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67 近づく

「そういえば、ニールはどうしてここに? 最近来なかったじゃん」

「あー? あー……そりゃ、俺は教師だからなァ。こんなんでも授業なんだから、来てもいーだろうが」

「う、ううん……」


 がさがさと森を突き進みながら、わたしたちは学園に戻るべく足を動かしていた。

 後ろを振り返ってみるが、魔物の気配はない。どうやらうまく見つからずに、石のあった場所から離れられたようだ。

 深くため息を吐きながら、重たい体に鞭を打つ。既に疲労困憊で棒のようになったわたしの足は、ニールに引きずられるようにして何とか動いている状態だった。

 そう、引きずられるようにして。わたしの右手を握っているのは、楽をしていたジンくんではなく何故かニールだった。


「あー、それから……」

「ハリエット、このまままっすぐ直進だよ」

「う、ううーん……」


 そして、左手を掴んでいるのがジンくん(青年)。彼は何が楽しいのか、非常ににやにやしながらわたしの方を見てくる。不気味だ。

 ニールの言葉に被せるように発言したジンくんに、ニールは鋭い目を向けた。それを迎え撃つように超絶楽しそうに微笑むのが、ジンくん。

 真ん中でグロッキーな宇宙人状態なのがわたし。

 さっきからこんなことが五回は続いている。


「勘弁してくれー……」


 断言するが、これは「キャッ! わたしったら二人のイケメンに取り合われて困っちゃう!」みたいな状態ではない。断じてない。

 ニールはわたしの幼少期からの成長を見ているわけだし、いわば近所のにーちゃんみたいな立場だろう。ここで父親とか言うと怒られそうだからね!

 そんでもってジンくんはそも人間でもないので、恋だの愛だのにうつつを抜かしている姿がまず考えられない。それはまあ、単にわたしが抱くジンくんのイメージが「子供」ということもあるだろうけど。


 つまりこの状態、わたしは二人の喧嘩のダシにされているのだ。めちゃくちゃ疲れるわ。


「大丈夫、ハリエット? やっぱり僕がおんぶしてあげよっか?」


 わたしの腕を引き、めちゃくちゃ人外的きれいな微笑みを浮かべるジンくん。ご丁寧に目線まで合わせてくれる。

 あー眩しい、木漏れ日が眩しいよ。睫毛なげえ。


「……」


 頭上で舌打ちが聞こえた。

 露骨な。それでいてかすかに当人に届く程度の。計算された完璧な舌打ち。プロだ。

 ちらっと見上げてみるが、ニールが見ているのは、やはりわたしではなくジンくんである。ジンくんの今の身長が170後半、ニールもそのくらいなので、今二人は熱烈に見つめあっているのだろう。

 ちなみに余談ですが、わたしの身長は多分160ちょっとか前後。恐らくごくごく平均的だ。


「あれ? どうされました?」


 ジンくんが煽り出す。完全に失笑混じりの草原状態である。「あれ~ぇ? どうされましたぁ?(笑)」みたいな。

 向かい合うニールは短気である。恐らく煽り耐性が低いので、あんまりそういうことはしないであげてほしい。


「いいえ? 役立たずだったわりによく言うなと」


 にっこりと微笑みながらニールも言い返す。さっきからやけに丁寧だったり、素だったりしているのはなんでだろう。嫌味だろうな。


「あー、ちょっといい? そもそもあの石は誰に仕組まれたものだと思う? あんなの、今日必要ないよね」


 やや強引に話を変えて、わたしはジンくんとニールを見た。ジンくんはニールとの応酬に機嫌が良さそうだったが、ニールはわたしを見るなりとんでもなく機嫌の悪そうな顔をした。


「あれは……」

「あれは魔法が掛かっていたね。それも複雑な。間違っても一般的なものではないよ。操るような効果かな。砕いちゃったから、詳しくは分からないのが残念だけど」

「へえ、操る……」


 またもニールの言葉はジンくんに遮られた。

 そういえば、操るといって思い出すのはこの森でのイベント。ニールが闇魔法を使って、魔物をヒロインたちにけしかけるのだ。

 その魔法は、地下室で操られるハリエットにも使われる。

 だけど、ニールは今回の犯人ではない。ゲームとおんなじことが起こっているが、方法が違う。怪しい石なんて小道具は、ゲームには出てこない。


「石に留めるって……いや、待てよ。そもそも何でわたしに?」


 これが故意だとして、どうしてわたしに回ってきたのだろう。あれには暗示もあったようだから、ぼっちくさいわたしを選んだわけでもないだろうし。

 あの袋を渡してきたのは――――ユリエルだ。

 それもわざわざ、赤い紐のものを選んで手渡してきた。


「……ユリエルが?」


 まさか、という呆然とした響きに、反応したのはニールだった。

 繋いだ手が一瞬強張って、歩いてきた足の動きが止まる。それにつられて、わたしとジンくんも自然と足を止めた。


「……」

「ニール?」


 ジンくんより断然冷たい手が、ぎゅっと強くわたしの手を握り込む。

 わたしはどぎまぎとして、思わず下を向いた。なんだか急に、繋いだ手が無性に気になってくる。

 ……おかしい。小さい頃とはいえ、ニールとは四年も同じ部屋で暮らしていたし、膝に乗ったこともふざけ合いをしたこともある。こんなこと、全然なんでもないはずだ。

 そんなことを考えて言い聞かせると、手の力が抜けていく。

 それと同時に、ニールはすっとわたしの手をほどいた。


「……あとは帰れるだろ。じゃあな」

「えっ?!」


 びっくりして顔をあげると、そこには無表情のニールがいた。既に視線は、あらぬ方へと向けられている。

 ニールの意識が既にここにないことに、どうしてかもやもやしたものが胸につっかえている気分になった。そのせいで、そのまま別方向に駆け出してしまいそうなニールに、わたしはとっさに手を伸ばしてしまった。

 ニールの服の裾を掴んでしまってから、自分の衝動に後悔する。案の定、ニールはわたしをめんどくさそうな目で見てきた。


「なんだよ」

「えっ、いや、あの」


 紫の瞳がわたしを見下ろしてくる。

 ニールの瞳は本当にきれいで、そう、アメジストに似ている。木漏れ日で色が薄く輝き、暗闇で濃く黒く見えるそれは本当に宝石みたいだった。わたしはそれが好きだ……、け、ど、いま、思うことじゃない! どうなってるの。

 くそ、どうしてこんなに混乱しているのか。久々に会ったからかな。

 こんがらかった頭の中で、わたしは何とか言葉を捻り出そうとした。


「も、もう行っちゃうの?」


 何をいってるんだこいつ。


「……はあっ?」


 ニールも当然、ひどく驚いた顔をした。

 目を見張り、眉間のシワも吹き飛んだその表情に、わたしは頭の中が真っ白になった。さっきまで考えていた意味のないことも、すっかり一掃される。

 言い訳をしようにも、さっきわたしが言った言葉が、まだ口の中を占領している。


 もう行っちゃうのって、なにそれ。どこのカノジョだよ。いや、子供か。それでもまずい。わたしはもうニールに保護される子供ではないのだから。……子供じゃないなら、なおまずい。何がまずいのかは分からないけど。


 こうやって考えている間も、ニールはぴくりとも動かない。せめて彼の方から手を振り払ってくれさえすれば、わたしの意味不明な行動も水に流せるのに。

 この逃げ出したくなるような雰囲気から助けを求めるべく、わたしはジンくんを振り返った。


「グッ!」


 口で言いながら渾身のサムズアップ再び。

 馬鹿なの?

 落胆して脱力した。そのお陰で、なんとか頭が冷える。ジンくんの行動はもはや斜め下だったが、結果的には助かった。

 わたしは努めて自然に、ニールの服から手を離した。


「な、なんてね。どこ行くか知らないけど、気を付けるんだよ。ニールはメンタル死んでるから。じゃあね、またね、たまには来てね」


 言いながらそそくさと距離を取る。

 今日のわたしは少しテンションがおかしいようだ。ニールの側にいると、また変な行動を起こしかねない。さっきの事故みたいな空気はごめんだ。


「……ぁ」


 ニールは何か言いかけていたようにも思うが、何か言いたかったら部屋に来てください。今のわたしに、彼の話をじっくり聞ける余裕はないのだ。

 ぐいぐいとジンくんの手を引いて、学園の方へ進んでいく。感じていたはずの疲れも、すっかり吹き飛んでしまった。


「ちょっと、ちょっと。どうしたんだよ」

「うるさい。きりきり歩く。きりきり歩け」

「もー、せっかくいい雰囲気だったじゃーん。あそこで押さないとかなんなの? 草食系? 絶食系?」


 あれをどう見たらいい雰囲気に見えるのか。ジンくんは目が腐ってるのか。それとも壊滅的に空気が読めないのか。


「そんなことより、重要なのはあの石でしょ。わたしだけならまだいいけど……まさか、カレンちゃんたちにも」


 わたしはどっと出た疲れに押されながらも、ジンを引っ張っていく。今、なんとなくその話題に触れられるのはまずい。

 ジンくんは止まっていた足を動かしながら、一瞬だけわたしの方を見た。すぐに何でもない風に戻ったが、その一瞬の視線が笑っていたような気がする。


「それはないんじゃないかなあ。あれだけ魔物がこっちに寄ってきたってことは、逆に安全だったんじゃない?」

「……そうかな。それならいいけど……まあ、アルフもいるしな……」

「むしろ、何のために、なのかを考えた方がいいね。恨み辛みがあったのかとか」


 わたしに恨みを持っている人間が、いるのだろうか。

 もちろん、わたしという人間が素晴らしいから、というわけじゃない。そもそも知り合いそのものが少ないわたしに、そこまで深い感情を抱いてくれる人がいるか怪しいのだ。

 恨まれていそうなのはギータだが、彼だって何でああも怒っているのか見当もつかない。それに、問題なのは袋をユリエルが渡してきたことだ。

 さっきはそれにショックを受けたが、よく考えると本当にユリエルがしたことなのか疑わしくなってくる。なんせあの電波せんせいは、どうにも隠し事ができない。


「ユリエルは知らなかったとしたら……」

「渡すように言った人がいるんだろうね。学園の物なんだから、きっとそれは学園の、少なくともその教師より偉い人かな」


 ジンくんは既に、答えが出ているように言う。わたしにだって分かっている。ユリエルと繋がりがあって、あんなものを手に入れられる人物。

 それだけじゃない。地下室でも意味深な真似をしていたし、ニールまでもが怪しいと言う彼女。

 辛いことだが、お姉さんが何か関係していることは、もう既に分かっているのだ。ただ、何のためなのかがさっぱり分からない。


「それに、お姉さんだけじゃないよね……」

「え?」


 振り向いたジンくんを見上げて、確認するように口に出す。ジンくんは不思議で、向かい合うと気軽に話せる気分になる。


「ニールも、何か知ってるような口ぶりだった。ユリエルの名前が出たとたん様子が変わったし、今も違うところに行ってしまった。……わたしの家にいたときも、アルフたちに対して説明を限定した」


 ニールはユリエルと面識がある。そして、さっきユリエルの名前を聞いたとたんに、様子が変わった。

 石についても、「アイツの仕業」だと呟いていた。そして、わたしの行動を止めるような言葉も出した。


「そうだね。あの男は十中八九、犯人を知っている。ハリエットを止めたのも、説明をかって出たのも、きみたちをそれに近づけないようにするためだろうね」

「ニールが知っている……」

「とはいっても、気づいたのはそう昔のことではないんだろうけど」


 ジンくんの言葉は、疑う余地もなくわたしの胸にすとんと落ちてくる。

 そう昔でないというなら、気づいたのはきっとわたしの家にいたあのときだ。あのときのニールは、様子がひどくおかしかった。

 ニールは知っていて、わたしたちを遠ざけた。ということは、それほど危ない相手だということ。犯人の正体を知ってなお、未だニールは手を出せない状況だということ。

 当たり前だ、お姉さんだって関わっているのだ。ニールはおろか、わたしのようなただの小娘一人ではどうにもならない相手なのだろう。

 色々と調べなければならないことが増えた。今はまだ、憶測だけで話を膨らませるべきではない。


「気づいたのがあのときだとしたら……最近来ないのも頷けるね。ニールも色々、調べてるんだ」


 きっとそうだろう。だって、ニールとの約束は、彼の中ではまだ有効だ。わたしの分まで悩んで、考えてくれると言ったのは、嘘ではなかったのだろう。

 そう思うと同時に、体のどこかから力が抜ける。ニールが来なくなったことに、明確な理由がついたからだろうか。安心した。


「んー……まあそういうこともあるかな……それでいいならいいけど」

「なに、それ」

「いいや? べっつにー、それより着いたよ、ほら」


 呟いた言葉を聞き直す前に、ジンくんは大きくそびえる校舎を見つけた。森の木々の隙間から見えた校門と校舎に、わたしの頬も緩む。

 そろそろ本当に脚が限界だ。早く部屋に戻りたい。生きてて良かった。

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