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乙女失踪事件の弊害  作者: 青野錆義
帰省編
61/110

57 交錯

 ――――バンッ! とテーブルをぶっ叩く。

 手のひらからじんとした痛みが駆け巡るが、わたしはそれを気にしないふりをして顔をあげた。やることは決まった。


「さあ諸君! 作戦会議だ!」


 ぱちぱちぱち、とカレンちゃんだけが呑気な拍手をくれる。もっと、もっとください。そんな引いたような顔してないで。

 わたしは咳払いをして行儀よく座り直すと、あらためて席についた面々を見渡した。


「……とまあ、そういうことで。話し合いましょう」


 勢いなく言えば、よくやくアルフがため息をつきながらも引いた顔から戻ってきてくれる。その隣にはカレンちゃん。そしてサディアス。

 わたしの隣には、我関せずといったポーズのニールがいる。むりくり引っ張ってきました。

 みんな、わたしの話を信じてくれる人たちだ。彼らに話せば、わたしでは分からなかったことも分かるかもしれない。

 向き合うと決意した以上、誰かを巻き込みたくないなんて高尚なことは言わない。わたしはもとより、悪どいのだ。

 巻き込んで巻き込んで、みんなの力をあてにして、そしてわたしはみんなの安定した平穏を掴む。

 恨まれてもいい。覚悟は決めた。


「……ええと、じゃあ、ちょっといい? まずその高等部であったことを、もう少し詳しく聞きたい」

「おけ、言っちゃってサディアスくん!」


 アルフの問いかけに、わたしはサディアスへと話を振った。共にいたのだし、わたしが語るのとはまた違う観点があるかもしれない。

 指名されたサディアスは、口下手ながらも一生懸命、懇切丁寧に説明した。


「……なるほど」


 おおよそわたしが言ったのと同じことだ。だが、アルフは顎に手を当てると何やら思案し出す。特に変わったようなことはないと思うんだけど。

 アルフが考えている間に、わたしは話を続けようとカレンちゃんに向き直る。


「あとは、王都行きのことかな。マデレーン様に言われるがまま行ったんだけど、なぜか年数が延びに延びた。そもそも理由すらまともに聞かされてないし」


 当初は三年と言われて、それでも長いほどだと思っていたのに。気づけば五年も学園を離れてしまっていた。

 そしてその帰還のきっかけも、王都に信者が現れ出したからという。ニールが言うには、信者関連のごたごたから逃げ出すために王都に来たのに、そこでも信者が現れたのは怪しいと。

 教会について悪く言うのは、正直アルフとカレンちゃんの手前言いにくいのだが、二人とも嫌な顔ひとつすることなくわたしの話に相づちを打ってくれる。


「あ、あとアルフの手紙ね。地面が怪しいってのと、信者の出入りが多くなったこと。あれ、ここでも信者か……」

「あの、ハティちゃん」


 カレンちゃんの大人しめな声に、わたしはそっちの方を向く。何かあるとかという問いかけには首を振られたが、彼女は紙とペンを差し出してきた。

 思わず受け取って、テーブルに置く。


「簡潔に、整理してみると、いいかも」

「おーなるほど」


 つまり、個人的におかしいと思ったところを書き出してみればいいわけだ。それならみんな見られるし、なによりわたしの頭も整理がつく。

 学園内では色々と怖くて、書くという形に残るような行為はできなかった。文字にしてしまうことで、嫌でも向き合わなければならないのが、我慢ならなかったというのもあるかもしれない。

 とまれ、わたしはその紙に、今まで起きた些細な違和感も書き留めてみることにした。


 ・急な王都行き(五年間・意図不明)

 ・手紙を届けられない(所在地の秘匿)

 ・王都に信者が現れる(魔視)――闇属性を探していた? 何のために?

 ・アルフの記憶

 ・地下室?


「……んなもんかな、っと」


 だいぶと汚いことになってしまったが、仕方ない。他にもなにか見落としがあるかもしれないけど、見た感じこのくらいだろうか。

 うーん、信者と学園に何か関わりがあるというのか。

 わたしの手元を覗き込むようにしてきたサディアスとアルフに、よく見えるようそれを差し出す。


「……これは……難しいな」


 読んだサディアスが、呟くように言う。それとほぼ同じくして、アルフも眉間の力を抜く。

 二強は何か、分かったのだろうか? 力だけじゃなく頭まで有能とか、わたし泣いちゃう。むしろここでは、戦力として喜ばしいことかもしれないが。


「何か、わかった?」

「……分かったとは言いがたいけど、行動の意図くらいなら整理できるよ」


 アルフがわたしの書いた文字をなぞりながら、ふと隣のペンを取る。

 それで指し示すようにして、アルフは一つずつ、事柄を説明していった。わたしとカレンちゃんには説くように、そして同じく何かを掴みかけているサディアスには、確認するようにして。


「まず、王都行きとそれの秘匿――これについては、単純に、マデレーン様が何かからハリエットを隠そうとしたと見ていい。手紙まで送らせないとなると、相当に警戒しているようだ」

「何を?」

「さあ。信者……がそこまで執拗にハリエットを狙うとは思い難いけど……」


 そこで言葉を止めたアルフは、分かりやすいようにか箇条書きの上二つに、今言ったことを書き足した。

 わたしはその肝心のところが掴めなくて、カレンちゃんと顔を見合わせる。彼女もいまいちピンと来ていない様子で、首を傾げた。

 わたしとカレンちゃんの様子を見ていたアルフが、苦笑しつつ続ける。


「と、まあそこが純粋な厚意だったと仮定すると、王都に信者が来たのも、マデレーン様は想定外だったんじゃないかな」


 それは……違う気もする。

 わたしは発言できなくて、こっそりと空気と化したニールを窺った。

 王都に信者が現れたときも、ニールはすぐさまお姉さんと連絡をとっていたし、荷馬車の用意もしてあった。お姉さんが予期していなかったとするなら、あそこまで迅速な対応はできなかったはずだ。

 だからこそニールはお姉さんを怪しみ、関わるなと言っている。わたしたちを何かから守ろうとしたならば、その後の行動と筋が通らないから。


 それを説明する前に、アルフはまたも箇条書きにひとつ、予想を書き足した。

 ふと、目をやっていたニールがちらりとこちらを見る。その目はただ、黙って伏せられた。

 言うまでもないと、そういうことだろうか。

 わたしは結局口をつぐんで、アルフの次の言葉を待った。アルフの持つペンの先は、ついにそれを指し示す。


「……それで、俺の記憶だ。これは――」


 言いにくそうに、アルフが一瞬口ごもる。

 記憶についてはわたしもいくらか調べたし、目処も立っていた。彼に言わせるよりはいくらかましだろうと立ち上がりかければ、その前にふと紫色がこちらを射抜く。

 立ち上がったそれが、一歩だけこちらへ歩み寄った。


「それについては、僕から説明してもいいかな?」


 薄く笑んだニールが、猫なで声をアルフへ向けた。

 それだけで、アルフは面白いくらいに硬直し、額に汗をかく。ここまで頑なだと、一体ニールの何に反応しているのか興味がわいてくるものだ。

 闇属性というだけなら、わたしもいるし。ニールは性格がねじれ曲がっているが、決してそこまで嫌悪される程の人間性の持ち主ではないはずだ。謎だ。

 アルフのあからさまな反応にも気にすることはなく、ニールは実に人のいい笑みを作って、アルフの手から紙を取り上げた。


「恐らくは、ここを弄れるならば闇属性が関係しているだろうね。しかし、それでも特定の記憶を狙って消すというのは、思いの外難しいはずだよ。――例えばハリエットさん、今ここで、僕のお昼時の記憶を消すことはできるかな?」


 ああ、その人のいい笑みを向けてくれるな。わたしは服の下に鳥肌を隠しながらも、表面上はにっこりとして首を左右に振った。

 そんなしたこともないこと、いきなりできるわけがない。そして、それを完璧にするにはきっと、いくつもの人間の記憶が奪われることになる。

 わたしがそんな魔法を自在に使えるようになる日は、きっと永遠に来ない。

 もし、今それをしてニールの記憶が消えてしまったら、わたしは死ぬほど辛い気持ちになる。そんな気持ちを味わってほど、この魔法を使う意味はないのだから。


「できません。恐らくは正しく発動しないか、対象以上の記憶がなくなることになるかも知れません」

「……と、言うことは、それができるのは経験豊富で、いくつも人の命を弄んできた、残酷な人間になるだろう。恐ろしいことだね」


 わたしの生徒としての模範的な回答に、ニールは実に悲しそうに言った。その儚げな笑みに、わたしはアッパーを食らわせてやりたい。

 しかしアルフはそれを聞いて、少し顔色を悪くした。当たり前だ、少し間違えれば他のどこかの記憶が消えてもおかしくない――いや、わたしの記憶が消えているのも、もしかしたらミスなのだろうか。

 あり得ることだ。

 人の記憶を消すなんて、そんな魔法は現代では淘汰されかけている。ニールの教えてくれた、古代魔法の方がそれに近いだろう。もともと無理がある。


「では、マデレーン様はそんな者と繋がって……?」

「まあ、これは僕の憶測だけどね。考えの一つとして、留めておいて」


 ニールはうって変わってにこやかに、そう言って引き下がった。わたしはそれに違和感を感じて、黙り込む。

 今、この状況でどうしてニールはわざわざでしゃばるような真似を? こんな状況、いつもなら面倒だと関わりあいにすらなりたがらないのに。

 それに記憶に関しては、何も闇魔法だけがその方法となり得るのではない。わたしがユリエルに言われた通り、外部的な要因も、また呪術も考えられる。

 ニールはわざと、記憶についての考えを闇魔法に固定したのではないか? 何のために。


 わたしが考え出したことなど誰も知らず、話は次に進んでいく。わたしは慌ててニールを目で追ったが、彼はすでに微笑むだけの置物に元通り。

 ただその瞳だけが、爛々と光って警戒を露にしている。

 どうして?


「とりあえず、俺の記憶についてはあと。話を進める……地下室での出来事だけど、サディアスの話を聞いて、少し考えたことがあるんだ」


 ニールに問う前に、アルフは返された紙を持って話し出す。聞かねばならなくなって、わたしは泣く泣くニールへの追求を諦めた。

 ひとまず、先に全ての話を聞いておこう。

 アルフはサディアスを見ると、彼に念を押すように問いかけた。


「その、マデレーン様に攻撃を受けた時のことを、詳しく聞いてもいい?」

「ああ……最初から、魔法を妨害するようにあちらから風が吹いていた。それが、いきなり強風になると共に、近くの窓に向かって当たっていった」


 アルフとサディアスは、カレンちゃんを通じて面識があるようで、特に気にすることもなく話を進めた。

 そのサディアスの話を聞いて、わたしは内心で頷く。あの時わたしはすぐサディアスのコートに包まれて、周りの様子は全く見えていなかったのだ。

 わたしが見たのは、お姉さんの操る風に、ガラス片が巻き込まれていたところだけだ。


「なあ、ハリエット。サディアスが一緒だったなら、マデレーン様もそのくらいの威嚇はするんじゃない?」

「……威嚇、って、実際に危害を加える気はなかったと?」


 アルフはわたしの問いに頷くと、「窓に向けて打ったのであって、本人たちは狙っていなかったんじゃない」と続けた。

 考えてみても、その可能性はある。もとより優しいお姉さんだ。危害を加えてくるという方が違和感がある。それに、わたしの側にいたのはあの、サディアスだ。

 あの時は恐怖や混乱で頭が働かなかったが、言われてみれば、お姉さんは始終影のある表情をしていた。わたしたちを威嚇して追い払わなければならない、事情があるということか?


 考えるわたしを見て、自分の仮説に自信を持ったのか、最後の箇条書きに、それを付け足した。

 あらためてそれを見ると、お姉さんはわたしを、少なくとも何かから隠そうとはしている。何かを予期していたはずの、王都という場所に隠したことには違和感があるものの、結局わたしたちは無事なわけだし。

 結果論でいうなら、地下室でもわたしとサディアスは無傷だ。

 結局、何かをされているのはアルフだけ。それも、恐らくはマデレーン様によってではない。


「……それなら、お姉さんは何で……」


 幾度となく口にしてきた問いかけも、今日からは違う意味になる。

 お姉さんは何を企んでいるのか、ではなく。お姉さんは何を隠しているのか、だ。

 あんな悲しそうな顔で、一体何をしたいのか。



 頭を使って疲れたのか、それとも心理的なものか。ぐったりした面々に、カレンちゃんが淹れてくれた紅茶を運ぶ。

 それを前にして、サディアスが眉間のしわを緩めた。アルフも苦笑いでそれを受け取っている。

 わたし自身もそれを啜って、暖かさにほっと息を吐く。

 ぐちゃぐちゃだった考えは、アルフたちのおかげですっきりした。だけど、それ以上の疑問がわたしの頭を埋める。

 ――お姉さんの事情。教会の信者。その目的。アルフの記憶を奪った人。

 ――そして、さっきのニールは。


 ちらりと目を向ければ、一人だけ離れた場所でカップを抱えて俯いていた。先程警戒に輝いていた紫色は隠されていたが、薄い唇が小さく言葉を落とす。

 わたしはそれを、見てしまった。


「このへいおんをまもりたい」

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