようにして立たされた。ジッとこちらを観察するように見詰めてくるので居心地が物凄く悪いんだけど……。


「……もしかして、アゲハって俺のことが好き、なのか?」


 ああもう! なんでそんなこと聞くん?! そんなに私を笑い物にしたいの?! 私が誰かに恋しちゃ駄目なの?!


「そ、そんなん竹内には関係ないやん!!」

「……boy meets girl……」

「なに?」

「さっき頭に浮かんだ」



+++++



 しばらく沈黙した後、アゲハが口を開いた。


「それの意味、竹内はほんまに分かって言うてんの?」

「ああ、分かってる」

「ほんまに?」


 物凄く疑っている顔だ。確かに俺は英語の成績はイマイチだけどこのぐらいの単語は分かるし、この言葉が何を比喩したものかぐらいは分かっているつもりだ。


「たぶん、あまりにもゆっくり落ち過ぎて気がつかなかったんだ。アゲハが俺の隣の席に座って“よろしゅーなー”って言った時に俺は落ちたんだと思う」


 その言葉を吟味しているような顔をするアゲハ。そしてニヤリと笑った。


「ほな、うちの勝ちや」

「は?」

「うちは前で皆に挨拶をした時に竹内を見つけて一目惚れしたんやもん。だから、うちの勝ち。それとな、“よろしゅーなー”ちゃうよ、“よろしゅうなー”やから。関西弁は正しく覚えなな?」

「どう違うのか分かんねーよ」


 ぼそりと呟いた俺を楽しそうに笑って見ているアゲハ。


「ところで竹内?」

「ん?」

「なんで、うちのことアゲハって呼ぶん? 他の皆はマリンって呼ぶのに」

「さあ、なんでかな。そっちの名前の方が好きだからかも。嫌なやめるけど?」

「ううん、竹内だけやし、そのままでええよ? なんか特別な関係みたいに思えるし?」


 ちょっと恥ずかしそうな顔。そんな可愛い顔するな、また食いたくなるじゃないかっ!


「特別な関係みたい、じゃなくて、特別な関係なんだよ。日本語は正しく覚えろよな?」

「うるさいわ、関西弁もまともに発音できへんくせにぃ」

「なあ、アゲハ」

「なんやの?」

「もう一度、食わせて?」


 その言葉に恥ずかしそうに頬を染めているアゲハ。


「ここ、学校なんやけど……」


 やっと俺だけの女の子を手に入れた瞬間だった。



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