06 昼食風景
感想とお気に入りありがとうございます。ハティさんの悪どさにお付き合いください
隠していたわたしの第三の目標は、その名も「もふもふ大作戦」である。
第一第二と、目標としては全く変わらない。「わたしがアルフと仲良くなる」ことで、本来の問題も解決してしまうのだから。
アルフがわたしと仲良くなることで、最悪が遠のきアルフの人格形成もちょっとは改善され、ついでにわたしが獣アルフをもふもふできる――わたしの考えた中でも超すばらしい一番の作戦だ。
アルフにとってのウィークポイントは、ゲームをプレイしていればすぐに分かる。『秘密』と、あとは人の弱味といったところだ。
ゲーム本編のアルフこそ主人公しか見えていないようなやつだが、回想シーンを察するに子供時代は心優しい少年。
現にゲーム本編の主人公も、アルフの優しい気づかいに惹かれていく。
主人公と別れて(十年と比べると)間もないアルフなら、同じ『秘密』を持った弱々しげな少女(言わずもがなわたしのことだ)を見捨てたりはしないだろう。
と、ここまで考えてわたしは作戦を実行した。
しかしアルフはわたしより遥かに非凡な人生経験をしている。わたしには両親がいたし、なんだかんだで大人になるまでは普通に生きていた。
アルフは親がおらず、かと思えば知らない貴族に引き取られ、心の拠り所にしてきた彼女とも離ればなれになった。
きっとわたしみたいにのうのうと生きてきたわけじゃないだろう。
勘づかれてしまうのではないか、とひやひやしていたのだが、よく考えればアルフはわたしの半分も生きていない。
いかに人間の悪どい部分を見ていようと、まだまだ子供だった。
……悪どい。めっちゃ悪どい。
いたいけな少年の傷心をもてあそんだ挙げ句、自分の欲望だけを満たしてしまったわたしは。なんて汚いんだろうか。
前世の記憶がよみがえるまでのハリエットが嘘のようだ。けれど、前世の記憶がないままなら、きっとアルフはあの重い愛を抱き続けていただろう。ゲームなら報われるからいいが、『ここ』ではそうもいかない。ヒロインが別の誰かを選ぶ可能性だってあるはずだ。
……考えたくないが、ヒロインが他の攻略対象を選んだらどうなるんだろう。
そんな考えたくもない悪夢を想像しながら、わたしは未だに獣アルフをもふもふしていた。
アルフはあのあと元の姿に戻ると、恐らくだらしなく微笑んでいるわたしに向かって「今まで無視してごめん」と謝った。
今まで鬼のように述べていたアルフだが、仲間内にはべったべたに甘いタイプである。多分その仲間認定を受けたであろうわたしは、素直に受け取った。内心はもうこれでもかというほど号泣していたが、柔らかな笑みを絶やさない。
これでも営業スマイルには自信があるのだ。
アルフの謝罪を受け取った上で、わたしはにこりと微笑んで言った。
「これからずっと一番の親友でいてくれる?」と。
アルフは約束も重んじる男である。それはもう主人公との十年来の約束も忘れないくらいに。その主人公とは恋仲になるかもしれないので、わたしは親友を強く推した。ただの親友でなく「一番の親友」である。恋人よりは弱い関係かもしれないが、親友を簡単に殺すなよ、と釘を指すくらいはできる……と思いたい。
アルフが神妙に頷いたのを確認して「ありがとう」と笑顔を送る。
契約成立の瞬間だ。
その後なぜわたしを無視していたかという理由になる、主人公との別れ話を聞いた。わたしは無論把握しているのだが、当人の主観から話を聞いてみたいので黙って耳を傾けていた。
ある日貴族の男が来て、その男はアルフの父だと言った。有無を言わせず教会に多額の寄付金を残し、その男はアルフを連れ去ったのだとか。
きっとその男はヒロインの存在を気にも止めていなかったんだろうなあ。本当はアルフにも劣らぬ価値があったのに。
闇属性が忌むべきものとされているなら、対になる光属性は崇められるのもだ。どっかの本でちらっと読んだだけだが、光属性の英雄や大魔術師は数多いらしい。光属性自体少ないのでその数は決して多くないが、ほとんどの人物が歴史に名を残す要人になっているとか。
光属性を持っているだけで将来は安泰である。
羨ましいとは言わないけど……いや、羨ましいです。
あらためてゲームの流れやわたしの属性についてを思い出しながら、話を聞いてわたしは頷く。
「話してくれてありがとう。わたしこそ、つきまとってごめん」
アルフは慰められるのが嫌いかといえばそんなことは全くないので、大袈裟にそう言いながら撫でておく。なんせわたしからしたら近所の子供みたいなものだから。
どこぞのひねくれ野郎は「(黙って隣にいる)」が正解だけどな!
「……なあ、なにかしてほしいことない?」
「え?」
「お前に色々したから……」
どうやらアルフは一ヶ月間も無視したことを心苦しく思っているらしい。
赤い目を気まずそうに逸らすアルフは、年相応の子供のようだった。ここで「ん? 今なんでもするっていったよね?(言ってない)」とか言ってはならないと、わたしは強く思った。
わたしは分別わきまえた大人で、子供にお願いをするような立場ではない。そうだ、わたしこそさんざん付きまとった挙句アルフの秘密を盾に誘導したじゃないか。むしろお願いを聞くのはわたしの方である。
だから、間違っても何かをお願いするなんて――
「白い獣になってほしい」
――わたしはどこまでも軽薄で悪どい女だった。
その後、心ゆくまで獣アルフを楽しんだあと、わたしは寮の部屋に戻った。
結構な時間になっていたのだが、あいにく入学してからアルフに構い倒していたわたしに友達なんかいない。心配する人はおろか、いないと気づいた子もいないんじゃないだろうか。
い、いいんだ。子供に馴染めるとも思ってないし。
「アルフくーん、ご飯」
「ああ」
あれから、アルフは相変わらず窓際の席に鎮座しているので、わたしは毎回わざわざアルフの元へ移動している。
あのあと目に見えた変化はなかったが、わたしにこうして話せるだけでもだいぶ違ってくるはずだ。
現にアルフはわたしのお弁当を食っている。
最初はちらちら覗き見てくるアルフに無理矢理食べさせたのだが、それが美味しかったのかちょくちょくわたしの料理を口にするようになった。
そういえば獣アルフの時は何を食べるんだろうなあ。やっぱり肉かな。魔物の肉をもちゃもちゃ食ったりするんだろうか。
獣アルフのあの手触りは未だに夢に見る。
お弁当とはいっても、和風なものはほとんどない。せいぜいバケットに野菜を挟み込んだり、オリーブオイルらしきもので焼いたりするくらいだ。
とてもアルフに見せられるようなお弁当じゃないのだが、わたしのお弁当に強く興味を示すようになった彼を拒否もできない。今までの苦労を考えて。そしてなんだかちょっと嬉しかったりするのだ。
誰だって一ヶ月も無視されてたら人恋しくもなる。
「ベル、それ……」
「ん」
アルフはどうやら卵焼きがお好きなようで。
卵焼きとはいっても、文明的な意味で調理器具に違いがあるのでそんなに綺麗なものじゃない。
まじまじ見られるより先に、アルフの口にフォークごと突っ込んだ。
「どう?」
フォークを引き抜いて聞いてみる。
そもそもこっちの世界の人と味覚が合うのか分からない。家の食事はすごく質素だったので、素っ気ない味が主流なのかも。
それか調味料自体が少ないのかなあ。
もしくは家が食にこだわらない(なんといっても母親がいないし)のか、もしくは食事に困るほどには貧乏だったかだ。
「……あまい?」
ちなみに卵焼きの味付けは、だしも醤油もないので当然砂糖だ。砂糖はちょっと高価なイメージがあったのだが、こっちでは普通に並んでいた。やっぱり魔法があることで文明や文化も単純な中世とは言えない。むしろ発明品がことごとく魔法に変わっているだけで、生活水準は中世より進んでいる?
ともあれアルフの感想に意識を思考から戻す。
調子にのって甘くしすぎたかもしれない。
アルフは不可解な表情のまま、無言でわたしのフォークを睨み付けた。
なに?
二個目の催促?
「もう一個いる?」
「……いいなら、いる」
黄色い塊を刺して、アルフの口に入れる。どうでもいいけどこの卵、鶏のなんだろうか。食材が似たり寄ったりなのは助かるが、なんなのか……。
魔物がいるし、そういう鳥類系の魔物かも。
この世界への疑問は、こんな単純なことでも尽きない。
あのゲームを模した世界で、ゲームで描かれていないことは何かに則って補完しているというのがわたしの仮説だが、まだなんにも調べてないのだ。
どうやって調べていいのかもまだ手付かず。
「おいしい?」
神妙な顔でもぐもぐしているアルフに問いかける。
二個目を食べるということは美味しいに違いない。
「うん、不思議な感じ」
あれ。
……わたしの料理の腕が悪いんだろうか。
一応フライパンはあるのだが、勿論コンロはない。暖炉だかかまどだか、そんなものにフライパンを突っ込んで恐々焼いている。
寮の厨房と残り物を借りて作っているし、人に食べさせられるようなものじゃない。その分食費が浮いて調理の人と仲良くなれるのは良かったけど。
アルフがわたしをちらっと見て、慌てて咀嚼したものを飲み込んだ。
「いや、えっと……お前、家族は?」
あからさまに話を逸らされた気がする。
「お父さんと、ひゅ……兄がいるけど」
「どっちもここ出身なの?」
アルフがいったい何を聞きたいのか分からない。そもそも普通に考えて兄が別の出身なわけないだろう。うちの場合は年が離れているし、あり得ないこともないけど。
お父さんに出身は聞いたことがないが、とりあえず曖昧に頷いておく。外見からいってもさほど遠くないだろう。多分。
「それがどうかした?」
「これ……この国の料理じゃないみたいだし」
和食、卵焼きのことか。
どうやらエセ中世にも、さすがに卵焼きはないらしい。アルフは考え込むようにしながら、わたしのバスケットに入っている、布に包まれた卵焼きを指差した。
「味付けもちょっと違うし、富裕層でも貧困層でもこんな料理は知らない」
「わたしの創作料理かな……」
一応、家庭料理なんだけどな。
どう説明したもんか迷って、結局無難な解答に落ち着く。いわゆるスクランブルエッグとか、その類いの料理からヒントを得たことにしておこう。
アルフは感心したようにわたしを見た。
少年のきらきらした目が痛い。アルフと仲良くなったのは嬉しいが、やっはり子供に違いなかった。
「そ、それよりアルフくんはなに食べてるの」
見た限りでは学食の高級品だ。アカデミーのご飯は三食保証されているが、わたしの家のご飯よりちょっと豪勢になったくらいで。アカデミーには貴族の子息が結構いらっしゃるので、そういうやつらのために別料金でお高い食事が用意されている。
アルフは自分のトレーを見て、顔をしかめた。
「アカデミーにこれを食わせろって言ってるらしい」
「へー……」
さすが貴族。息子にいいもん食わせて自分の金もちっぷりをアッピルしてやがるんだな。
アルフはフォークでベーコンをつついて、おもむろにため息を吐いた。
わたしなんかベーコンなんてこっちに来てから食べたことがない。どうやら高価なものらしい。
「これ以外のメニューは食事じゃないって」
……本物の貴族は考え方が違った。
肉がないと食事ともいえないのか。わたしの食事を見たら家畜の餌とか言われそうだ。
あらためて自分の食事を見ながら、わたしも自然とため息を吐いてしまった。
意外と身分の格差は厳しい。