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83 参加者一覧

 ジンくんとの探偵ごっこは、かなり難航した。ジンくんの方は面白がって「マデレーンとニールと『ローブの男』」の三人犯人説とか、「マデレーンとユリエル」説、「アルフのお芝居」説、いろんな案を出してきたが……。


 ちなみに、「アルフのお芝居」説はちょっとだけ面白かった。ちょっとした茶目っ気で親友を忘れたふりをしてみたら、肘打ち食らって言うに言えなくなったとか。それはお間抜けすぎる。


 話を戻して。


「そもそもさ、犯人の目的はいったいなんなわけ?」


 犯罪には動機がある。世の中には「なんとなく」「やってみたかった」なんてくそ食らえな理由もあるけれど、この一連の事件は明確な理由がなければやらないことばかりだ。特に教会の件やわたしにあの石を持たせたことには、どんな意味があったのか。


 ジンくんは瞳をきらきらさせて、わたしの方を覗いている。この目線はつまり、わたしの考えを聞かせろという助手からの催促だ。頼るばかりじゃいけないらしい。


「こほん。教会のことは、やっぱり誰かが昔の聖女のまねをさせたかったんじゃないかと思う。だとしたら、闇属性を排除したい人間か、それともまた内戦を起こしたい誰かか……」

「その『誰か』とマデレーンも関わっているってこと?」

「……その誰か、が全ての犯人なんじゃないの?」


 推理小説のお約束として、犯人は絶対に序盤に登場していて、主人公とは顔見知りでなくてはならないというのがある。だけどこれはただの事件で、わたしの知らない人間の可能性の方が断然高いのだ。


「だから、闇属性で、戦争が好きな性格破綻者で、呪術が使えて、お姉さんに命令できるくらい偉くて怖いローブの男。それが犯人だよ」


 ニールによると、迂闊に近寄れば殺されてしまうくらいの人間らしいし。内戦を起こしたいという動機にも嵌まる。あとは『希代の魔術師』という立派な肩書きを持つお姉さんより、偉い人がどの程度いるのかだ。


 無理矢理繋ぎ合わせて作った犯人像は、当たり前ながらあやふやで曖昧だ。

 ジンくんは半目でわたしの方を見て、わざとらしくあくびをした。


「そんな人間いるのかなあ。そもそも闇属性なのにそんなに高い地位にいられるの? 呪術はどうやって知ったの? 内戦を起こして何がしたいの?」


 ううーん、言われてみれば確かに、この人物像は矛盾している。闇属性なら内戦を起こしても、評価が下がるだけで何の得もないように思う。地位が高い人間に闇属性はいない。天才と言われるユリエルでさえ知らない呪術を、どこでどう習うのか?


「……さっぱり。お手上げだよワトソンくん」

「だからホームズは無理だって」


 仕方ない。ぼふりとシーツに仰向けになって、白い天井を見つめる。結局、わたしの知らない人間が犯人なら、推理から導き出すことは不可能なのだ。


 お姉さん。ニール。二人とも長い付き合いであるはずなのに、わたしは彼らのことを全然知らないのだと思い知った。悪い人ではないと信じているし、ニールに至っては犯人ではない証拠もあるというのに、あと一歩が足りない。事件のある至るところに、二人の影があるのが困るのだ。地下室、森、教会……。


「……地下室に、森に、教会? ねえ、ジンくん」

「んー?」

「地下室はニールが潜んでいた場所で、森はカレンちゃんが魔物に襲われる場所、教会には黒い霧が蔓延して……全部、ゲームにあったことなんだよね」


 ちょっと前にも感じたことだった。黒幕ニールが潜んでいたはずの場所を、お姉さんが守っている。それだけのことだったが、しかし心配していた森でのイベントも、形は違えどわたしに襲いかかってきた。それに加えて、忘れていたはずのバッドエンド。

 偶然ではないのかもしれない。そう思って口に出してしまったが、ジンくんは飄々としたまま首を振った。


「きみのように、この世界がいわゆる『ディスクを読み込ませた世界』だと知っている人間はいないよ。どこにもね」

「……そうじゃなくて、二度あることは三度あるんでしょ。三度もあったなら、次もそうなるかも知れないってこと」


 地下室は何かを隠すのに丁度いい場所。だから犯人も、何かを隠している。森は魔物が襲ってきても、ほかの人間に邪魔されない場所。だから犯人は、わたしを襲わせた? 教会は――――もしかすると。


「地下、聖堂……」


 また地下、だ。

 思い返せば確か祭壇の下には、地下への扉のようなものがあった。あれが地下聖堂だったとしたら。バッドエンドで起こったことも、その地下聖堂にニールが潜んでいたとしたら。教会もまた、何かを隠すのに丁度いいものになる。

 だからゲームと同じようなことになるのだ。犯人の違いで差異はあっても、その『目的』は極々似通っている。


 これは憶測だ。地下聖堂が本当にあるのかさえ調べたわけじゃないし、しっかり覚えているわけでもない。ただ思い付いた答えは、今までのどれよりもしっかり形を保っている気がした。


「ゲームの黒幕ニールの目的は……? 壊すこと? 何もかも? 自棄になって、光が眩しくて、ハリエットわたしを使って無茶苦茶にしてしまおうとした」


 犯人も、同じようなことを思っている? 光が眩しくて、何もかもをぐちゃぐちゃに掻き乱したいと?

 分からない。そもそもゲームのニールの動機すら薄ぼんやりとしていて、不明なのだ。もしかすると背景には、もっとしっかりした理由があったのかもしれない。学園中を闇の中に沈めた理由。


「じゃあさハリエット。ほかに何か、ゲームのときにあったこと、ないの?」


 ゲームなら、今年の初めに始まっている。暦通りにイベントを消化していくなら、この時期は……もう、エンディングも近い。

 細かいことは忘れてしまっても、これだけは忘れないだろう。


「最後だよ。わたしが学園中を闇の中に陥れ、それを皆に倒される。ニールが改心してハッピーエンド。丁度――――模擬戦の終わった後くらいかな」


 模擬戦に焦点が当たるルートは全てではない。はっきりしたことは分からないが、最終決戦だ。それなら、全ての行事イベントが終わったあとが相応しい。


「じゃあ、その時期に犯人が何か仕掛けてくる可能性は大いにあるわけだ。ゲームと類似した方法で」


 ……でもそれは、ニール一人でもできたこと。『希代の魔術師』であるお姉さんを巻き込んだその犯人は、いったい何をするつもりなのだろう。





 眠れない夜は続かない。

 ジンくんとの話し合いで分かったことは少なかったが、わたしにできることは見えてきた。


 模擬戦が終わったあと、休暇に入るまでカレンちゃんを守ること。今はまだ学園の外にいるから構わないが、犯人がゲームに沿っているというのなら危ないのはカレンちゃんだ。

 わたし一人の力では雀の涙にも満たないかもしれないが、周りにはハイスペックな友人たちがついている。仕掛けてきたところを迎え撃てば、お姉さんが敵に回ったとしてもいくらかの余力はある、はずだ。


 単純な戦闘能力としてなら、サディアスとお姉さんで五分五分。仮にもう一人犯人がいるとしても、アルフとヴィクターで充分押さえられる。


 そう考えると気が楽になった。皆には話をぼかしてでも伝えて、カレンちゃんの保護に気を回してもらうことにしよう。

 正体が知れない犯人なら、捕まえてから知ればいいのだ。今はとにかく、来るべき日に備えてユリエルをボコるべし。



 ――――なんて挑戦的な気持ちは、廊下に張り出された紙を前に崩れ去る。


「じ、神よジーザス……」

「呼んだ?」


 神様違いです。


 じゃなくて、何度目を疑っても擦っても目の前の硬質な文字は変わらない。浮遊するジンくんには目もくれず、わたしはそれを呆然と眺めていた。


 なんで、どうして、模擬戦の参加者にハリエット・ベルの名前があるんだ?


 当たり前ながらわたしは申し込みすらしていない。ほかに見知った名前はあるものの、当然のように女子ではわたし一人だけだ。なにこれ。


「うわ、ハリエット出るの? その貧弱さで?」

「いや……いや……出ない……」


 ただ首を振ることしかできない。何故そこにそんなものがあるのか分からないよ。いやそもそも、調子に乗った考えで過ごしていたせいか、張り出された紙を見たのが模擬戦の三日前だというのも問題か。

 驚きのあまりがくがくと震える膝を押さえて、とりあえずユリエルの元に向かう。去年見たサディアスとアルフの戦いを思い出してほしい。わたしが一瞬でみじん切りになっちゃうだろ。


 全身の震えが止まらないまま、とにかくいつもの教室の扉を叩く。


「せんせーせんせーめーでーめーでー」


 どこどことゴリラ並に叩きまくっていると、ようやく扉が開いてユリエルが顔を覗かせた。最近特に気合いが入っていたせいか、その顔にはでかでかとガーゼが貼られている。ごめんなさい先生。謝るからヘルプミー。


「おや、どうしたんだい、白猫ちゃん。そんなに震えて……」

「せんせーせんせー模擬戦のエントリー取り消してよー間違いだよー」

「……模擬戦の、なんだって?」


 ユリエルは若草色の目をぱちくりさせて、片眼鏡越しにわたしを見下ろした。


 教室に入れてもらって、とりあえずは落ち着いたわたしは簡潔に説明をする。今さっき気づいたところだが、申し込んだ覚えすらないのに模擬戦の参加者一覧に名前が連なってあること。このままでは命が危ないこと。懇切丁寧に訴えると、ユリエルは腫れた頬を撫でながら首を傾げた。


「おかしいね。きみのような美しい乙女が野蛮な狼に囲まれることは、すぐに知られるべき事柄なのに。私の耳には風の音が届いていないようだよ」

「簡潔に」

「女の子の参加者なんて話題になるべきことなのに聞いてない」


 一息に言い切ったユリエルに頷きつつ、内心で冷や汗をかく。申し込んでいないのだから、誰も知らないのは当たり前だ。つまりほかの誰かが嫌がらせで……ということでもないらしい。

 教師が知らないということは、正規の手段を踏んでいない。


 おかしいな、ただのミスならいいんだけど。冷や汗が止まらないよ。


 ともかく、ユリエルにはわたしの名前を訂正してもらうことを頼んで、教室をあとにした。

 途中で通る廊下にはやはり、忌々しいわたしの名前がある。ハリエット・ベル。何度読んでも間違いじゃない。


 いつか、ユリエルがわたしに模擬戦の出場を進めたことがあった。あの挙動不審ぶりは今思えば誰かに言わされたものだと思うのだが、これはさらにたちが悪い。つまるところ、わたしがもう一度、模擬戦の賑わいに乗じて地下室に行くことがないよう、お姉さんが釘を刺したのではないだろうか。

 単純なミスにしたって、わざわざ目立つはずもない女子生徒の名前を参加者に紛れ込ませるわけがないのだ。あの石の件もあって、最悪の場合、わたしを事故に見せかけて……なんて嫌な想像までしてしまう。

 わたしのような一般生徒を殺す理由がないけどね。

 悶々と考え込みながら、廊下をさっさと進もうと足を踏み出した。


「おい、お前」

「……なんですか」


 かけられた声は、既に馴染みのあるものだった。しかめ面を笑顔に隠して振り向けば、そこには予想通りの翠の髪の男子生徒。

 ギータくんでーす。

 彼は中等部で出会ってからというもの、なんの理由があってか分からないが、わたしのことを目の敵にしているようなのだ。


 すっかり成長期が来て大人びたふうのギータは、つんとすました顔をやはり歪めていた。威嚇するような表情のまま、わたしのことを上から下まで眺める。今日はどんな嫌みを言われるのだろうか。


「貴様、模擬戦に出るらしいな」

「……い、いや、どうでしょう?」


 出ない。出ないよー。出たくない。

 ギータはわたしのひきつった笑顔を鼻で笑った。


「どうでしょう? 貴様の名前があることは確認済みだ。どういう風の吹き回しか知らないが、平民風情が恥も知らずに良く出る気になったものだな」

「は、はあ……すみません……」


 いったいこいつは、何故わたしに嫌味を言ってくるのだろう。適当にへらりと笑うと、わたしの笑顔が気に障るらしい坊っちゃんはやはり微かに眉を寄せた。

 だがいつものように癇癪を起こすこともなく、細めた瞳でわたしを睨む。珍しく、ギータは笑顔を見せていた。それもまた嫌味で意地の悪そうな表情だが。


「私と戦うまで残っていろよ。命令だからな」

「は、はいー、善処します……」


 いや、まず、出たくないんですが。

 出ることになったとしても、わたしは初戦で華々しく散ることだろう。むしろ不戦敗というのが一番安全か。目立つことは目立つだろうが、もともと女子で唯一参加している時点でかなり悪目立ちしているし。アルフやサディアスみたいなのと戦うなんて、残機がいくらあっても足りないだろうし。


 ギータは得意げな笑顔で去っていったが、わたしには不安が募るばかりだった。

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