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77 理由

「実際のところ、今でもこの国の大半の人……特に富裕層はその女神を崇めているし、闇属性に対する偏見はなくなっていない。そうですよね?」


 じゃなければ、お姉さんはわたしに話しかけてくることもなかったし、信者に睨まれることもなかったはずだ。王都での不可解な一件もあって、その真実はにわかには受け入れられない。

 思わずそう口にすれば、おっさんは真面目な顔で厳かに頷いた。


「実情は、そうだ。悲しいことだが、この歴史はなかったことにされている」

「……どうして」

「どうして? ああ、もっともだ。それは未だに民の心に根付く、恐怖から来ている。歴史を消すことはできないが、語り継がないことで触れないようにはできる。そうしていつかは忘れてしまうというわけだ」


 「この本もきっと、誰の目に止まることもなく忘れ去られてしまったのだろうね」と、おっさんはわたしの持つ本の表紙を撫でる。

 おっさんの話は難しいが、つまるところ闇属性のこの能力がいけないのだろうか。人に最も原始的な『恐怖』を与えるそれは、きっと忌むべきものとされてしまうのだろう。


「それに、内戦の終わりがいけなかった」

「え?」

「ほら、さっき言っただろう? 然る光属性の少女のこと」


 それはおっさんがわたしに声をかけてきたときの話。確か、戦後の混乱を静めたのがその少女だということだったか。


「民草に恐怖を招いた闇属性。一方、それを救った光属性。戦の終わりは明暗をはっきりさせたのさ」


 戦いの火種となった闇属性の人々と、戦後の沈む気持ちを浄化させた光属性の少女とでは、人々への心証は大きく違う。ともすれば迫害したのはそちらだろうに、戦を呼んだ闇属性が悪いような。

 だからこそ、皆は口をつぐむことを選んだのだろうか。


「…………」

「まあ、大切なのはこれからだよ。全ては過去のことだ」

「そうですね。……あの、ありがとうございました」


 だとしたら、おっさんの話は聞けて良かった。こうやって赤裸々に語ってくれる相手がたまたま現れたのは、限りなく僥倖だったのではないだろうか。

 わたしもついてるな。

 おっさんに向かって頭を下げると、朗らかな笑い声が降ってくる。さっきまでの真面目な雰囲気とはうって変わって、彼は人のいい笑顔でわたしの頭を撫でた。


「勤勉なことはいいことだ。役に立てたなら嬉しいよ」

「はい。本当にありがとうございました」


 わたしがそう言うのと同時に、遠くからぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。これは多分、どこへともなく消えていったジンくんのものだろう。

 そう思い付くうちに、目の前のおっさんはわたしの頭から手を離していた。


「いえいえ。それじゃあ、おじさんはこれで。またね、お嬢さん」


 本棚の隙間へと消えていく背中を見送る――――と、それと入れ替わるようにしてジンくんがひょっこり現れた。全てが白いその姿は本の山にも埋もれることなく、わたしの目にばっちり映り込んでくる。

 白いシャツには埃の塊がついていて、いったいこいつはどこで何をしていたんだろう。


「ジンくん?」

「やっ、ハリエット。調べものは終わったかい? そろそろいい時間になると思うんだけど」

「ああ……うん」


 ジンくんは近づいてきながらわたしの手元にある本を見つけて、それをまじまじと見つめてきた。それを彼に手渡し、伸びをする。

 パキパキと独特の音がして、溜まっていた血が流れる感覚がする。あー、気持ちいい。やっぱずっとおんなじ体勢はキツいな。


「ふう……で、ジンくんは何してたの?」

「その辺で色々読んでたよ。それより、そろそろ時間もいいとこだし、何か食べるなりした方がいいよ」


 その言葉に、ふと自分の腹の減り具合に気づく。確かにすごくお腹が空いているし、時間もけっこう経っているはずだ。

 そうだなあ、何かしら食べるものは売ってるんだろうか。ジンくんの持つこの本も、また読み返したいと言えば読み返したいんだけど……。

 本ってけっこう高いし、手持ちがね。昼食をとることを考えると、そこまで手を伸ばせる余裕がわたしの懐には存在しないわけで。


「よし。ジンくん、それ適当に積んどいて。飯に行こう!」

「はいはーい」


 何よりまず食い気。

 薄暗い照明から昼下がりの日の下へと出てみれば、眩しくて目眩がした。





 ……それにしても。


「まさかそういうわけがあったとはね」

「ふぁ? ふぁひはっはほ?」

「…………」


 とある定食屋に腰を落ち着けたわたしたちは、テーブルを囲んで遅めの昼食にありついていた。そう、わたしたち。食わんでも平気なはずのジンくんが、なぜかわたしの財布の中身を使って口の中をいっぱいにしている。

 頬いっぱいいっぱいまで詰め込んでいるジンくんを睨み付けつつ、問われたであろう答えを口にする。

 わたしの前には焼きたてのパンがあって、実に美味しそうである。上品に千切りつつ口に運ぶ。


「ほら、どうしてわたしたちが嫌われているのか、の理由だよ」

「んくっ……ああ、分かったんだね」


 ここは人もいる賑やかな定食屋なので、わたしたちは極力闇属性関連のことは口に出さずに話さなくてはならない。

 その辺りはジンくんも察してくれたようで、どんどん皿の中身を口に放りつつ目だけで続きを問われる。それは別にいいんだけど、真ん中の大皿は分けっこするでしょ……普通。


「元々は宗教のせいだけど……なんか内戦があったらしいんだよ。それで、無関係な人からの心証は悪いんじゃないかって。反対にそれを癒したのが光属性だから、特に」


 声を潜めてそういうと、ジンくんはピクリと形のいい眉を動かした。もぐもぐと頬張っていたものを呑み込んで、口を開く。


「ん~、怪しいねえ」

「怪しい? って、何が」

「その光属性の少女ってやつさ」


 ジンくんは勿体つけてそれだけ言うと、スープをずるずる啜り始めた。これ以上は言う気がないらしい。

 光属性の少女が怪しい? 今の短い説明の中に、怪しいと思える部分があっただろうか? 首を捻りつつ温かいパンを口に入れて、その柔らかさに幸せな気分になる。

 うまい。やっぱできたては格別だ。


「……ハリエット? ちゃんと考えてる?」

「んふう、ふぁんはへへふ」

「…………」


 白い目が刺さる。自分だってやったくせに、わたしがやるとその反応なのかよ。

 頬張っていたパンを飲み込みつつ、今度こそ真面目に考えてみる。手はスープへと伸ばしつつ。

 怪しいのは光属性の少女。どこが怪しいんだろう? 素性や身の上はわたしも知らないし、ということはジンくんだって知らない。戦のあとに現れたのだって、偏に癒したいという親切心からなんじゃ――――。


「ん、まあ火に油を注いでるわけか……」


 結果的には、闇属性に対するヘイトを高まらせただけなんだろうけど。いや、別にそれだけってことはないか。実際恐怖を負った人たちには文字通り希望の光に見えただろうし、その少女もそれを望んでいたとしたら。

 でも……その偶像に反比例するようにして、闇属性への心証は悪くなっていくということで。それは王様が法改定したとしても、どうにもならない。


「つーことは、何? 少女は火付け役だってこと?」

「んー、五十点くらいかなあ。ただの少女がそこまでするかって言ったら、考えにくいでしょ」


 少女がそこまで考えたとは言いにくい。と、いうことは。

 誰かがその少女を担いだとか?

 わたしの脳内に教会の信者たちが現れ、純粋無垢っぽい少女に言う。「きみの力で皆を助けておくれ~」とかなんとか。

 そうやって泣きつきつつ、影では仰々しく少女を祭り上げる準備をしておく。そして皆を救った光属性の少女は大々的に民衆の目に留まり、その元凶たる闇属性はボロクソに言われる、と。

 ありだな。


「誰かがそれをさせたってことね」

「おう、当たり。あまりにもできすぎてて、そんな気がしない?」

「確かにねえ……」


 聖女っぽい。プロパガンダっぽい。一旦そう言われると、もはやそうとしか思えなくなってきた。

 わたしの教会イメージは人に殴りかかってくるわ拉致しようとしてくるわと、最低最悪なイメージしかないので、さもありなん。

 わたしがわなわなしていると、すっかり満足したらしいジンくんが膨れた腹を擦りながら言った。


「まあ、この国の宗教なんてこんなものさ。だいたい、女神なんてどこにもいないし」

「……あ、そうなんだ」


 神様っぽいジンくんに否定されると、途端にそれが本当な気がしてくる。女神、いないのかよ。断言されるとそれはそれで可哀想かも。


「信じたいものを信じればいいし、いるもいないも本人次第だけどさ。それを人に押し付けて、あまつさえ騙そうとするのは最低だよねえ」

「騙す……」

「本当に信じてる人たちを影で笑うのは、やっちゃいけないことだって話」


 ジンくんにはそういう経験でもあるんだろうか? いやに具体的な話をし出した彼を見つめれば、不服そうに鼻を鳴らされた。

 まあ、こんななりでもものすごい存在らしいし。なんか神様とか簡単に作れるっぽいし。それをあえてわたしたちの世界のことに付き合っているんだから、ジンくんも物好きだよなあ。


「……あ、ジンくん。好き嫌いしちゃ駄目だよ」

「げ。見つかった……」


 ジンくんの前の皿には、不自然に固められた毒々しい色合いの野菜が。ピーマン? 異世界のピーマンか? どちらかと言えばパプリカっぽいそれを、彼は頻りに突っつきつつも口に入れる様子がない。

 わたしは思わず吹き出しながら、子供らしくそっぽを向くジンくんを見つめた。


「子供かよー。食べないと大きくなれないよ? 夢はプロ野球選手でしょ?」

「別に食べなくても平気だし。死なないし!」

「……ぶっ、く、ははは! ジンくん本気で子供みたい!」


 えも言えぬ懐かしさを感じて、わたしはジンくんの頭をがしがし撫で付けた。

 懐かしさを感じているのは、小さい子と触れ合う機会がなかったわたしじゃなく、『わたし』。脳裏にうっすら張り付いた記憶の中で、一言一句違わない掛け合いがあったことを思い出したような気がした。


「もう、仕方ないから食べてあげるよ。これがニールなら好き嫌いもないんだけどなぁ」

「へえ? 惚気?」

「……やっぱり自分で食べなさい」

「うそうそ! 食べてー!」


 慌てるジンくんをからかいつつ、皿を空にする。

 誰かとこうして温かい食事をとるというのは、いついかなるときでも楽しくて仕方がない。わたしの懐具合とは裏腹に、心の方は暖かい色に染まっていた。

 お財布の方はだいぶと悲惨なことになりましたがね、ええ。ジンくんはちょっと、遠慮という言葉を覚えた方がいい。

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