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82 探偵ごっこ

 教会であった一連の騒動については、数日も経てば誰しもが知っている事態となってしまった。


 闇属性をひた隠しにしているわたしとしては心臓に悪いし、その騒動を解決したカレンちゃんは連日お貴族様の相手で大忙しだ。それに付き添ってシスコン過保護なアルフもいろんなところに顔を出しているらしく、オルブライト兄妹を学園で見る機会はめっきり減ってしまったように思う。いくら学園が寮制とはいえ、貴族の要望がそんなに多くあっては上の人も断れないのだろう。


 カレンちゃんが光属性だというのは周知の事実だったが、そこに『聖女』という付加価値がついてしまった。結婚もできるし、孤児とはいえ教会で育ち、今ではオルブライト家の長女。見た目もいいし光属性である上に、こんなセンセーショナルな出来事の中心人物だ。カレンちゃんはあの事件のあと、急激に宝石としての価値を高めている。

 もとより、磨かれても光ることのない泥でできたわたしとは文字通り雲泥の差だが。


 でも、友達として、友人として心配くらいはしてもいいよね? カレンちゃんはいたって普通の、進んで目立とうとも思わない穏やかな女の子だ。もともと貴族のような考え方も持っていない。連日仲良くもない人たちの中で揉まれて、大丈夫だろうか?


「疲れてないかなあ、カレンちゃん」

「……ぅ、うう……わ、私はかなり、疲れている……というか限界なんだけれどね、子猫ちゃん……」


 溜め息をつくわたしの足元で、紫黒色の髪の毛が広がっている。長いそれを踏んづけないようにしゃがみこめば、ずれた片眼鏡からこちらを覗くユリエルの瞳。すっかり涙目である。


「すみません、先生。大丈夫ですか?」

「うっ……問題はない……ああ、わたしの愛の使者、何処へ……」

「……カレンちゃんなら今ごろグレンヴィル家ですよ」

「おお……」


 つんつんとシワのよった白衣をつつくと、ユリエルは不気味に痙攣して動かなくなった。


 どうしたもんか。例のごとくユリエルに付き合ってもらって魔法の練習をこなしているものの、カレンちゃんが学園に来られなくなってからユリエルの傷は絶えることがない。今まで散々カレンちゃんにお世話になっていた有り難みを実感したのかしていないのか、最近のユリエルは妙にカレンちゃんを気にしている。いやー、前からそうだったかな? わかんねえ。


「では先生、ここまでにしておきましょうか。ありがとうございました。救急箱持ってきます?」

「いえ……いや、今はこのまま微睡みに身を任せて……ふふふ……」


 出血量がけっこう洒落にならないから寝たらヤバイと思うんだけどな。

 とりあえず救急箱を借りてきて、相変わらず床に寝たままのユリエルを手当てした。さすがのわたしもこう心身ともにボロボロになられると罪悪感がすごくて、カレンちゃんには早く戻ってきてほしい。


 ……まあ、学園に戻ってこれても、今度は事件で盛り上がる生徒に取り囲まれるのが目に見えているけどね……。巻き込まれた生徒の数名は、既に積極的に光属性と教会をよいしょして、闇持ちは隔離しろだの、危険だのとうるさく喋っている。首や胸元などの目立つ場所に、信者の証をぶら下げていたりもするし。


「カレンちゃんはいつ頃、落ち着いて学園に戻ってこれるのかなぁ」


 包帯をまきまきしながら呟くと、ようやく床に座るようにして起き上がったユリエルも、乱れた髪を揺らして頷いた。


「二週間後の模擬戦までには来ると思うけどね、この騒ぎだからどうだろうか……」

「どして模擬戦?」

「うん? 聖歌はぜひ、模擬戦前の余興としてでも披露すべきだと、とある高貴な方がね。きっと彼女の歌声が聴きたいんだろう」

「流行りのポップスじゃないんですから……」


 おっと、つい中身が。首をかしげたユリエルに愛想笑いで返す。


 それにしても、もうすぐ模擬戦が行われる時期か。アルフが記憶をなくし、わたしとサディアスがお姉さんの秘密を知った日だ。

 模擬戦は学園外から偉い人が見に来たりするから、それに対してカレンちゃんの歌声を聴かせたいのだろう。いよいよ本格的に聖女信仰じみてきたな。相変わらず闇属性は嫌われているが、それにも拍車がかかりそうだ。


 つーか、これが進むとまた、四十年前のような内戦が繰り返されたりするんじゃないかな。誰かが起こしたあの事件のせいで。闇属性が排除され、それに抵抗するべく武器を取る。

 わたしはそんなことになったとき、どうするんだろう?





 ユリエルと教室で別れてから、わたしは廊下をとぼとぼ進んでいた。すれ違う生徒たちは、未だに犯人の見つからない教会の事件について口々に話し合っている。


「ほんとーに、あの男が犯人じゃないのかなあ。ハリエット」

「……うるさいよ、ジンくん」


 一人になったとたん、どこからともなくジンくんが現れる。最近はずっとこうで、わたしが一人になるとこうしてにやにや笑いながら、ニールに対しての嫌疑を吹っ掛けてくるのだ。そのたびに、教会の影にいたニールの立ち姿を思い出して、憂鬱な気分になってくる。


「まあそう嫌な顔しないでよ。僕だってきみに嫌がらせがしたくて言ってるわけじゃないんだから。半分は」


 もう半分は嫌がらせなのかよ。


「僕はきみの鏡だよ。きみが信じたいと思う相手ほど、僕が疑ってあげてるのさ。一人で考えるより思考がクリアになるでしょ?」

「……じゃあ、ちょっと付き合ってよ」


 生意気いうジンくんを引っ張っていって、女子寮の部屋に帰る。彼はまた得意満面の嫌らしい笑顔だったが、そこまでいうなら真面目に付き合ってもらおうじゃないか。わたしの推理に。


 扉を締めて部屋のベッドに転がり込むと、隣にジンくんを座らせた。


「さーて、ワトソンくん。せいぜい助手として役立ってくれたまえ」


 灰色の脳細胞……じゃなかった、薬物依存の激しい顧問探偵ぶったわたしに、ジンくんは白い目を向ける。少年にはポアロよりホームズの方が有名だと思ったのだが、ジンくんは知らないのか?


「きみがホームズって……よく言っても警部でしょ」

「うるさい」


 どちらかといえば頭脳派であるわたしになんてこと。

 鼻で笑いやがった助手は置いといて、わたしは腕組みをして今までのことを考えてみた。思えば、たくさんの月日を解けない謎と共に過ごしてきているのだ、わたしは。


「まずもって、お姉さんに王都へ行かされたのが最初の謎かな。そこにニールもついてきて、結局四年半もそこで生活することになった」

「僕は知らないけどねえ。その後、帰ってきたら赤頭が記憶をなくしていたと」

「そう。それで手紙から地下室が怪しいことを突き止めたんだけど、そこにはお姉さんがいて……」

「調べようもなく撤退。そこから、きみの愛しのニールくんは『呪術』のことを誤魔化して説明していた」


 ……それは、ニールが記憶を封じた犯人を知っていたから。そのことは昼食の席で確かに聞いた。そしてそいつに近づくことがないよう、わたしたちを『呪術』から遠ざけたのだ。


「本当にそうかな? 無理はない? 呪術はずっと前に廃れた魔法の前身だ。使える人はいない。闇魔法の方がずっと簡単で、容疑者も浮かぶ」


 確か、ニールが犯人を近づけさせないためにしたことだと、言ったのはジンくんだった気がするのだが。これが『鏡』の役割だということか?

 相変わらず読めない笑みでこちらを見ている少年に、とりあえず口を挟むのはやめた。


「……話の続きをしよう。次にあったのは、ユリエルに渡された石で、大量の魔物に襲われたこと」

「そこにもあの男が駆けつけてきたっけ?」

「うん。ユリエルにお姉さんが犯人だと思わせるおまけ付き。そもそも、どうしてあの石のこと、ニールが知っていたのか……」

「確かその石をきみに渡せと言ったのも、そのお姉さんだったよね」


 ジンくんの発言に、一瞬息が止まった。いかんいかん、『そういう関係』を疑うためにこんな話をしているわけじゃないのだ。ニールとお姉さんが繋がっている、かはともかくとして。


 でも、お姉さんが石をわたしに渡せとユリエルに言った。ニールはわたしの手に石があることも、それによって危ない目にあっていることもユリエルに伝えていた。それはアレが起こったあとだったにしても、どうして森にいたのかの説明にはならない。

 ニールは、自分が「教師だからここにいてもおかしくない」とか言ってたけど……あのニールが自分から先生ぶっている時点で、十分におかしいのだ。


「それから、ニールが忠告しにきた。犯人を知っていることは恐らく確定」

「本人が犯人の可能性もあるけどね。それから、あの教会の出来事ってわけか」


 何から何まで、わたしたちは分からないことだらけの出来事を放置しすぎているのではないだろうか。ニールについてのことだって、追求したくないというのはわたしのエゴで、本当ならわたしから聞かなければならないのかもしれない。本人も、それを望んでいるのかも。


 うーん、と唸っていると、ジンくんが隣でぱちんと小さな手を鳴らした。


「じゃあ、まずは助手として道標を残そう。きみが最も考えたくないだろう犯人の場合」


 最も考えたくない――――とするとつまり、それは。


「犯人がニール、そしてマデレーンだった場合だよ」

「……お姉さんと、ニールか」


 恐らく犯人は単独犯ではない。お姉さんが関わっていることは間違いないのだが、わたしはどこかでお姉さんを被害者だと思っている。地下室であの鬱々とした表情を見てしまったからには、そうとしか思えなかったのだ。

 だがジンくんは、人の感情や機微を視野に入れずに、今まであったことだけを繋げていく。


「ニールとマデレーンには何らかの繋がりがある。これは事実だね。そこが友人関係か恋人関係かは――――ともかくとして。王都へ向かえと言ったのはマデレーン、理由は不明だけど、ニールもついてきている。次にアルフの記憶。これは……」

「ニールはわたしと四年もいたんだから、アルフに接触するのは無理だよね」

「別の闇属性に頼んだとしよう。丁度、王都では闇属性を探す集団がいたらしいじゃないか」

「それは『信者』で……」


 ジンくんはわたしの反論を無視して、強引に推理を続ける。最後まで待った方が良さそうだ。


「そして地下室をマデレーンが隠蔽。つまりあそこには何かがあった。アルフが気づいたのは最近だったから、きみが王都で過ごしていた間に何かが行われたんだ。きみがそれをあまりに探っているから、石を渡たして殺そうとした……けど、それはニールが防いでいる。二人が共犯だとすると、脅しということかな。教会にいたときも、ニールとマデレーンの影があったし。勿論黒い霧を発生させたのは、ニールだよ」

「おかしいよ、ジンくん。でたらめすぎる」

「あれ、そう?」


 わたしの指摘に首をかしげるジンくんは、本気でいっているようにも、興味がないようにも見える。足をぷらぷらと揺らす彼に咳払いをして、わたしは雑な推理を切り刻むことにした。お姉さんとニールが犯人で、わたしに脅しをかけているなんて馬鹿なことがないように。


「だってまず、アルフは記憶を消されたんじゃない、封じ込められただけだもの。その証拠に、『ローブの男』を思い出している」

「ニールはローブをよく着ているじゃないか。アルフと面識もある」

「でもニールはわたしといたんだから、そのローブの男はニールじゃないんだよ」


 ここがまず矛盾している。アルフの記憶は、恐らくは『呪術』によって封じられているのだ。そこは間違いようもなく、そしてニールがやったことではない。勿論、ほかの闇属性でもない。


「つまり、『呪術』を使える誰かが犯人に加わっているのは、間違いないんだよ」


 だから二人だけが共犯だということはない。あくまで、「二人だけ」に留まるが。もしかしてニールもお姉さんも、そのもう一人に無理矢理従わされているということは、まだありえる。そうなるとニールが犯人を知っているのも頷けるからだ。

 それは置いておく。今はジンくんの言ったことを否定しなければ。


「それに、脅しというのも分からないよ。石の方はまあ、さすがに生命の危機を感じたけど……教会の事件はぬるすぎる。わたしに対する脅しだとしたら、どうして慣れ親しんだ闇魔法を使う必要があるわけ?」

「んー、きみが闇属性だと知っていて、バレるかもしれない、みたいな恐怖を煽ったり?」

「それじゃ嫌がらせだし……そうしたいなら匿名の手紙でも届ければいい話じゃない。あれはどちらかというと、カレンちゃんの聖女信仰のためみたいだった」

「聖女ねえ……」


 とたんにジンくんが嫌な顔をする。何かそういうものに嫌な思い出があるのか、それともわたしと同じように、普通の少女にそれを背負わせることを嫌悪しているのだろうか。


「ともかく二人共犯説はなし! 次!」

「助手使いが荒い探偵だなあ」


 ジンくんはやれやれと大袈裟に首を降って、それから猫のような目をきらりと輝かせた。

 恐らくは犯人を知っていて、探偵ごっこに付き合う神様こいつもたいがいだ。

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